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<9> ウィン先輩の実力

「ああっ!!」


 アレンは叫ぶ。先程から、まったく動くことができなかった。一流の騎士を目指して騎士学校で研鑽に励んできた。そのための努力だって続けてきた。


 しかし、本物の魔物を前にして、その剣を鞘から抜くことさえできていない。


 ただ立ち尽くしているだけだ。


 アウルベアの動きで煙が揺れ、何が起こっているのかよく見えていなかった。


 けれど、一陣の風が吹き煙が流れると、アウルベアに飛び掛かられたはずの小太りの男は、被害にあってはいなかった。


(え……ウィン先輩?)


 先程まで自分たちの前にいたウィンが、アウルベアの攻撃をかわして、小太りの男を安全な場所に移動させていたのだった。


(いつの間にあんなところに……?)


「ガァアアアッ!!」


 アウルベアが、獲物を横取りされたとでもいうように大きく吠える。怒りに満ちた咆哮が交差点に響き渡る。


「まったく、今日は残業確定だな……」


 ウィンはそう小さく呟くと、獲物を変更して飛び掛かってきたアウルベアの攻撃を、素早い動きでかわして、懐に入り込み、腹に剣を突き刺して下から上に滑らせる。


「アウルベアは、首から背中は羽毛だが、腹は熊の獣毛だ」


「ウガガァアッ!!」


 アウルベアの腹から大量の血が噴き出る。ウィンはそのときにはすでに別の馬車の荷台に駆け上がっている。


 黒煙の中で獲物を見失ったアウルベアは、立ち尽くしているアレンとフィオナを見つける。痛みと怒りに身を任せて、復讐ならもう誰でもいいというように、2人に向かって駆けはじめる。


「ああっ――!」


「きゃあああっ!」


 アレンとフィオナは一歩も動けないまま、アウルベアを見上げる。


 そのときだった。


(え――?)


(ウィン、先輩……)


 黒煙の中、向かってくるアウルベアの横から高い跳躍とともに現れたウィンが、駆けていくアウルベアの首を斬り落とす。


 シュッ――


 フクロウの首が通りに転がり、首から大量の血が飛び散る。時間差で、熊の体がうつぶせに倒れる。その振動で黒煙が飛ばされ、視界が段々と晴れてくる。


 3メートル近いアウルベアが、首を切断されて、交差点の中央にうつぶせに倒れている。小男は震えたまままだ腰を抜かしており、第7隊の騎士たちは、戦える状態ではない。


(さっき、第7隊の騎士がアウルベアの首周りは、頑丈な羽毛だから剣は通さないって……)


 アレンは騎士たちの言葉を思い出す。それなのに、ウィン先輩はいとも簡単に背中から首を切り落として見せた。


 剣の振りの速さが、尋常ではなかった。


(ウィン先輩って一体……)


「ウィン先輩……」


 アレンの隣では、フィオナが両手を固く握りしめたまま、ウィンをまっすぐにうっとりと見つめていた。


 フィオナの視線にも気付かずに、ウィンは面倒くさそうに「やっちまった……」と呟いている。


「フィオナ」


「はいっ」


「あの燃えてる箱、水魔法で勢いを弱めてやってくれ」


 ウィンは仕方ないと思いつつも、後処理の指示を出す。


「はいっ」


 フィオナはそう返事をすると、水魔法で消火をはじめる。








「大丈夫か!」


 たくさんの足音が聴こえたと思うと、ポルティガの警備隊がやってきた。ウィンはその中に見知った顔を見つける。


(よしよし、ちょうどいい。あとは警備隊長にすべてを任せよう)


 ウィンはニヤリとした悪い笑顔で、やってきた男――警備隊長のアンドレを見る。ウィンとは長年の付き合いで、まるでドワーフのような外見ではあるがれっきとした人族の、頼れる警備隊長だ。


「こりゃあ、ひでえ現場だな」


 開口一番、アンドレが言う。


「そうだな。大分ひどい」


 ウィンがそうだそうだと頷く。


「ウィン、まさかと思うが、お前はその大分ひどい現場を、後はよろしくって感じで消えていこうとしてねえか」


 アンドレはじとっとした目でウィンを見る。


「実はな……言いにくいんだが、いまはちょうど騎士学校の卒業生の体験配属の最中でな、ちょっとやることが、たくさん、ある」


「あん?」


 アンドレは言う。


「アンドレ、あそこでブルブルと震えているのが、おそらく闇商人だ。大方魔物の密輸の途中でアウルベアが暴れてあの箱を壊し、なんとか爆発の魔道具で大人しくさせようとしたんだと思うが失敗ってところだろうな」


「ほう……闇商人か。よし、貸しイチだぞ」


 アンドレは少しだけ考えて、ウィンと同じ悪い笑顔を見せる。


「いつも悪いな」


 ウィンは左手を挙げてアンドレの前を離れると、アレンとフィオナの前に立つ。


 3人とも、アウルベアの血を浴びている。


「……ちょうど今日の勤務時間も終了だ。騎士館には、男女それぞれ結構広い浴場がある。体験配属の間に入れるなんて、お前たち、ラッキーだったな」


 ウィンは何でもないことのように言う。


「消火も終わったようだな。えらいぞフィオナ」


「ありがとうございますっ」


「さあ、帰るぞ、2人とも」


「…………はい」


 アレンは言う。


「はいっ、ウィン先輩」


 フィオナが両手を合わせて、ウィンに言う。


 ウィンは気がついていないが、その目は、やけにまっすぐにウィンを見つめている。





【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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