<23> 第2隊隊長 エルヴィラ・カブレラ
公式記録によると、10月25日ジェイドに揃ったポルト王国騎士団第15隊は、その翌日の26日早朝にはジェイドを出発している。
通常ジェイドから4日かかるウェスカ砦に3日後に到着し、翌30日にウェスカ砦を出発し、同日夜にヴァレンス砦に到着したとある。
その日程の移動から、相当な強行軍だったことが分かる。
ヴァレンス砦に到着した第15隊の人数は39人と記されている。
――10月30日、20時。ヴァレンス砦。
「騎士団から援軍が来るとは聞いていたが、まさかガルシアだとはね」
ヴァレンス砦のジェイド側の門から中に入ると、銀色の軽鎧を着込んだ小柄な老婆が腕を組んで迎えてくれた。
「相変わらずだなエルヴィラ婆さん。俺たちじゃ力不足か?」
ガルシアが不敵に笑いながら言う。
「逆だよ。プライドばっかり高くて使えない隊に来られたら、足手まといになるところだったからね。実務に強いアンタ達でよかったよ」
エルヴィラはさっぱりとそう言い切ると、「ほら、強行軍で疲れてるだろう、付いてきな」と言ってすぐに歩き出す。
(彼女が第2隊隊長エルヴィラ・カブレラか……)
ウィンは歩きながらエルヴィラの後ろ姿を見る。<鉄壁>の第2隊を率いるポルト王国でも古参の隊長。
随分と小柄だが、彼女の土魔法はポルト王国一だと、魔法研究所の魔法使いアリスがよく話していた。
窓のない廊下をしばらく進むと、同じく窓のない天井の高い広間のような場所に出る。壁には漆喰が塗られ、灰色に染まっている。
湿気が強いのか、土の濡れた匂いがする。
部屋の中には木製のテーブルとベンチがたくさん置かれており、無造作に配置された様子から、きれいに並べる余裕などないことが読み取れる。
「ああ、その辺に荷物を置いて座っとくれ」
エルヴィラはそう言うと、ベンチに足をかけて、テーブルの上に腰を下ろす。背が低いために、皆から見えるようにそうしているのだろう。
ガルシアとヤンはエルヴィラと同じテーブルの椅子に座り、他の第15隊の隊員たちも手近な席に座る。
「ガルシア隊長、第15隊のみんな。今ポルト王国で一番来たくない場所に来てくれたその心意気、心より感謝する。平時なら歓待するところだが、生憎戦地なもんでね。まあ勘弁しておくれ」
エルヴィラはそう言って室内を見渡す。第15隊の隊員たちから見えるエルヴィラは、小柄なのになぜか大きく見える。独特なオーラがあった。
「私は第2隊隊長のエルヴィラ・カブレラだ。ウチの隊員たちはエルヴィラ婆さんって呼んでいる。レディーに失礼な呼び方だが、まあこんな辺境で礼儀を語っても仕方ないからそのまま呼ばせている。援軍に来てくれたから、アンタたちも特別にそう呼んでいい」
「了解、エルヴィラ婆さん」
ガルシアが早速言うと、「ケッ、相変わらず粗暴だね」と睨む。
まるで絵本に出てくる意地悪な魔女のように鼻が大きい。口も悪いが、悪人には全然見えない。
まどろっこしい政治が嫌だから、ポルティガから召集がかかっても辺境から出て行かないのだとよく噂になっていた。
「ウチの副隊長を紹介するよ。ダビド、アッシュ」
エルヴィラが右手を上げて2人の男を呼ぶ。
現れたのは対照的な2人の男だった。一人は濃い茶色の魔導士のローブを着た男で、軽鎧はつけていない。ひどく痩せていて猫背で目が落ち窪んでおり、目の隈が年輪のように深く刻み込まれている。
この世の不運の大半を強制的に引き受けさせられたような、随分と陰気な男だった。
一方、もう一人の男は銅色の軽鎧を着込んだ男で、腰に剣を差している。亜麻色の髪に端正な顔立ち。飄々とした佇まいは、ポルティガにいたら、大衆の人気が出そうな騎士だった。
「ほらアンタたち、自己紹介しな」
エルヴィラに促され、騎士の方が前に出る。
「はじめまして。第15隊の皆さん。第2隊副隊長アッシュ・バーレットだ。第2隊の騎士と、砦の防御兵を統括している。皆さんが援軍に来てくれたことに心から感謝している」
(相当強そうだな……)
ウィンはアッシュの立ち姿を見てそう思う。重心を入れすぎない柔軟な姿勢は、警戒しながらもしなやかな動きができる騎士特有のものだ。
ウィンが見たその極みは第1隊隊長のトト・タムードだったが、このアッシュという第2隊の副隊長も相当な実力者に見える。
それに、笑顔ではあるが、細い目の奥では笑っていない。現場の長だけあり、口では感謝を述べているが、まだ一緒に戦っていない第15隊をそこまで信頼しているわけではないのだろう。
「私は第2隊副隊長、ダビド・メリーノと申します。魔法部隊の隊長と、砦の雑務、運営を担当しております。援軍は有難いですが、頼むから厄介事は増やさないでください」
ダビドはそう言うと、長いため息をつく。雑務、運営というところで、ヤンが目を輝かせる。共通する何かを感じたのだろうか。
「ほら、ダビド、状況を説明してやんな」
エルヴィラが言い、ダビドは憂鬱そうに言葉を続ける。
「10日前、突如帝国軍が侵攻を開始しました。その数は約1万。対するこのヴァレンス砦の兵力は約500人です」
「500人!」
「そんなんで持ちこたえられるのかよ」
第15隊の隊員たちが思わず声に出す。
「現に持ちこたえていますよ。それは地形のおかげです」
ダビドは何で私が説明しないとならないのかと言うように、不機嫌そうに続ける。
「帝国とこのヴァレンス砦の間は、左右を絶壁に囲まれた狭い谷になっています。ヴァレンス砦はウェスカ砦近くまで続くその谷のちょうど中央に建てられた山砦です。つまり、中央突破しなければならないのですが、狭い範囲しか進めないので、数の利を出しにくいのです」
ウィンは、ヴァレンス砦に入るまでの道のりを思い出していた。
左右を丘に挟まれたウェスカ砦の前にはウェスカ平原が広がり、その平原を抜けた先に山道が始まっていた。山道はしばらく進むと左右が切り立った壁となり、谷底の道だけになる。
その狭い道に蓋をするように立てた太い板のような砦が、ヴァレンス砦だった。
(地の利はこちらにあるということか……しかし、絶望的な兵力差を地の利だけで対応できるのか?)
ウィンはそう思いながら説明を聞いていた。
そのとき、部屋の中に兵士が駆け込んでくる。
「夜襲です! 帝国がヴァレンス砦に向かって侵攻中です!」
室内に一気に緊迫感が走る。
エルヴィラがすぐにテーブルから降りて、ベンチの上に立つ。
「ちょうどいいね。第15隊、第2隊がなぜ<鉄壁>と呼ばれているか、生で見せてやろうじゃないか」
エルヴィラは第15隊を見渡して、鋭く言い放つのだった。
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