<21> 効率的で悪質な罠、笛吹きの足取りを追え!
「さっきは話が途中になりましたが、いま私たちは二つの脅威に直面しています」
ヤンは壇上の中央までゆっくりと歩いていくと、隊員たちを見る。ガルシアも一番前の端の席に座って、両腕を組んだままヤンの話に耳を傾けている。
会議室の窓の外には、ジェイドの街が見えている。ブルゴス地方最大の都市の賑わいやざわめき。
この街の人々は、わずか5日ほどの距離にある国境の砦が、いままさに帝国軍の侵攻を受けていることなど知る由もない。
もし砦が陥落すれば、市場の賑わいも、大通りの喧騒も、すべてが失われてしまう。
自分たちが守らなければならないのは、そんな人々の何でもない当たり前の日常だった。
それが濃厚に感じられるからこそ、第15隊の隊員たちの表情は固く、緊張したものになる。
「ひとつは魔物の凶暴化。そしてもうひとつはいまガルシア隊長が話した帝国の侵攻です。この二つの脅威は、どちらも帝国の仕業です」
「魔物の凶暴化も帝国なのかよ」
隊員の一人が言う。
「はい、そうです。ガルシア隊長に情報をもらい独自に調べていたのですが、先日、<魔の森>から、メルバスの笛と呼ばれる魔道具が奪われました。この笛の音を聴いた魔物は、数日後に凶暴化し、人を襲うようになります」
「まじかよ……」
「そんな魔道具があるのか」
隊員たちは口々に言う。魔物を凶暴化させる魔道具なんて、命懸けで戦っている隊員たちにとっては、たまったものじゃなかった。
「情報を整理すると、その笛の効果は、現れるまでに数日かかり、さらに数日で薄れていくようです。先程の皆さんの話にあったように、5つのルートで、たくさん魔物が出たルートと、そうでもないルートがあったのはそのためです」
ヤンはそこで、少しだけ間を置く。
(……あの笛か)
ウィンは、ガルシアとアリスと<魔の森>の調査に行ったときのことを思い出す。
「――では、なぜ場所によって差が出るのか。ウィン、わかりますか?」
ヤンの問いかけに、皆の視線がウィンに集中する。
「……笛はひとつだからだ」
ウィンは地図から目を離さずに言う。
「吹いている奴が、移動している。そいつが通り過ぎた場所で、数日後に魔物が凶暴化する。そのときにはもう、そいつは次の場所で笛を吹いてる。だから、そいつがどういうルートで歩いているかによって、魔物が凶暴化している場所と、そうじゃない場所がある」
ヤンはウィンの答えに、満足したように小さく頷く。
「はい、その通りです。つまり、皆の情報をまとめると、男がどういうルートで歩いているのかを地図上で推定できるようになります」
地図上で、のところでニアが顔を上げる。
「そこでニア、アナタの出番ですよ」
「うん、地図といえばワタシ」
ニアはその場で立ち上がる。それから黒板の前まで歩いてくる。
「魔物が現れた話を聞いて、地図と照合してみた。最初は、西。次が、真ん中。いまは、ここ」
ニアが黒板の地図を、指先で順になぞっていく。
「……北東に、向かって歩いてる」
隊員たちの視線が、ニアの指し示す場所に向けられる。
「ニアの言う通りです。メルバスの笛の持ち主は、徐々に北東部に向かって歩いてきています。ポルト王国の兵力を分散させ、最終的には北東部での防衛を崩壊させる。つまり、騎士隊の陽動と、北東部への援軍遮断――その双方を狙った帝国の策というわけです」
ヤンはそこまで言うと、一度間をおく。
魔物の凶暴化と、帝国の侵攻が、まるで地下水のように深いところで繋がっているとは。
「今回、10名を別動隊にします。アンナ、ニア、そして1班の8名は、メルバスの笛を吹き続けている者を、探し出して倒してもらう必要があります」
アンナがニアと顔を見合わせる。
「俺たちはヴァレンス砦に行けねえって言うのか」
1班の一人の隊員がヤンに向かって言う。
「いいですか。これはとても重要な任務です。アナタたちが早く笛を吹きまくっている狂った音楽家気取りを見つけ出さないと、残りの隊員たちが皆死ぬのですよ」
ヤンは強い口調でそう言い放つ。その勢いに、文句を言った隊員は黙り込む。
「ポルト王国に人間がたくさんいるように、魔物もたくさんいます。笛を吹き続けるだけで魔物が凶暴化するというのは、とても効率のいい攻撃なのです。それを防ぐためには、笛を吹いている男を倒す以外にはありません」
全員が、その事実に理不尽さを感じている。笛を吹くだけで、魔物たちを凶暴にさせる。
それは手間のかからない、効率的で性質の悪い攻撃だった。
「……わかったよ。ヤンの言う通りだ。一刻も早く笛の男を倒し、魔物の凶暴化を鎮静化する。そうしないとポルト王国の戦力もいつまでも分散したままだってことだろ」
さっきの隊員が、渋々といった顔で言う。
「その通りです」
わかってもらえましたかというように、ヤンは頷く。
「ただ、ポルト王国は広大です。笛を吹いている相手が何人で行動しているかわかりませんが、場所を特定するのは至難の業です。でも、やらなければなりません」
「……やってみる」
ニアが小刻みに頷きながら言う。
「この別動隊のリーダーはアンナです。アンナは他の隊員に指示をして、ニアが地図の中で場所の絞り込みができるように、効率よく情報を収集してください」
「――わかった」
アンナは真剣な表情で頷く。
「そして、ヴァレンス砦です。出発は、明日の朝にします。これから皆で物資の確保と行軍の準備をして、あとは最後の夜を自由に楽しんでください。ヴァレンス砦は狭い谷にある山砦ですから、いくら帝国が大軍だとしても簡単には落ちません。今日はしっかり準備をして、しっかり眠って、英気を養ってから出発します」
ヤンが言うと、隊員たちは皆「ひょう!」「やったぜ!」と口々に叫ぶ。これから戦地に赴く者たちの反応じゃないなと、ウィンはやれやれと思う。
アレンとフィオナは呆れ半分、感心半分といった顔で先輩たちを見つめていた。
「それでは、物資の確保の手順を説明します……」
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