<6> 平騎士の流儀「平時を守るのが、一番大事な仕事だ」
――9月13日、8時。第15隊騎士館。
「お前たちは、魔法は何が得意なんだ?」
体験配属3日目の朝、第15隊騎士館の庭で、ウィンはアレンとフィオナに最初にそう訊いた。
2日目も初日と同じように街の雑用をし、ウィンは定時であがっていった。アレンは2日目も自らの騎士道に反すると怒り、フィオナはそれなりに雑用を楽しんでいた。要領がよいフィオナは、街の人たちとのコミュニケーションもうまくやっていた。
「オレは炎の魔法が得意っす」
「私は水の魔法と、回復魔法が少し使えます。ほんの少しですけど」
「……回復魔法か、珍しいな」
ウィンは言う。回復魔法の使い手はほとんどが教会関係者なので、騎士学校卒業生が使えるのは珍しい。
「じゃあ、今日も巡回に行くぞ」
ウィンはいつものように肩の力を抜いて、2人を連れて巡回に出る。
「よう、ウィン!」
3人でポルティガの旧市街を巡回していると、料理人風の男がそう声をかけてくる。
「市場の帰りか? いい肉はあったか?」
ウィンは天気の話をするように、自然な流れで質問をする。
「それが最近、牛肉や豚肉の入りが悪いんだよ。入荷が少ないから値段も上がってるし」
「そりゃあ困ったな。あんまり値上げされたら、給料日前には行けなくなるぞ」
「ははっ、まあサービスしとくから、また来てくれよな」
ウィンは料理人と言葉をかわし別れる。
(……ウィン先輩って、本当に街の色々な人と言葉を交わしているな)
フィオナはそう思う。月曜日と火曜日、一緒に街をめぐり、様々な雑用をしていく中で、フィオナが一番驚いたのは、ウィンが街の人たちと、本当にたくさんのコミュニケーションを取っていることだった。
やる気がない、昼行灯、サボり癖がある。ウィンの評価は騎士としてはあまりいいものではなかったかもしれないが、それでも誰もがウィンと話しているときは楽しそうだった。
(あんまり見たことないタイプかも……)
フィオナの近くには、いままで貴族のエリートと呼ばれるような人間が多かった。フィオナ自身も貴族であり、騎士学校も貴族たちの子弟しか入学できない。その中で切磋琢磨する同期たちも、結局は皆貴族だったのだ。
だから、フィオナは第15隊の体験配属で、ウィンを通じて色々な人と言葉をかわすのが新鮮だった。
市井の元気のよい、様々な人たち。
貴族は国民を守る義務があるのに、今まで本当の意味で国民たちと接点を持っていなかったのかもしれない。そんな風に思う。
「あら、ウィン」
歩いている途中、声をかけられて、ウィンは立ち止まる。八百屋の前だった。初日にも来た店で、恰幅のよい元気な女主人が切り盛りしている店だ。
色とりどりで新鮮な野菜が、自己主張をするように店頭に並んでいる。
料理と言えば、屋敷にいる料理人や、騎士学校の寮でも専任の料理人がいて、彼らが作るものを食べているだけだった。
こういう店で野菜を買って自分で作るというのはどういう気持ちになるのだろう。
フィオナはその大きな目で鮮やかな野菜を見つめながら、そんなことを思っていた。
「どうした? トマトの不作の対処法は知らないぞ」
ウィンはそんな軽口を叩いている。
「いやちょっとね、エマばあさん知っているでしょ」
「ああ、もちろん。どうかしたのか?」
「昨日から姿を見ていないのよ。エマばあさんはご主人に先立たれて一人暮らしでしょ。毎日来てくれてたからちょっと心配でね、でも私は店を見てなきゃならないし……」
女主人はそう言って、ウィンを見つめて黙る。あとは察してくれというように。
「……わかったよ。ちょっと様子を見てくるよ。エマばあさんの家の場所は知ってるのか?」
「ああ、ルナ街の角の集合住宅の3階だよ」
