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<18> 忘れられない血の感触と、先輩の手の温もり

「ああ、見てたぞ。大きな一歩だったな」


 ウィンはアレンに向かって笑いかける。普段、ウィンがあまり見せない表情だった。


「ウィン先輩……」


 アレンはそのまま力が抜けたようにその場に膝から倒れ込み、しばらくしてから、思い出したように右手で涙を拭う。右手についていた血が、生々しい絵の具のように瞼の下につく。


(オレ……魔物を、倒したんだな……)


 ぬめった感触と血の匂いが、アレンに生と死を強く感じさせる。


「フィオナも、よく頑張ったな」


 横を向いて、ウィンはフィオナに言う。


「いえ、私は『ウォーターバレット』を撃っただけで……倒したのはアレンです」


「2人で倒したんだよ。あのタイミングでの『ウォーターバレット』、よくモンスターエイプの動きを〈視て〉いたな」


「……ウィン先輩が相手をよく<視ろ>って教えてくれたからです」


 眩しそうな目でウィンを見つめ、意志の籠もった声でフィオナが言う。フィオナは泣いてはいなかったが、華奢な身体が震えている。それでも、一人の騎士として、必死に堪えようとしていた。


 訓練じゃない、はじめての本物の魔物との戦い。


 それは2人の新人騎士にとって、忘れられない記憶になるはずだった。


 フィオナはたどたどしい足取りでアレンに近づくと、膝を地面につけているアレンに手を差し伸べ、立ち上がらせる。


「ありがとう、フィオナ」


「……アレン、泣きすぎ」


 フィオナはそう言って微笑む。


「うるせえ……でも、やったな」


 アレンは泣き笑いの表情を見せながらも、なんとか笑う。


 ウィンは穏やかな目で2人のやりとりを見ていた。


(俺がはじめて魔物と戦ったのは、物心もついていないときだったな……)


 遠い記憶に目を細め、左手で頭を軽く掻く。


 後輩たちの初陣の前では、いつものような軽口は叩かなかった。







「騎士様っ、ありがとうございますっ!」


 モンスターエイプが全滅したのを確認すると、遠巻きに見ていた村人たちが近付いてくる。


 ウィンたち10人の騎士はモンスターエイプの死体を村はずれの空き地に運び、枯れ草と一緒に焼く。


 白と灰色の煙が高く空まで伸び、肉の焼ける臭いがする。魔物の肉は食べられないと言われており、また放置していると腐食してしまうための処置だった。


 魔物によっては角など売れる部位もあるが、モンスターエイプはそういった魔物ではなかった。


「後処理までしていただき、本当にありがとうございます」


 村長が深々とお辞儀をする。


「いや、騎士団として当然のことをしたまでだ」


 アンナがしっかりとした口調で言う。


「……モンスターエイプが出たのははじめてか?」


 ウィンが訊く。


「ええ。旅人から魔物が凶暴化しているとは聞いておりましたが、この村に出たのははじめてでございます。小さな村ですので、騎士様たちが通らなかったと思うと……本当にありがとうございます」


「気にしないでくれ。我々はポルトの騎士の職務をまっとうしただけだ。皆さんが無事で本当によかった」


 アンナが村人に向かって言う。


「それにしても……凶暴化というのは、大分厄介だな」


 ウィンが、焼かれているモンスターエイプを見ながら言う。


「どういうこと?」


 木に寄りかかって腕を組んで見ているエヴァがそう促す。


 紺色のワンピースタイプの制服を着ているエヴァは、身を軽くするために軽鎧を着ていない。長い髪を頭の上でまとめ、後ろにたらしている。スリットの入った足元のストッキングが見えている。


「いや……モンスターエイプは本来こんなに好戦的じゃない。確かにいたずらっぽいところがある魔物だが、さっきのように積極的に人を追いかけて傷つけようとする感じではない」


 ウィンは周囲を警戒するようにそう呟く。ウィンは第15隊の中でも最も魔物の生態に詳しい。そのウィンの言葉に、皆が耳を傾けている。


「さっき目を開いて見てみたが、目が充血していたぞ。相当興奮していたんだろうな」


 同じ班の隊員の男が言う。


「ヤン副隊長の話だと、魔物は凶暴化して、町や村を襲っているという。ウィンが言うように、通常人を襲わないような魔物までモンスターエイプのようになるなら、人手がいくらあっても足りないぞ」


 アンナが硬い表情を作る。


「現に、ポルト王国の各地から魔物の凶暴化の報が入り、ポルティガからも多くの騎士隊が各地に派遣されているわね」


 エヴァが考えを巡らせるように目を細める。


「ワタシたちも実際それで派遣されている」


 切り株の上に座っているニアが言う。背が低いせいか、そうしていると森の小人のようにも見える。


 アレンとフィオナの2人は、先輩騎士たちの話を黙って聞いていた。まだ先程の戦いの疲労感が抜けていない。モンスターエイプを村はずれに運ぶときにも、自分たちはこんな重い敵と戦っていたのかといまさらながら驚いていた。


「……これは、各地の魔物を騎士隊が討伐してめでたしめでたしっていう話じゃないってことか」


 隊員の1人が言う。


「少なくとも、楽しいはじめての出張ってわけじゃなさそうだ。出張の時には残業はつかないんだっけ?」


 ウィンがアンナに向かってそう訊ねるが、アンナは真面目な表情を崩さないまま、あえて答えずに黙っている。





【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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