<19> 第15隊、ブルゴス地方最大の都市ジェイドに集合する
――10月25日、12時。ブルゴス地方、ジェイド周辺。
「大きいっすね……」
ジェイドの外壁が遠くに見えはじめると、アレンは馬に乗ったまま感嘆の声をあげる。
ブルゴス地方最大の都市ジェイド。交通の要衝であり、街の南と西が大街道と繋がっている。
王都ポルティガの北東に位置し、ポルティガから続く大街道が街の南門まで続いている。西門から東西に伸びる大街道は、ポルト王国西部の主要都市との間を結んでいる。
「ポルティガを出てから、ここまで大きい都市はなかったからな」
アンナが新人に向かってそう教える。
第15隊第5班の10人は、誰1人欠けることなく、ジェイドの街に到着しようとしていた。モンスターエイプの後も、いくつかの町や村で魔物を討伐し、ジェイドに到着したのは出発から22日目のことだった。
アレンもフィオナも、いまでは魔物との戦いにも大分慣れて、動きがよくなっていた。ウィンは積極的に2人を前面に出し、もしかすると自分が楽をするつもりなんじゃないかと疑われる程、新人たちに戦いを任せていた。
結果、新人たちの実力は、想定以上のスピードで上がってきている。
南門の検問を騎士団章を見せて簡単に通り抜け、合流場所である騎士館を目指す。
「ポルティガほどじゃないけど、栄えてる。地図調べたい」
ニアがきょろきょろと左右を見回しながら言う。
「ジェイドには名物のワインがあるのよねぇ」
どこかうっとりとした表情でエヴァが言う。
「……新鮮だな、これは」
ウィンも別に地図に興味はないのに、ニアのようにあちこち見渡している。
15歳まで<魔の森>で過ごし、それからはポルティガをほとんど出たことがなかったウィンにとって、今回の遠征を実は素直に楽しんでいる節があった。
大街道を馬で進んでいるときにも遠くの山々などをうっとりと眺めていたし、町や村、そしていまのジェイドの街並みなども、まるで少年のような目で見回している。
「ふふ……ある意味人生はじめての旅だものな」
アンナが手綱を握りながら、ウィンの様子を見て言う。
その言葉を聞いたフィオナはウィンを見つめ、「子供っぽい一面もかわいいです……」と小さく呟くのだった。
――ジェイド騎士館。
合流場所に到着したのは、第5班が最後だった。他の班は順調に進み、出発から20日後にはすでに到着していた。
ポルティガの騎士館は第1隊から第15隊までそれぞれの棟があるが、地方都市には大きな騎士館がひとつあるだけである。
その共有の騎士館に、そのときその街に配備されている騎士団が宿泊し、使用する。
100人近い人員が寝泊まりできる部屋があり、食堂があり、会議室があり、訓練場も兼ね備えている。非常に合理的な建物になっていた。
「遅かったですね、ウィン」
いつものように縁のないメガネをかけて疲れた顔をしているヤンが、第5班の到着を迎え入れてくれる。
「想像以上に魔物が多かったんです。他の班のルートはそうでもなかったですか?」
「いや、それなりにはいましたよ。ただ、第5班のように新人がいるわけじゃないから、そこまで苦戦はしなかったというだけです。……とはいえ、順調にいっても20日。ずいぶんと時間を取られました」
ヤンはそこだけ、妙に強調して言った。
「ガルシア隊長は?」
「ジェイドの領主に呼ばれて出かけています」
「げっ、面倒くさい」
「ウィン、そういうことは思っていても口に出すべきじゃありませんよ」
ヤンがやれやれというように言う。
「ああ、そうだ。新人たちは、結構戦えるようになってきました」
バツの悪さをごまかすようにウィンが言う。
「……そうですか。ウィンはいい教育係になっていたようですね」
ヤンはすべてお見通しというように言う。ウィンはあえてそれ以上は何も言わない。何か言えば、さらに仕事を増やされるに決まっている。
「疲れているところ悪いですが、これで全班が揃いました。荷物を置いたら、大会議室に集まってください」
――ジェイド騎士館。大会議室。
