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<8> 交差点の惨劇、アウルベアの暴走

「きゃああぁあっ!!」


「助けてぇっ!!」


 ウィンたちが通りに向かう間も、たくさんの人たちがパニックになっていた。


 ウィンたちは逃げてくる人に逆走するような形になり、アレンとフィオナは前から来る人を避けながら走ることの難しさを実感する。


(ウィン先輩、もうあんな遠くに……なんであんなふうに走れるんだ?)


 アレンは目の前をどんどん走っていくウィンの背中を見る。隣を見ると、フィオナも同じようにウィンの背中を目で追いながら、けれども器用に走っていく。


 子供のころから、フィオナは何でも器用にこなしていた。途中脱落が当たり前だった第1隊の体験配属でもなんだかんだ言って最後まで残っていたし、騎士学校の成績もアレンよりもずっと優秀だった。


 けれどもフィオナはいつも何かに熱心になるということはなく、淡々と要領よくこなしているところがあった。


 熱血漢であるアレンは、そんなフィオナに本気を出せばきっとすごい騎士になれるのにと、幼なじみとしてもどかしく思うことが多かった。


(……ん?)


 ただ、一瞬、隣を走るフィオナの前を向く目が、いつものフィオナとは違う気がした。何事にも執着などしてこなかったフィオナが、しっかりと「何か」に執着しているような。


(気のせい、か……?)


「うがあぁあああっ!!」


 叫び声が響く。


「嘘だろ……」


 アレンは交差点の中央にいる魔物を見て、思わずそう声に出す。


 交差点の中央にいて冒険者たちに囲まれているのは――顔がフクロウで体が巨大な熊の魔物だった。


 両手を頭上よりも高く掲げ、冒険者たちに向かって唸り声を向けている。


「なんだよ、あれ……」


「アウルベアだ」


 アレンの目の前に立ったウィンが、アレンとフィオナに向かって言った。







(なんでアウルベアが街中にいるんだ?)


 ウィンは周囲を見回す。大きな通りが交わる交差点のすぐ脇に、馬車が倒されている。大きな積み荷の箱が破壊され、黒煙をあげながら燃えている。


 3メートルはあろうかというアウルベアは交差点の中央で、冒険者風の男たちや、先に駆け付けた騎士たちに囲まれている。


(……魔物の密輸か。大方、箱から出たアウルベアを倒そうと、爆破の魔道具を使ったというところか)


