<12> 王の間からの急変、第15隊への北東遠征指令
「ウィン先輩、あの……私、昨日の歓迎会で、変なこと……言ってなかったですか?」
朝、騎士館の庭にいたウィンに、フィオナが上目遣いでそう訊いてくる。庭の外れにはホッパー隊のウェルズが手塩にかけて育てている花壇があり、いつも色とりどりの花が咲いている。
ウェルズはさっきまで花壇に水をやっていた。何度見ても、筋肉自慢の体躯と、繊細な花壇がうまく結びつかない。
「いや、特になにも変なことは言ってなかったぞ」
ウィンは花壇を見ながら言う。
「それに、俺も昨晩は結構飲んだから、あんまり覚えてないんだ」
「ホント……ですか?」
「ああ、本当だよ」
ウィンが言うと、フィオナは安心したように大きく息を吐く。
「はぁーーっ、よかったぁーーっ。ウィン先輩、あの、私、普段はあんなふうにお酒飲んだりしないんです。昨日ははじめての歓迎会っていうので、なんだか嬉しくなっちゃって……先輩の皆さんも良い方ばかりで、それでちょっと羽目を外しちゃったというか、飲みすぎちゃったというか……普段は本当にあんなのじゃないんです」
「まあ、最初はみんなそんなもんだ。ただ、エヴァとニアは底なしだから、同じペースで飲まないようにした方がいいと思うぞ」
「……はい、気を付けます」
フィオナは消え入りそうな小さな声でそう言うと、今日のコンビであるアンナの元にすごすごと歩いていく。
「昨日は楽しかったわね」
エヴァが近づいてきて言う。昨日相当飲んでいたのに、ケロリとしている。さすが飲めば飲むほど強くなると豪語するだけはある。
軽鎧を着ていても、その妖艶な色っぽさと、プロポーションの良さを隠すことができていない。
「新人ちゃんが2人も入ってきて、また賑やかになるわね」
エヴァは本当に新人が入ったことを喜んでいるように見える。
「……そうだな」
「そう言えば……今朝、ガルシア隊長とヤン副隊長がポルティガ城に呼び出されたらしいわよ」
「ポルティガ城に?」
ウィンは驚いて言う。第15隊がポルティガ城に呼び出されるなんて滅多にあることではなかった。
「あまりいい予感はしないな」
ウィンは言う。
「……やっぱり、そうよね」
エヴァは言う。
「予感ではなく確信だね。問題はどの方角か、っていうだけだろうね」
<鍵開け>のルカも近付いてきて言う。無精髭をはやしている優男で、軽薄な女好き。
大体いつも、このメンバーが一緒にいることが多い。
「どの方角って?」
エヴァがルカに向かって訊く。
「いまは西も北も東も、ポルト王国の様々な場所で魔物が凶暴化している。しかも時間差で様々な地域で発生しているらしいぜ。最初に発生した地域にはすでに他の隊が送り込まれているから、オレたちが向かうのは直近で被害が出ている地方だろうな」
魔物の凶暴化による町や村への被害。
9月初旬から、各地でその被害が広がっていた。各地域の領主から救援要請が出され、ポルティガ城では連日大臣たちの会議が続いている。
ポルト王国は、各地方を貴族である領主が治めている。その領主たちの要請に対して応えるということが、王都の役目でもあったのだ。
各地の領主たちはお抱えの騎士や傭兵を抱えてもいるが、それだけではどうすることもできずに救援要請をかけてきているのだ。
「各地方の主要な都市は城壁で守られているから、実際のところそこまで大きな被害は出ていない」
ルカが言う。
「問題は、小さな町や村などの、自分たちを守るための城壁がないところだな」
「そんな場所は無数にあるものね……」
エヴァは、庭の向こう側に遠く見えているポルティガ城を見上げながら、そう呟くのだった。
――10月2日、11時。ポルティガ城、王の間。
「第15隊には、ブルゴス地方への派遣を命ずる。ブルゴス領主と協力し、かの地で凶暴化している魔物を退治し、地域の安寧を取り戻しなさい」
パブロ・メンデス宰相が体の前で書状を縦に広げて宣言する。王の間にはガルシアとヤンの他にも第10隊と、第13隊の隊長と副隊長もいる。
隊の数字が若い順番に派遣先を指示されており、第10隊は西の地域、第13隊は大陸中央の地域だった。
そして、第15隊に指示されたのは、北東のブルゴス地方だった。
玉座にはカルロスⅤ世と王妃カタリナがいる。
「承知いたしました。第15隊、ポルトの民のために、この身を粉にして、魔物の脅威を振り払ってまいります」
ガルシアは言う。数か月前に恩賞を賜ったこの場所で、今度は魔物討伐の王命を受けている。
ガルシアとヤンは王の前の赤絨毯の上に片膝をついて跪き、そのあとで顔を上げる。
(王も本当は、自ら剣を持って出たいのだろうがな)
ガルシアはそう思う。自らも武でならしたカルロスⅤ世は、自分は王城にいるしかないことを、もしかしたらもどかしく思っているかもしれない。20年ほど前、まだ若かったカルロス王と魔物討伐に出たことを思い出した。
(大分長い時間が過ぎたんだな……)
ガルシアは、自分もまだ若かったときのことを思う。
「第10隊、第13隊、第15隊よ。いまポルトの民は魔物の凶暴化に危険を感じておる。我がポルト騎士団の武をもって、民の安心と安全をしっかりと守るのじゃ」
カルロスⅤ世が言い、隊長たちは恭しく頭を下げるのだった。
登城を終え、ガルシアとヤンは、ポルティガ城の長い廊下を並んで歩きながら、帰ろうとしていた。
そのときだった。
「ガルシア隊長、ヤン副隊長、ちょっとだけいいか」
ポルティガ城の廊下で、よく通る声が2人を呼び止めた。
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