<16> 街道の咆哮! 狂暴化モンスターエイプの群れ
「ウィン先輩、今日もいいっすか?」
野営の準備が出来次第、アレンとフィオナがいつものようにやってくる。
「……休憩する時間くらい欲しいんだがな」
ウィンはそう言いながら、いつものように腰を上げる。
ブルゴス地方までの旅の途中、ウィンによる新兵訓練はすでに毎晩の日課になっていた。
アレンが剣を手に挑み、フィオナが水魔法と剣技を組み合わせてウィンと対峙する。
けれども、ウィンは2人の攻撃をまるで子供の遊戯でもあるかのように、軽くいなしていく。
「どうした。もうこれで終わりか?」
ウィンは剣をトントンと自分の肩に当てながら挑発する。
アレンは「まだですっ!」と叫びながら飛び込み、ウィンの剣技で簡単にいなされてしまう。
フィオナはアレンと違って直線的ではなく、少し俯瞰的に剣と魔法を組み合わせた器用な戦い方をする。
けれども、ウィンにはまったく通じない。むしろ、器用な戦い方はウィンの得意とするところだった。
「ウィン先輩、強すぎます……」
フィオナがうつむいて膝に両手を当てながら言い、アレンは肩で息をしながら、諦めずにウィンに向かっていく。
ウィンはそんなアレンの攻撃を簡単に返していく。新人が第15隊の一員として活躍できるよう、教育しているのだった。
「ウィンがこんなに教育熱心だとはねぇ」
焚火に当たりながら、3杯目のワインを飲んでいるエヴァがしみじみと言う。その目はだいぶ座ってきている。
「いや、あれは新人を鍛えて、自分が楽をするため」
こちらは3杯目のスープを飲んでいるニアが言う。背が低くても力持ちのニアは、見た目からは想像できないくらいの大食いである。
「でも、毎晩付き合ってあげているのだから、いい先輩だな」
まるで出来損ないだった教え子が成長したかのように、アンナが目を細める。
「ニア、もうお替りはないぞ……そんな目をしてもだめだ」
アンナは続けてそう宣言すると、鍋の蓋を閉じる。食べ終わったスープの匂いが、焚火の焦げたような匂いに置き換わっていく。
「まだ食べ足りない……」
ニアは鍋を片付けに行くアンナの後ろ姿を、恨めしく見るのだった。
ーー10月15日、13時。ブルゴス地方街道。
ブルゴス地方への旅路は概ね順調だった。
ブルゴス地方最大の都市ジェイドまでは、順調に行けば馬で20日程の行程である。
第15隊は10人ずつの5つの班に分かれ、別々のルートで向かっていた。ウィンたちが所属するのは、第5班だった。
大街道や普通の街道沿いの町や村を巡り、魔物の凶暴化がないかを確認しながら進む。
そして魔物の被害があれば討伐をしながら、ジェイドで全員が合流する計画になっていた。
「ふわぁあああ……」
馬に乗りながら、ウィンは大きなあくびをする。先程から街道の周囲の景色がほとんど変わらない。平地に街道が続き、左右それぞれの遠くに森があり、そのさらに遠くに山々の連なりが見える。
時々旅人や商人、冒険者とすれ違い挨拶をするが、まるで同じ場所をぐるぐると回っているかのような感覚になりそうだった。
「ウィン、騎士たるものがだらしないぞ」
隣で馬に乗っているアンナがそうたしなめる。
「誰も見ていないからいいだろう」
ウィンはそう嘯く。
「誰かが見ているか見ていないかではない。そういう意味ではお天道様が常に見ているぞ」
アンナは当たり前のことのようにそう言い切る。
「アンナは本当にお母さんみたいだな。俺には母親がいないけど、皆に聞くお母さんって、きっとアンナみたいな感じなんだろうって思うよ」
「私はウィンより年下だぞ……」
年下の言い方に静かな怒りを滲ませてアンナが言う。ウィンは余計なことを言ってしまったと、アンナの怒りの矛先から逃れるように馬を少しだけ前に進める。
そのときだった。
「誰かぁ――っ! 助けてくれ――っ!」
その叫び声に第15隊の全員が、すぐに顔を上げる。一瞬で警戒に切り替えるのは、さすが騎士隊である。
街道の正面に小さな村が見えていたが、そこから走ってくる村人の姿があった。
次の瞬間、ウィンは馬の速度を一気に上げ村に向かっていく。
「第5班、ウィンに続けっ!」
ウィンの動きを見たアンナがそう指示を出す。
危機があったとき、ウィンは誰よりも早く状況を理解し、誰よりも早く行動を開始する。
ウィンと長らくコンビを組んでいるアンナは、ウィンのその動きを熟知している。