 ウィンは首振りの動きで周囲を確認する。


 悪趣味な貴族やマフィアの中には、魔物を地下で飼ったり、私設の闘技場で剣闘士と戦わせる賭けをしている者がいる。


 海側からは『ビッグウォール』でポルティガに入ることができない魔物も、陸路からであれば入ることができる。


 年に数度はそういった魔物の密輸の検挙があるのも、ポルティガの現実だった。


「うがぁああぁっ!!」


 アウルベアの右手に掴まれた冒険者が苦悶の表情を見せる。漆黒の鋭い爪が、冒険者の鎧を突き破り、腹の肉に深く食い込んでいる。


 彼はアウルベアから逃れようと、両腕で爪から抜け出そうと身をよじっているが、もがけばもがくほど爪が体に食い込んでいく。


 石畳の通りに血溜まりが作られていく。


「う、あ……あ」


 冒険者の顔色がみるみる青白くなっていく。


「離せっ!」


 先に駆け付けていた騎士が、冒険者を掴んでいる右手に向かって飛び掛かっていく。


 するとアウルベアは冒険者を掴んだままの右手で騎士をなぎ払う。騎士は虫を払うくらいの軽さで、交差点の角の建物に飛ばされて直撃する。


 骨が折れるような鈍い音が響き、騎士はそのままずり落ちて意識を失う。


 右手で掴まれていた冒険者も、激しい痛みに叫び声を上げ続けている。


 今度は別の冒険者が背後から飛び掛かろうとすると、その気配でふいに振り返り、猛禽類の鋭く黒色の嘴を小刻みに突き刺してくる。


「うがああぁぁっ!!」


 冒険者は右目を刺され、両手で右目を押さえながら舗道にもんどりうって転がっていく。


 アウルベアは巨大で力が強いだけでなく、素早かった。


「グルゥ……グガァ……」


 アウルベアは何かを探すように首を振る。


 そして、馬車の近くで腰を抜かし、両手を後ろについている小太りの小男を見る。商人風のその男は、ゆっくりと少しずつ後ずさろうとしている。


 頭の羽角が逆立ち、さらに大きく見える。フクロウ特有の大きくて丸い金色の目が、凶暴に輝いている。


「ひ、ひぃっ!!」


 商人風の男が、お尻を地面につけたまま逃げようとするが、腰が抜けたのか立ち上がれない。


「た、助けてくれっ!」


 アウルベアは右手で掴んでいる冒険者にもう興味がなくなったように、ぞんざいに投げ捨てる。


「うわあぁっ!」


 投げ捨てられた冒険者は、近くの肉屋の軒先にそのまま衝突する。肉の塊が衝撃を吸収したのか、男は転がりながらも意識はある。


 アウルベアは、小太りの小男を見る。その目には激しい怒りが浮かんでいるように見える。まるで自分を密輸しようとした男への恨みであるようだった。


 燃えた馬車から湧き上がる黒煙が、強い風に吹かれ周囲の視界を遮っていく。


「我々第7隊に任せなさいっ!」


 新たに5人の騎士が現れ、アウルベアを取り囲むように剣を構える。


「き、騎士様っ!!」


 小太りの小男が叫び、助かったという安堵の声を出す。


(先週の体験配属のときの先輩たちだ。すごく強かったから、これで大丈夫だ)


 アレンは、先週知り合った第7隊の騎士たちの姿を確認して安心する。


 貴族であることを強調し過ぎではあったが、実力は確かな騎士たちだった。


「ウゴゴァァアッ!!」


 アウルベアは一度両足で立ち上がり、両腕を高く掲げる。


 第7隊の騎士たちは連携をとって、一斉にアウルベアに飛び掛かっていく。的確な動きだった。


「う、うぐっ……」


「ぐうっ……」


 アウルベアの突き出した嘴と、両手の5本の爪で、1人、また1人と倒されていく。知能が高く、頑強なアウルベアは、1対複数での戦いにも、まったく動じていない。


 1人の騎士が背後から首を狙って剣を振るうが、跳ね返されている。


「アウルベアの首周りは、頑丈な羽毛だっ、剣は通さないぞっ!」


 もう1人の騎士がそう叫んでいるうちに、体当たりをされ吹き飛ばされる。騎士がアレンとフィオナの隣を、すごい勢いで転がっていく。その騎士は石畳の道の上で、そのまま立ち上がれず呻き声を上げる。


 木箱の炎がもう一台の倒れた馬車に燃え移り、黒煙がさらに増えていく。


 視界がさらに悪くなる。


「うぐ……強い」


「なぜアウルベアがポルティガに……」


 第7隊の騎士たちは舗道の上に投げ出され、立ち上がることができないでいる。


(嘘だろ……あんな強い騎士たちがこんな簡単に……)


 アレンはその場を動くことができなかった。実力を知っている騎士たちだったからこそ、絶望が大きかった。自分など、到底かなうはずもない。


 そう痛感させられた。


 アレンの視界に、ウィンの姿が入ってくる。


 ウィンは交差点に着いてから、逃げ遅れた人々がこの場を離れるのを助け続けていた。


「オ、オレたちは恐怖で動けないのに、ウィン先輩は皆を助けていたんだ……」


 アレンの言葉に、同じく動けずにいたフィオナが頷く。


「うん……ずっと躊躇なく助け続けてたよ」


 いつの間にか周囲には街の人々の姿はなかった。隊商の雇った冒険者たちと、騎士たち、そしてウィンとアレンとフィオナだけである。


 ウィンはアレンとフィオナの前に戻ってくる。


 アウルベアは邪魔者がいなくなったと、蛇に睨まれた蛙のように動けないままでいる小男を見て、再び金色の目を向ける。


 その目には復讐の色が鈍く光っている。


「フゴォオオォッ!!」


 アウルベアが吠える。そして、小男に向かって飛びかかっていった。






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