「ああ、あそこか。じゃあ、そこのトマト3つばかりもらっていくよ」
「毎度あり。エマばあさんもトマト大好きだったからね」
ウィンは「商売上手だな」と言いながら、女主人とお釣りのやりとりをする。
「ウィン先輩」
歩き出してから、アレンがウィンに言う。
「ん、どうした?」
「もしかして、これから、そのエマばあさんって人の家に行くんすか?」
「ああ、そうだ」
「それって、騎士の仕事なんですかっ!」
アレンが道端で声を荒げる。道行く人が、注目し、振り返る。
ウィンは、アレンをまっすぐに深く見る。
「なあ、アレン」
「はい、何ですかっ!」
「お前は、騎士の仕事ってなんだと考えているんだ?」
ウィンはアレンにそう訊ねる。
「帝国が攻めてきたときに、戦って勝つとか、魔物から人々を守るとか……」
「騎士学校で習わなかったか? 『ポルト騎士団は王のための騎士。王は国民のための王。だから騎士団は国民のための騎士』って」
ウィンはゆっくりと説明する。
「習いましたよ」
まだむすっとしたままアレンは言う。
「うちのガルシア隊長は、いつもこのセリフを言っている。そしてこう続けるんだ。この国民のためのっていうのは、ようは国民に喜んでもらえるなら何でもいいんだって」
「……何でもいい?」
「ああ、そう言えばアレンはガルシア隊長の北の橋の活躍に憧れてうちを体験配属に選んだんだったな」
「はい、そうですけど……」
「有事にはもちろん、そういった仕事をする。さっきアレンが言ったように、帝国兵と戦い、それに打ち勝ち、平和を守る。でもな、そもそもそういう有事がない方がいいんだ。何でもない平穏な毎日が続くことが、国民にとっての一番の幸せなんだよ」
「……そりゃあ、そうですけど」
アレンは不服そうな表情を見せる。
「だから、俺は国民の日々の暮らしを守るためのすべてが、騎士の大切な仕事だと思っている。子供の迷子は、親にとっては世界の終わりと同じような出来事だし、酔っぱらい同士の喧嘩だって、国民の安全が損なわれているって言えばそうだ。だから有事より、平時であることを強く求めているし、平時に国民に喜んでもらえるようなことをするときに、一番喜びを感じるんだよ……それに、平時だと仕事終わりにおいしいエールも飲めるしな」
ウィンはそう言って、穏やかな目でアレンを見る。
「……結局、仕事終わりに酒が飲みたいだけじゃないですか」
アレンは納得がいかないように言う。ウィンが言っている有事より平時の方がいいというのは理屈としてはわかる。けれども、子供の頃から、たくさんの騎士の物語を読んで憧れてきたのだ。
いよいよ騎士になれるという段になって、英雄物語のような活躍よりも平時に国民に喜んでもらう方がいいと言われても、頭ではわかっていても、気持ちではなかなか納得することができなかった。
「でも、確かに平時である方がいいよね」
フィオナは隣のアレンを見る。
「平時に国民に喜んでもらうのも、大事な騎士の仕事かぁ」
フィオナはその言葉を噛み締めるように、頭の中で反芻するのだった。
「グルルル……」
そのとき、彼らの横の大通りを、隊商が通り過ぎていく。警護の冒険者が10名もいる隊商で、商人の1人が大きな木箱のなかに向かって、「落ち着けっ!」と声を荒げている。
(……?)
ウィンは一瞬隊商を見やり、それから冒険者の数を確認する。
(今の鳴き声は随分と血の気が多いな……まあ、これだけの警備の数がいれば、対処はできているのだろう)
ウィンは一瞬でそう判断する。
「2人とも、エマばあさんのところに行くぞ」
「はいっ」
「はい」
「グルルル……」
アレンとフィオナの声が、再び獣のような声に重なる。
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