<13> 第1隊隊長トト・タムードの執務室「最悪の盤面に、君たちがいてほしい」
「――トト・タムード近衛隊長」
「おう、トトか。どうしたんだ。珍しいな」
ヤンは声の主がトト・タムードであることに驚き、深くお辞儀をする。ガルシアは同じ隊長格であり、知己でもあったから名前で呼ぶ。
「第15隊にも、ついに魔物討伐の命令が出たと聞いてな」
城内のトト・タムードの執務室の応接スペースに移動し、3人は向かい合う。ガルシアとヤンが客用のソファーに座り、トトはその向かいに座っている。部屋の中には大きな平机が置かれ、壁面にはずらりと本が敷き詰められた書棚が並んでいる。
消音の魔法でもかけられているのか、外の雑音がこの部屋の中にはまったく入り込んでこない。
(同じ隊長でも全然違いますね……)
ヤンは二人を見比べて思う。
「ポルティガにいるほとんどすべての隊が派遣されるなんて、異常事態だな」
ガルシアが両腕を組む。
「ああ。本当に異常事態だ」
トト・タムードは言う。褐色の肌にすらりとした背の高さ。ポルト王国騎士団第1隊の隊長であり、王と王妃を専属で守る近衛隊の隊長でもある。タムード家はその肌の色から数代前に東方からやってきた一族の末裔であると言われている。
「君たちは、今回の魔物の異常発生をどう見ている?」
トト・タムードが探るように言う。
「どうせお前はアリスから話は聞いているんだろ」
ガルシアが言う。
「そうだね。君はまどろっこしいのが嫌いだったね。普段の王宮の面倒なやりとりに慣れていると、ガルシア隊長と話すのはシンプルでいいね」
「褒めてんのか?」
「そのつもりだ」
トト・タムードは冷静な表情を崩さずに言う。
(さすがこの国の騎士団のトップ……いつも思いますが、底知れないですね)
ヤンはそう思う。どの国もそうだろうが、清濁併せ呑む人物しか中枢にはいない。その中でも国のことを、国民のことをどう思っているのか、そういった点を軸に見るようにしていた。
ヤンの見立てでは、トト・タムードには自分がという私心がないように見えていた。もちろん、そんなことを自分に見破られるほど単純な人ではないとは思うが。
「ほぼ間違いなく、<メルバスの笛>をいたるところで使っている者がいるな。各地での魔物の凶暴化。偶然そんなことが起こるはずがない」
トトは確信を持って言う。
「問題は、誰が、何のためにそんなことをするのかというところだが」
トト・タムードはそこまで言ってヤンを見る。
「……帝国、ですね」
ヤンは言う。自分で声に出すと、その言葉の意味が大きく響く。考えないようにしていたパズルのピースが、音を立ててぴたっとはまるような感覚。
「さすが噂に名高い第15隊のヤン副隊長だな。もうそこまでいきついているとは」
「考えたくはないですが、消去法です。あと、名高い噂なんてないですよ。私は隊員の尻ぬぐいに追われている、いつも胃薬を手放せないただの副隊長ですから」
ガルシアは腕を組んで、どっかりとソファーに座っている。こういった込み入った話は、2人に任せると宣言しているようでもある。
「実は今回、第15隊をブルゴス地方に推薦したのは、私なんだ」
トト・タムードが2人を見て言う。
「私は今回の話が、魔物の凶暴化で終わる話ではないと見ている」
「……そうですよね」
ヤンが同意しますというように小声で言う。
「最悪の予想が当たった場合、君たち第15隊に近くにいてほしいんだ」
「そういうことですよね……」
トトのしっかりとした言葉と反対に、ヤンの返答は段々小さくなっていく。
「君たちには、本当に申し訳ないとは思っている……ただ、ポルト王国を守るためには、そうすることが最善だと決めさせてもらった。第15隊にはガルシア隊長がいて、ヤン副隊長がいて、そして……ウィン・カークライトもいる」
ヤンはトトを見つめる。トト・タムードから、ウィンの名前が出てきたことに驚く。横を見るが、ガルシア隊長はそのことにとくに驚く様子もなく、腕を組んだままでいる。
「あの、タムード隊長。よろしいでしょうか」
ヤンがそう尋ねる。
「ああ、いいぞ」
「もし、隊長が危惧される最悪の事態になったとしたら、相当な犠牲が出ると思われますか?」
「ああ、そうだな。ただ、その犠牲を最小限にするために、第15隊を配置した。君たちは君たちの最善だと思う行動を取ってほしい。私は私で最善の動きを取り続ける」
「……はい」
ヤンはそう言うと、憔悴したように呟く。
「もし私が帝国なら、魔物の凶暴化騒動でポルト王国の戦力が分散しているときを狙って攻め込みます。本来なら国境に援軍を送るはずですが、各地域の領主は自分の領民を守るために遠い北東部に援軍を送る余裕なんてありません」
ヤンの言葉を、トトは黙ったまま値踏みをするように聞いている。
「……確かにポルト王国北東部のヴァレンス砦とウェスカ砦を守っているのは鉄壁と言われる第2隊です。でももう何年も小競り合い以外の戦いが起こったこともありません。そこに、帝国が本気で攻めてきたら……」
ヤンは考えたくないというように小さく首を振る。
「……最悪とは、そういうことですよね?」
ヤンの話を聞いて、トトは不敵に微笑む。
「ガルシア隊長から、うちの副隊長は相当優秀だぞと聞かされていたが、想像以上だったぞ。どうだ。第1隊に移ってくるつもりはないか?」
「……生涯第15隊と決めていますので」
ヤンは言う。
「それは残念だな。では、もう少し具体的に話を詰めるとするか……」
トト・タムードはそう言うと、2人を交互に見るのだった。
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