<26> 結成! 胃薬同盟
――11月2日、13時。ヴァレンス砦。
「――ふぅ」
広間で軽兜を外してテーブルに置き、ウィンは小さく息をつく。
先程も帝国軍の攻撃を撃退した。ちょうど交代の時間直前に帝国軍の攻撃がはじまり、結果的に交代の時間が2時間遅れてしまった。
「出張中は残業代が出ないというのに」
ウィンは忌々しげに言う。
「ウィン先輩いっつもそれ言ってますよね。でも、出張は手当出ますよ」
当たり前のように隣にちょこんと座りながら、フィオナが言う。軽兜でペタンコになった髪を何となく右手で梳かしながら、ウィンをちらちらと見ている。
「今日も行くのか?」
「はい、昼ごはんの休憩が終わったら、今日も治療室です。だからウィン先輩の隣で今は回復中です」
フィオナはそう言うと、上目遣いで笑顔を見せる。
騎士たちは、4交代制になっていた。6時間帝国の侵攻に備えて待機し、10時間武器の整備や砦の雑役など、個人ごとに割り当てられた役目を果たす。残りの8時間は睡眠や食事などをとる。
『キュアヒール』を使えるフィオナは、治療室での怪我人の治療を割り当てられていた。
「頑張るのは皆にとってありがたいが、あまり無理はするなよ」
「大丈夫です。それに、私結構頼りにされているんですよ」
フィオナは少しだけ誇らしげに言う。
新人で黙っていれば美少女のフィオナは、砦の兵士たちの間で人気が出ていて、フィオナ指定で治療を頼んでくる者も少なくないらしい。
ウィンは立ち上がり、食堂に向かおうとする。
「あっ、待ってください。まだ回復できてませんよぉ」
フィオナがウィンを追いかけてくる。
「ん?」
ウィンは立ち止まると、そのまま目を細める。
後ろから来たフィオナが、止まることができずにウィンの背中にぶつかる。
「いたた……どうしたんですか? 急に立ち止まって……」
後ろからフィオナが覗こうと顔を斜めに出そうとする。
「静かに」
ウィンは小さな声でそう言うと、自分の唇に左手の人差し指を当てる。フィオナはウィンのそのしぐさを見て、不思議そうに前を見る。
視線の先には、エヴァとアッシュがいた。広間から食堂に向かう窓のない廊下の角で、何やら話し込んでいる。
「エヴァ先輩ですね」
ウィンの視線を追いかけ、フィオナが言う。
(……知り合いなのか?)
ウィンはこれまで2人が会話しているところを見ていなかったなと思う。ただ、自分が気が付いていないだけで、よく言葉を交わしているのかもしれない。
「アッシュ副隊長イケメンですものね……あっ、私は全然タイプじゃないですよ。私はウィン先輩一筋なんで」
フィオナが慌ててそう否定するが、ウィンはいちいち反応しない。
(まあ、行くか)
ウィンは廊下を進み、二人の横を通る。
「前を失礼する」
ウィンとフィオナが通ろうとすると、アッシュが話しかけてくる。
「ウィン、だったか?」
ウィンは立ち止まり、アッシュ・バーレットを見る。爽やかな笑顔に、見た目麗しい亜麻色の髪。国民が憧れるようなスマートな騎士。
(俺が前に知っていたこういう騎士は金髪だったな……)
ウィンは、歪んだ理想を抱き、時計塔から飛び降りた騎士のことを思い出す。
「ああ、ウィン・カークライトだ」
「君たちの戦いもいつも砦の屋上から見ているよ。引き続き頑張ってくれ」
アッシュはそう言ってウィンの肩を軽く叩く。
「もちろん、ポルトの国民のために頑張ります」
「いい心掛けだ」
アッシュはそう言うと、柔和な笑顔を見せる。女性陣が騒ぎそうな笑顔だ。
「あら、ウィンとフィオナはこれからお昼?」
「はい、これからです」
「じゃあ私も行くわ……それじゃあ、アッシュまたね」
エヴァはそう言うと、ウィンたちに合流してくるのだった。