大会議室には第15隊が揃っていた。約100人が収容できる大会議室は長方形の部屋で、椅子と机が並んでいる。
約50人の第15隊は、その部屋のちょうど前半分を埋めている。
ポルティガで5つの班に分かれた隊員たちが、思い思いの場所に座っている。
「ルカがいないな」
室内を見回してウィンが言う。
「そう言えばそうだな」
アンナも室内を見回して言う。今回、ルカは5つに分かれた班の内、別の班に入っていた。
「ルカのことだから出会いを求めてジェイドの街にでも出てるんじゃないの?」
エヴァがそう言って笑う。
「ルカは最初から来てないぜ」
ウィンたちに話しかけてきたのは、ホッパーだった。
「ホッパー」
ウィンが後ろに立ったホッパーを見上げる。210センチの巨体が近くに来ると、その影も大きい。
「ルカはウチの班に入ってたんだが、ヤンから別の任務を与えられたとかで最初からいなかったぜ」
「あら、ナンパに出てたわけじゃないのね」
エヴァがどうでもいいというように言うと、ホッパーは声を落とした。
「お前たちは着いたばかりだからわからんだろうが、どうも面倒なことになりそうだぜ」
「面倒なこと?」
嫌いな言葉である「面倒」に、ウィンが反応する。
「それでは全員揃ったようですので、打ち合わせを開始します」
ヤンが前方の扉側にある教卓のような台の前に立って言う。前方の黒板にはブルゴス地方の地図が貼られており、地図狂いのニアが興味津々で見つめている。
「今回、私たちは王命を受け、ブルゴス地方の凶暴化した魔物を退治しに来ました」
ヤンはそう言って、細い木の棒でブルゴス地方全体を囲む。
「第15隊を5つの班に分けて、ポルティガから異なるルートでこのジェイドの街を目指しました」
隊員たちは皆ヤンの話を聞いている。複雑な状況をシンプルに解きほぐして説明してくれる。
ヤンはよく、「難しいことや複雑なことをもっともらしく言うことに意味はありません。誰でも分かるように、シンプルに整理することこそが大切なのです」と言うが、それを実践していると言えるだろう。
「各班の皆様に質問です。魔物は出ましたか?」
隊員たちを見渡してヤンが問いかける。
「たっぷり出たぜ。町や村でも、街道でも何度か遭遇した」
一番西側のルートを取っていた班の隊員が言う。
「俺たちもだ、ひどいときには凶暴化したモンスターエイプ15匹と戦うハメになったぞ」
ホッパーが言い、アレンとフィオナが顔を見合わせて驚きの表情を見せる。あのモンスターエイプが15匹ということがうまく信じられなかったのだろう。
「俺たちも遭遇したが、他の班ほど頻繁じゃなかったな」
別のルートから来た隊員が言う。
「なんだか、場所によって、出現率は違う感じだな」
別の班の隊員が言う。
「ただ、色々な魔物が、等しく凶暴化して人々を襲おうとしていた。普段は縄張りを侵さなければ放っておいてくれるはずなのに、<魔の森>の魔物より好戦的だったぞ」
ウィンが言い、ヤンが頷く。
「……そうですね。ポルト王国の魔物は、普段はここまで凶暴ではありません。もちろん魔物ですから遭遇すれば襲いかかってきますし、縄張りを侵したらやられます。ただ、今回発生している魔物は、積極的に町や村を襲ってきています」
そこまで説明すると、ヤンは一度言葉を止めて、部屋の中を見渡す。
「私は、今回の魔物の凶暴化には、帝国が絡んでいるとみています」
ヤンの発言に大会議室中がざわめきに覆われる。
「……帝国?」
「またかよ」
隊員たちが口々に声を上げ、文句を言ったり嘆いたりしている。
開港祭事変以来、第15隊には帝国アレルギーがあると言ってもよかった。
そのときまだ第15隊にいなかったアレンとフィオナだけが、先輩たちの反応を不思議そうに見ていた。
「それでですね……」
ヤンがそう口を開くのと、大会議室の扉が勢いよく開かれるのは同時だった。
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