<11> 「酔いどれ亭」での歓迎会の夜
「それでは、新人ちゃん2人の入隊を祝って、かんぱぁーーー一いっ!!」
エヴァがエールのグラスを持って乾杯の挨拶をする。第15隊の飲み会では、なぜか隊長や副隊長ではなく、宴会隊長であるエヴァが乾杯をする。
普段の業務はガルシア隊長やヤン副隊長が仕切る。宴会は宴会隊長であるワタシが仕切るわ。エヴァはどや顔でそんなことを言う。
酒好きの隊員たちは「カンパぁーーー一いっ!!」と声とグラスを合わせ、第15隊の歓迎会がはじまる。
酒好きで名を馳せている筋肉お化けとも揶揄されているホッパーが、通常の倍の大きさはあるジョッキのエールを飲み干し、テーブルの上にドンッと音を立てて置く。
「おかわりだっ!」と叫んでいる。
「早いっ、さすがホッパーの兄貴っ!」
同じく筋肉隆々とした4人の仲間を加えたホッパー隊が、そんな掛け声とともに「イェーーーぃ!」と叫ぶ。
「そういや、昨日の任務の男爵家に、めちゃめちゃかわいい犬がいたんだよ」
道行く人が逃げ出しそうないかつい顔をしているカーンは、実は大の犬好きの優しい男だ。
「そりゃあ見てみたかったな」
筋肉がすごい体と童顔の顔のアンバランスさが特徴のコールは、おっちょこちょいでいつもニコニコしている。
「なあ、ウェルズの花壇の花少しもらっていいか?」
腕相撲で負けたことがなさそうな二の腕をしているトレゼゲが、正面のウェルズに向かって訊ねる。
「いいぜ。お袋さんにあげるんだろ?」
分厚い胸板のウェルズが、頷きながら快諾する。
「ああ。今度お袋の誕生日なんだ」
トレゼゲは母1人子1人で育ったこともあり、いつも母親思いだった。
そんな筋肉自慢のホッパー隊の中でも最も大きな体をしているホッパーは、仲間のやりとりを見てうんうんと頷いている。
「どうしたんだよ、ホッパーの兄貴」
カーンがホッパーに向かって言う。
「いや、第15隊にも新人が入って、こんな楽しい歓迎会が開けることが嬉しくてよ。開港祭事変のときも皆大変だったからよ……嬉しくて嬉しくて」
ホッパーは言いながら、うるうると目に涙を溜める。
「おいおいホッパーの兄貴、まだ早えよ!」
「そうだぜ。まだ1杯しか飲んでねえだろ!」
ホッパー隊の面々が、兄貴分であるホッパーに向かって口々に突っ込んでいる。
いつもの陽気な、第15隊の飲み会がはじまった。
「新人入るの、3年ぶりだって?」
宴会もしばらく進んだ頃、今日は貸し切りにしたいつもの飲み屋『酔いどれ亭』の主人が、カウンターにいるウィンにそう話しかけてくる。スキンヘッドの額に、昔冒険者だったときについたという斜めの傷が見えている。
「ああ、そうだよ」
「そりゃ、めでてぇこったな」
「そうだな。ほら、ヤン副隊長なんて、珍しく嬉しそうだろ」
ウィンは奥の席で珍しく酔っぱらっているヤン副隊長を指さす。
「この3年間、ずっと、ホントにっ、辛かったんですっ。副隊長会議でも、毎年他の隊に嫌味を言われていましたが、今年はなんと2人も新人が入ってくれましたぁーーっ!! カンパァーーイ!!」
ヤンの嬉しそうな声が響いてくる。
「新人にも、大分懐かれてるようじゃねえか。あの男の新人、さっきウィン先輩はオレの憧れですって叫んでたぞ」
「ああ、あれはな……」
「アンドレに聞いたぞ。新人の目の前でアウルベアを一刀両断したんだってな。そりゃあ、立派な騎士になりたい新人にとったら、衝撃的な出来事だな」
「……そういうつもりは、なかったんだけどな」
ウィンはため息をついてから、エールを喉に流し込む。ウィンも新人が入ってくれたこと自体はとても嬉しい。
大好きな第15隊に、また新しい仲間が増えたこと自体は喜ばしいことだ。
「ただ、もうちょっとのんびりとさせてほしいんだよな……」
ウィンはもごもごと小声で言う。
「そう言えば、各騎士隊がポルティガから地方に派遣されてるの、知っているか?」
主人が小さな声で言う。
「……ああ、もちろん知ってる」
「ポルト王国各地で魔物が凶暴化して、町や村を襲ってるって、なんだか信じられない話だよな」