ヴァレンス砦の食堂は、雑然としたざわめきの中にあった。騎士も兵士も同じ場所で食べ、木製のトレーに大皿を1枚置いて、好きな食べ物をよそう形式である。
「どれにしようかな」
フィオナが嬉しそうに食べ物の大皿を選んでいる。
「戦時下でこれだけの量が確保されているんだから大したものだな」
ウィンもフィオナの後ろをトレーを手にして歩きながら言う。
「昨日一緒に食べた先輩が、量と栄養さえあればそれで充分だって言ってました」
「そうだな。これもウェスカ砦からの補給路がしっかりと確保されているからなんだぞ。ダビド副隊長に感謝だな」
「感謝です」
フィオナの返事を聞きながら、ウィンは先日のヤンの言葉を思い出していた。
「兵站が確保されているというのは、事務方の並々ならぬ努力の賜物なのです」
ヤンはそう言ってダビドを賞賛していた。このわずか数日で、2人は大いに意気投合したらしい。偉大ではあるが強引な隊長を持つ副隊長として、境遇がよく似ていたこともあった。
また、2人ともよく胃薬を飲んでいることから、第15隊の隊員たちはヤンとダビドのことを胃薬同盟と呼んでいた。
ヤン自身にその呼び名が知られてしまった時も、「いいじゃないですか胃薬同盟。隊員のために身を粉にして働く事務方の矜持が詰まった……とてもいい言葉です」とむしろ胸を張っていたくらいである。
ウィンたちは、料理が山盛りのトレーを手に、すでに長机で昼食をとっていたガルシアとヤン、そしてホッパーのテーブルに座る。
「おお、エヴァにウィンにフィオナか、お疲れさん」
ガルシアはゴツい顔を崩して笑顔で言う。戦い方を見るとガルシアが一番疲れていそうだったが、全然変わらない。
「疲れました。残業代を申請したいところです」
ウィンはそう軽口を叩く。
「ウィン、出張中は残業代は出ませんよ」
すぐにヤンが口を挟む。
「じゃあ、手当の増額を……」
「それは帝国を押し返して、王から報奨金をもらうときに言いましょう。可能性は低いですが、もしかしたらチャンスがあるかもしれません」
「望み薄だな……」
「フィオナは治療室の雑役は大分慣れたか?」
父親のように目を細めたガルシアが、フィオナに訊ねる。
「はい、皆優しくしてくれます」
「それはよかったな。あっという間にヴァレンス砦の看板娘になったらしいじゃねえか」
ガルシアがガハハと笑いながら言う。
「あら隊長。私は?」
エヴァがガルシアにそう言って絡む。
「お前は看板娘って言うよりは女主人って感じだな」
「断固、撤回を要望します」
エヴァが右手を高く上げて、宣言する。同じテーブルの皆がどっと一際大きな声で笑う。
「ガルシアのとこはいつも元気だねぇ」
そう話しかけられ、声の方を見るとエルヴィラが立っていた。
「おう、エルヴィラ婆さんか。どうした?」
「巡回だよ。隊長の役目として、砦の至る所を見て回ってるのさ」
「大変だな」
「アンタに代わってやってもいいんだよ」
エルヴィラが言う。
「いいや、遠慮しておくよ」
「ちっ」
エルヴィラは首を軽く振って舌打ちをすると、やれやれとその場を離れていった。
「エルヴィラ婆さんも忙しいな。まあ、砦の様子を掴んでおきてえっていうのはよくわかるがな」
ガルシアが食堂を見渡して言う。
「毎日毎日、帝国の奴らは諦めもせずに何度も侵攻してきやがる。向こうの将軍は一体どんな奴なんだろうな。こんなに人を人として扱わない攻撃は聞いたことがないぜ」
「――どうも、おかしいんですよね」
ヤンは小さな声でそう言うと、隊員たちを見つめるのだった。
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