<24> 30人の魔導士が紡ぐ『サンドウォール』――<鉄壁>の戦術
――10月30日、20時32分。ヴァレンス砦。
「これがヴァレンス砦か」
砦の壁の上に立ち、両腕を組んだガルシアが言う。
後方にはウェスカ砦が控えている。その前に立ちはだかる、最初の盾がこの山砦だった。
眼下には谷道が続き、左右には険峻な崖が斜めに伸びている。馬では駆けることのできない角度の壁で、先程ダビドが説明していた光景が目の前に広がっている。
「なるほど……これはまさに天然の要塞ですね」
眼鏡のブリッジを右手の人差し指で上げながら、ヤンが感心したように呟く。
(横一列の松明の数は30くらいか……)
ウィンは眼下の道を進んでくる松明の数を数える。ある程度の間隔をとった上で、横に30人しか並ぶことができない。
その幅だからこそ、守り切れてきたのだろう。
(しかし、いくら地の利があるといっても、一万人の物量で押し込んだら、陥落してしまうんじゃないか?)
隣ではヤンが真剣に眼下の戦況を見つめている。
「総員、魔法準備!」
ダビドが魔導士隊に向かって、短く叫ぶ。
砦の壁の縁に、魔導士のローブを着込んだ魔導士隊が1列に並んでいる。30人にも及ぶ魔導士隊は、砦の幅に均等に並んでいる。
この魔導士隊のリーダーらしき男が中央に立ち、両手を前に伸ばし、詠唱を始めている。
目を凝らすと、眼下には松明を持って馬で駆けて来る騎士隊と、その後ろを走って追いかけている歩兵たちの姿が見える。
帝国兵たちは鬨の声を上げながら、夜襲をかけてきている。
「砂の壁よ、連携し、脅威を防げっ! 『サンドウォール』っ!」
「『サンドウォール』っ!」
「『サンドウォール』っ!」
リーダーの詠唱に、残りの魔導士たちの詠唱が続く。
ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴオッ―――――
一瞬の間の後で、帝国の騎士と歩兵が通り過ぎたあたりの地面が、鈍い音を立てて盛り上がる。
周囲の地面がせり上がり、高さ5メートルほどの砂の壁ができる。その壁が深く侵入していた騎士や歩兵を味方と分断する。
行き場を失った馬の悲鳴が続く。騎兵と歩兵たちは立ち往生し、戸惑いを見せる。
ギギギギィ―――ッ
(開門か?)
ウィンは眼下を見る。砦の両開きの鉄の門が、鈍い音をたてながら砦の外側に向かって左右に広がっていく。
「第2隊、出撃だぁ―――――っ!」
扉から声が響き、騎馬たちが出陣する。その先頭に立って剣を掲げていたのは、アッシュ・バーレットだった。
アッシュと、彼に続く騎士たちは、馬を駆る勢いのままに、砦と砂の壁の間に閉じ込められた帝国兵たちを減らしていく。
帝国兵たちも必死に抵抗するが、ほぼ一方的な展開になる。
やがて、風に乗って防壁まで届いていた剣戟の音が途切れがちになり、土煙が風にかき消される頃には、帝国兵たちは全滅していた。
眼下ではアッシュが何かを叫んで指示を出しており、守備兵たちが、帝国兵の亡骸を一か所に積み上げていく。
守備兵たちが奪い取った剣や防具などを砦内に運び、主人を失った馬を引き入れていく。
そして、積み上げられた死体に火がつけられる。
少し前まで人だったものが、黒煙を上げながら燃えていく。
ウィンの少し後ろにいたアレンが、煙に咳をする。フィオナは両手を口に当てて目を見開いている。
その光景が、いま自分たちがいるのは紛れもなく戦場なのだと、痛いほど突き付けてくる。
「……ひどい、でも……」
フィオナは城壁沿いに立ったまま、口元を押さえながら、それが自分の使命であるかのように眼下から視線を外さなかった。
「死体を焼かないと、次の攻撃の時に障害物になる。だから、焼くしかないのさ……遠い東の国では、火葬っていうのがあるらしいから、彼らの魂にも悪いことじゃないと思うようにしてるのさ」
言葉を失う第15隊の面々に、エルヴィラが言い訳のように呟く。
夜の闇の中、帝国兵を焼く炎の赤と、天高く昇っていく灰色の煙。鼻につく焦げたような臭い。
「――綺麗事じゃねえ。これが戦争だって言うのを俺たちに見せたかったんだろ」
ガルシアが複雑な表情を見せながら言う。
「……ああ、そうさな。ひどいことをしてるかもしれんが、私たちがここで帝国を食い止めんと、ポルト王国が崩壊する」
「……この戦法は常に使っているんですよね?」
ヤンがエルヴィラに向かって問いかける。
「ああ、そうだ。この戦法で守り抜いてきた」
「帝国はなぜ捨て身で攻撃をしてくるのですか? 今の戦法をいつもしているのなら、今の攻撃なんて、捨て身の特攻ですよ……」
ヤンは理解できないというように呟く。
「こちらの消耗を狙っているのです」
ダビドが横にいるヤンに向かって答える。
「未だに信じられませんが、帝国軍は末端の騎士や兵士を人と思っていません。無理な特攻を仕掛け、挟まれて全滅を繰り返す。でも、万が一砦の門を抜けきれるかもしれないし、少なくともこちらの消耗を狙うことができる。だから帝国兵はまるで生贄のような特攻を繰り返しているんですよ……」
ダビドはそう言いながら、右手で胃の辺りをさする。
「だから昼も夜もなく攻めて来ているんです。まったくもって、信じられませんがね」
眼下の炎の揺らめきが、ダビドの顔に反射して染まっている。彼の目の隈は、さらに深く、昏くなっているように見える。
「私たちは魔導士隊と騎士隊と守備兵たちを、三交代制で対応しています。帝国軍は毎日時間を変えて攻めて来ていますが、いまのところ、ギリギリ何とか対応できているというところです」
「私たちは、アッシュ副隊長と同じ役割をすればいいということですね」
ヤンが眼下を見据えたまま言う。
「ええ、そうです。いくら交代制だと言っても、こうも間断なく攻撃が続けば、私たちも疲弊してきます。だから交代要員が増えるのは大歓迎なんです。第15隊の皆さん」
ダビドはもっと言いたいことがあるようだったが、それ以上は言葉を続けなかった。第15隊の実力を推し量っているような、疑っているような、そんな視線だった。
「到着したばかりで、ちょうどいい実演にはなったろう。今日は休んで、明日から交代要員に入ってもらうとするさ」
エルヴィラはそう言い、第15隊の面々は無言のまま頷くのだった。
【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。
お好みのプラットフォームでお楽しみください。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きが気になる」「ウィンや第15隊を応援したい」と思っていただけましたら、画面下部の【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、【感想】などをいただけますと、執筆の大きな励みになります!




