<4> 第7隊隊長クリス・ハーグリーブズ
警備隊の詰所に戻ってくると、ソフィアを椅子に座らせる。
「何にもないむさっくるしいところで申し訳ありませんが、ここで座っていてください」
「むさっくるしいは余計だ」
後ろからアンドレがそう言って、ウィンを小突く。
「アンドレ、怪我をした隊員は大丈夫なのか?」
「思ったよりもあいつらの傷が深くなくてよかったぜ。治癒魔法は高くつくが、業務中の怪我だから費用は国持ちだ。口添え頼むぜ、ポルト王国の騎士様よ」
アンドレはそう言うと、にやりと笑う。
「俺が口添えするまでもないだろう」
「ああそうだ。逃げた背の高い男の素性はわからずじまいだ」
アンドレはウィンとソフィアを交互に見て言う。
「捕らえた男たちはスラム街のレヴィファミリーのゴロツキたちだとよ。部下に顔を知っている奴がいた。逃げた男から高値で依頼を受け、聖心教会のシスターを拉致しようとしていた。ま、いまは地下の牢屋にまとめて放り込んどいたぜ」
「……助けていただき、本当にありがとうございます」
ソフィアはウィンを見つめ、ゆっくりと頭を下げる。その細い肩は、まだ微かに震えていた。
「気にしないでください。街と人を守るのが俺たち騎士の役目ですから。以前、お会いしたことがありますよね」
「はい、聖心教会の孤児院で……」
「おいおい、こんなところでナンパかよ」
「仕事だよ、仕事」
ウィンはアンドレに向かって非難の声を上げる。
「シスター、怪我などは大丈夫ですか?」
水を入れた桶と濡れたタオルを持ってきたアンナが、ソフィアにそう声をかける。白いローブは所々汚れている。拉致されそうになったときに土や砂がついていたのだろう。
「……ありがとうございます。怪我は大丈夫です。騎士様が助けてくれたので」
ソフィアはそう言うと、再びウィンにまっすぐな目を向ける。揉み合った時に乱れたのか、ソフィアは右手で何度か髪を撫でた。
「おおっ、本当によかったっ」
大きな声とともに、男が詰所に入ってきた。
「……し、司祭様」
ソフィアはそう言うと、すぐに後ずさるように立ち上がった。そこには、聖心教会の紫色のローブを着込んだ恰幅のよい男が立っていた。
「よいよい、シスターソフィア、大変じゃったろう、座っておれ」
司祭と呼ばれた男はそう言うと、両手でソフィアの肩を押して再び椅子に押し戻す。それから部屋の中を見回す。
「危ないところを助けてくださり、誠にありがとうございます。これも神のお導きでございます。ポルト騎士団とポルティガ警備隊の皆様に神のご加護がありますように」
男は途切れることなくそう言うと、両手を合わせて深くお辞儀をする。背は低かったが、ローブと同じ紫色の司祭帽をかぶっており、体のバランスがおかしく見える。
ウィンは一瞬、この司祭様は本物なのかと思う。こんなにタイミングよくあらわれるものなのかと疑問を抱いたのだ。
「失礼する」
よく通る声が聞こえ、今度は金髪の男が詰所に入ってくる。
「えっ、クリス・ハーグリーブズ隊長?」
ウィンの隣にいるアンナが右手で口を押さえてそう呟き、思い出したようにすぐに敬礼をする。ウィンもそれに遅れて同じように敬礼をする。
(第7隊のエリート隊長が何でこんなところに?)
第7隊隊長のクリス・ハーグリーブズのことは、他の騎士隊にあまり興味のないウィンも知っていた。何といっても、最年少隊長なのだ。
「第15隊の……カークライトだったか」
「はい、ウィン・カークライトとアンナ・マルグリットであります」
隊長格が相手なので、ウィンはそう返事をする。普段の口調はしまい込み、背筋を伸ばす。
「君たちがシスターを救ってくれて助かったよ。もしあのまま拉致されていたら、いろいろと大事になるところだった」
「我々は職務を遂行していただけです」
「それでこそ、ポルト騎士団だな。ありがとう」
クリスは笑顔を見せてそう言った。
(俺たちから見ると、眩しいくらいだな……さすがハーグリーブズ侯爵家の若き天才様だ)
クリスは先程、ウィンの名前を知っていた。騎士隊の掃き溜めと呼ばれる第15隊に所属する平騎士の名前まで把握しているというのは、さすがエリートというところだろう。
同じ騎士でも、住む世界が違う。
「知っての通り、今回の開港祭の警備の責任部隊は、第7隊になる。先程、司祭様から第7隊にシスターを探す要請がきて、我々第7隊も街中を捜索していた。そのため、私も司祭様に同行してやってきたというわけだ」
クリスは流れるようにそう説明をすると、憔悴しきった表情でうつむいて震えているソフィアを見る。
「聖心教会のシスターがポルティガの街で拉致されたとなれば、色々な問題になりかねないところだったから、本当によかった。このまま詰所にいると再び襲撃など危険がないとも言えんから、私たち第7隊が責任をもって聖心教会まで送り届ける」
クリスはそう言うと後ろを振り返る。そこにはいつの間に来ていたのか、第7隊の騎士が5名直立していた。先入観なのか、皆エリートに見える。
「はい、承知しました」
司祭様が迎えに来て、クリス隊長まできたのであれば、この件は第15隊の平騎士である自分が関わる必要はない。面倒事にはもう十分足を突っ込んだ。そして、これ以上突っ込む足はもうどこにもない。
一刻も早く今日の業務を終えて、行きつけの酒場でおいしいエールを飲もう、そんなふうに思う。
「拉致しようとした男のことなど、何か知っていることは?」
クリスがそう訊いてくる。
「見たことのない男でした。とても背が高く、痩せていました」
「背が高い、痩せた男……」
クリスは記憶を手繰るように、首をひねる。
「他には何かないか?」
ウィンは一瞬ソフィアから預かったネックレスのことを話そうとした。けれども、そのことは言わないことにする。
ソフィアは拉致から助かったのに、ウィンにネックレスを渡した。それに、先程司祭がきたときに、ソフィアは少しだけ後ずさりをしなかったか。
そういった些細なことが、どうしてか引っかかったのである。だからウィンはソフィアを見ることもしなかった。周囲の人に気取られないようにしなければと思った。
「いずれにしても、今日のことについて、明日聞き取り調査がある。明日の10時に、二人は通常勤務からはずれ、第7隊の騎士館に来てもらえるか。開港祭前の巡回などで忙しい中申し訳ないが、逃げた男について調査も進めたいのでな。それまでに何か思い出したことがあれば教えてほしい」
クリスが二人に向かってそう言ってくる。
「承知しました」
「承知しました」
心底面倒そうなウィンの声と、緊張気味なアンナの声が重なる。アンナの返事の方が大きかった分、ウィンの声は目立たなかった。
(それにしてもさわやかな隊長だな。ガルシア隊長と比べたら……)
ウィンは想像上のガルシア隊長に怒鳴られたような気がして、一瞬身をすくめる。
第7隊の騎士に囲まれて詰所を出るとき、ソフィアが一度だけ振り返った。
目が合う。すぐに、そらされた。
軽鎧の内側で、ネックレスが小さく重みを主張していた。
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