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<5> 夜の街を護る透明な壁

「それにしても、第7隊のクリス様まで出張ってくる案件だなんて、救出できてなかったと思うとぞっとするぜ」


 クリスや司祭がソフィアを連れて帰って行ったあと、アンドレがそう言って肩をすくめた。


「でも皆の協力のおかげで大事にはならなかった。だから今日は明日の面倒な聞き取りのことも忘れて、酒場にでも行くかな」


「特別みたいな言い方をしてるが、いつものことだろう」


「今日は十分すぎるほど働いた。これ以上は閉店してもいいだろう」


 ウィンはそう軽口を叩くと、アンナに睨みつけられるのだった。


 --詰所を出て、アンナと別れたウィンは、夜のポルティガの街を静かに歩く。日中の喧騒とは打って変わって静かな街は、酒場のあるエリアだけが賑わっている。


 淡い青色に輝く月が、大広場を照らしている。午後にスリを捕まえた大広場の中央にある時計塔は、夜になると灯台として〈魔の森〉との間の海を照らす。


 ウィンはふと〈魔の森〉の方を見やる。昼なお昏い魔の森は、夜になるとその漆黒の度合いをさらに深める。森の中では、月の光も届かないほどに。


(……何年経っても、思い出してしまうな)


 ウィンはそう呟く。海鳥が海峡からポルティガの街に入ってくる。その海鳥を追いかけるように、吸血コウモリが後をついてくるのが見える。


 バチッーー


 ポルティガ港に入る直前で、吸血コウモリが青白い光に包まれ、跳ね返される。海鳥はギリギリで難を逃れたことにほっとしたのか、時計塔の上に止まる。

(今日も『ビッグウォール』は平常運転、と)

 ウィンはいつものようにふざけたように小さく呟いてみる。

 ーーーー『ビッグウォール』。

 古の聖女が人類最果ての街に施した、港全体を覆う透明な魔法の壁。魔物以外は通し、魔物は通さないその目に見えない結界が、文字通りこの王都ポルティガを守護してくれている。

 そして、自分の声が夜の闇に溶けていくのを確かめる。ウィンは周囲に誰もいないことを確認すると、軽鎧の内側に忍ばせていた小さな宝石がついた〈赤いネックレス〉をそっと取り出す。


 深紅に輝く楕円形の宝石が、通りの脇に並んでいる魔導街灯の明かりを受けて鈍く輝く。


「……これを預かってください」


 ウィンは路地でのことを思い出す。


 長身の男が逃げ去り、ソフィアを連れて詰所まで向かう途中に、彼女は一度足がもつれたようにウィンにもたれかかった。


 そのときに、小声でウィンにそう言って、そのネックレスを渡してきたのだ。


「……何も聞かずに、お願いします」


 もたれかかってきたソフィアを支えながら、ウィンは言い返そうとした。


 しかし、シスターのまっすぐな視線に何も言うことができなかった。ソフィアは小さな少女のように震えながら、強い覚悟でまっすぐにウィンを見つめていたのだ。


「ん、どうした。大丈夫か?」


 二人のもとにアンナがやってきて、ウィンは慌ててネックレスを軽鎧の内側にしまいこんだ。その様子を確認して、ソフィアは一瞬だけ安堵したような表情を見せた。そして、再び先程のように強い意志を持った瞳に戻る。


「……大丈夫です。何でもありません。お気遣い、ありがとうございます」


 ソフィアはアンナに向かってそう言うと、しっかりとした足取りで再び歩き始める。拉致されそうになった直後だというのに、気丈な姿だと言えただろう。


(……何も聞かずに、か)


 ウィンの手の中で、深紅の宝石はやけに無機質で冷たい感触である。夜の闇の中で、その赤色は、危険を知らせる何らかのサインのようにも見える。


 ふと耳元で囁かれた彼女の声を思い出す。


「……何も聞かずに、お願いします」


 ソフィアの声は、帝国なまりだった。


(これは絶対に、何かに、巻き込まれているよな)


 ウィンはそう呟くと、大きくため息をつくのだった。


【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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