主人は飲み屋をやっている分、情報通だった。ポルティガの表も裏も、様々な情報がこの店に入ってくる。
「でも事実だ。それで各地の領主の救援要請を受けて、各騎士隊が討伐に向かっている。<魔の森>の魔物ならわかるが、ポルト王国内にいる魔物は、普通、そんな凶暴化はしないんだがな」
「ウィンが言うなら、そうなんだろうな」
ウィンが<魔の森>出身であることを知っている主人は、そう言う。
(<メルバスの笛>を、使っている奴がいる……)
ウィンは声には出さずに、そう思う。<魔の森>から盗まれたメルバスの笛を悪用しているものがいる。
その本当の狙いが何なのか。それがよくわかっていない。
「今年は『開港祭事変』もあったし、なかなか落ち着かない一年になりそうだな」
主人が賑わう店内を見つめながら、ゆっくりと言う。
「それは困る」
ウィンは言う。
「俺は毎日一生懸命働いて、冷えたエールを飲むために頑張っているんだ。そのためには平穏な日常が続いてもらわなければ困るんだよ」
「ウィンらしいな……」
主人は言う。
「あーーーっ、いたぁーーーっ、ウィンせんぱぁーーーい」
ウィンの前に、フィオナ・アップルが立っていた。銀色の髪に、大きな瞳。華奢ですらりとした体。軽鎧を着ていない私服姿は、いつも以上に女性らしく見える。
そして、色白な顔は、大分赤くなっている。
「飲んだのか?」
「飲みましたぁーーー。でも18歳ですから、飲んでもいいんです」
ポルト王国の成人は18歳である。騎士学校を卒業したばかりのフィオナは、確かにお酒を飲んでもいい。
「ああ、悪いわねウィン。なんか、気が付いたら結構飲ませちゃってたの」
かなり赤ら顔になっているエヴァが言う。
「途中からは、自分からどんどん飲んでた」
エヴァの後ろからニアがちょこっと顔を出して言う。ニアは子供のように小さいのに、実は大酒飲みだ。普段から前髪で顔が隠れているのもあるが、いくら飲んでも全然顔に出ない。
「お前たちのペースで飲ませたら、大変なことになるだろう」
ウィンは呆れたように言った。
「少しは先輩として……」
「いや、この子、気が付いたら自分からどんどん飲んでいたのよ。そして、『ウィン先輩どこですかぁーーーっ』ってうるさいから、連れてきたのよ」
「……なんか最後、本音出てなかったか」
「えへへ……」
フィオナはウィンの前でにへらと笑っている。
「じゃあ任せた」
「右に同じ」
エヴァとニアがそう言ってそそくさといなくなり、フィオナだけが残る。
「えへへ……ウィン先輩、ラブです」
フィオナはそう言って、両手でハートのマークを作る。そして、そのまま倒れるように眠りについてしまう。
「あぶないって」
ウィンは倒れそうになるフィオナを抱きとめ、近くの椅子に座らせる。
「モテる先輩は大変だな」
同情したように、カウンターの向こうから主人が言う。
「そういうのじゃないんだよ」
ウィンはしみじみと答える。
「おう、ウィン。新人ちゃん潰れちまったのか?」
お手洗いから出てきたホッパーが、ウィンとフィオナを見て言う。
「ああ。お酒に慣れてないんだろうな」
「まあ、この間まで騎士学校の学生だったんだから無理もねえか」
ホッパーは両腕を組んで、しばし考える。
「ウィン。お前、アンナと一緒に新人ちゃんを家まで送ってやれ」
「え」
ウィンは面倒だなという表情をする。
「アンナだけでいいだろう。女性同士だ」
「新人ちゃんはウィンを慕ってるんだろ。それに、これだけ潰れてるんだ。お前がおんぶしてやれ。アンナは新人ちゃんの両親への説明係だ」
「確かに、説明係の説得力はアンナが一番だな……」
「ウィンとアンナの代金は俺が立て替えとくからよ。早めに送ってやれ。おぉーーいアンナぁっ!」
ホッパーはそう言うと、大きな腕を伸ばしてアンナを呼ぶ。
ウィンはホッパーとすっかり眠ってしまったフィオナを見比べて、やれやれとため息をつく。
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