だから、すぐに指示を出せるのである。
ウィンは村から飛び出してきた村人をかわして、馬に乗ったまま一気に村に突入する。
村人とすれ違う時に、「大猿が――」と叫ぶのを聞く。
村の中心部では、4匹の大猿が逃げ惑う村人を追いかけているのが見えた。2メートル近くある巨大な猿で、村の小さな家の屋根と同じくらいの大きさである。
大猿たちは悪戯を仕掛けようとしている意地の悪そうな表情で、「キャッキャッ」と叫びながら村人を挟み込んでいる。
(モンスターエイプか……随分とデカいな)
ウィンはその内の一匹に向かって馬を走らせると、直前で馬から飛び降りて、高く飛ぶ。
勢いをつけてそのまま背後から剣を振り下ろす。ウィンが着地するのと同時に、猿の頭が転がっていく。
「ガガッ!」
「キキッ!」
突然仲間の一匹が首を切られたのを見て、モンスターエイプたちは驚いたようにお互いの顔を見合わせて、慌ててウィンから離れる。
村人を追いかけ、好きにいたぶろうとしていたのに、一体何が起こったのかと信じられないといった表情を見せている。
「モンスターエイプかっ。取り囲むぞっ!」
後から続いてきたアンナが素早く馬から降り、剣を構える。
「グルル……」
モンスターエイプがアンナと対峙し、剣を警戒して威嚇を続ける。
膠着状態の中、エヴァがアンナの横を馬で駆けて行き、サーカスの曲芸のようにすれ違いざまにモンスターエイプの片目にダガーを突き刺す。
「ウガァァァアアッ!」
モンスターエイプはあまりの痛みに、反射的に片目からダガーを抜いて投げ捨てる。目から血が流れ出し、その血を止めようとするかのように、反射的に両手で顔を押さえる。
その瞬間、アンナの剣がガラ空きになったモンスターエイプの腹を切り裂く。
「アガガァッァッ!」
痛みと怒りで我を忘れ、モンスターエイプが両手を天に突き上げる。
片目が潰され、腹から血が噴き出ているモンスターエイプは、痛みに我を忘れ、力任せにその手を振り下ろしてきた。
ドォオオン!
アンナは素早く身をかわす。
アンナがいた場所の地面が、鈍い音とともに陥没する。
流れる血で前が見えず、腹の痛みで混乱しているモンスターエイプは、がむしゃらに両手を振り回す。
アンナは冷静にその動きを見極めると、先ほどの腹を再び、さらに深く切り裂く。
「アガガァッァッ……!!」
モンスターエイプは両手を突き上げたまま、大きな麻袋が地面に落ちるような音を立てて、その場に仰向けに倒れ込む。
アンナとエヴァの見事な連携だった。
一方、もう1匹はニアと対峙していた。2メートル近いモンスターエイプと145センチほどしかないニアとでは大人と子供以上の体格差がある。
「ガルルルッ!」
モンスターエイプは小さなニアに対して舐めているのか、歪な笑みを浮かべる。
そして近くの家の脇に積み上げられていた丸太を手に取ると、それを両手で高くかかげ、ニアに向かって叩き落としてくる。
ドゴッ。
地面が丸太の形で抉られる。ニアはその丸太を軽やかに避けると、地面に叩きつけられた丸太の反対側の端を両手で掴む。
「ンガッ?」
モンスターエイプが一瞬目を見開く。丸太の両側をモンスターエイプとニアとで持ち合う形になる。
「えいっ」
ニアは丸太の端を強く引っ張り、モンスターエイプの手から丸太を奪い取る。
「ンガッ?」
モンスターエイプは、何が起こっているのか理解できないかのように再び叫ぶ。この小さな人間が、自分から丸太を力ずくで奪い取った? なぜ? そんなふうに思っているような表情である。
「いっけぇぇーーーーっ!」
ニアは小さな身体でモンスターエイプから奪った丸太を振りかぶると、そのままモンスターエイプの脳天に叩きつける。
「ガァアアアァアッーーーーー!」
モンスターエイプの断末魔が響き渡る。
モンスターエイプの頭は砂漠の乾ききった川のようにへこみ、頭蓋骨が割れる音が鈍く響く。複雑で、致命的な音だった。
「……うん、丸太もなかなか悪くない」
ニアはモンスターエイプの頭から、丸太を引き戻しながら言う。
4匹いたモンスターエイプは、あっという間に最後の1匹になる。
そして、最後の1匹の前には、アレンとフィオナの新人の2人が剣を構えて立っていたのだった。
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