↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/86

<1> <魔の森>の村

 ――9月1日、15時。<魔の森>。


「わずか14キロか……」


 眼下に広がるアルサール海峡を見下ろしながら、ウィン・カークライトは小さく呟いた。


 ここは、<魔の森>の入口、ポルタ村。


 鬱蒼と生い茂る森。異様に背の高い針葉樹が太陽の光を足元まで届かせていない。


 昼でも昏い場所だ。


 アルサール海峡の先には、人類最果ての都――ポルティガの街並みが遠く見えている。大広場にある時計塔がとても小さく見える。


 2か月前、ウィンはその時計塔で、ポルティガ滅亡にも繋がるようなある事件に巻き込まれた。仲間たちと協力し、無事それを防ぐことができた。


 いまでは日常が戻り、随分と昔の出来事のように思える。


 ポルティガのあるベリアス半島と、<魔の森>がある南大陸とは、アルサール海峡というわずか14キロの海で遮られているに過ぎない。


 そのわずかな距離で、世界はその趣を変える。北側のポルティガは人類の歴史を、南側の<魔の森>は魔物たちの生態系を存分に見せつけてくる。


「まさか、<魔の森>の入口に村ができるとはな。数年前から考えると信じられんな」


 周囲の警戒を怠らずにそう言うのは、ルイス・ガルシアである。


 ポルト王国騎士団の第15隊の隊長で、一番末端の第15隊は一部の騎士たちから落ちこぼれ部隊や掃き溜め部隊と呼ばれている。


 ただ、ガルシアは「言いたい奴には勝手に言わせとけばいい」と、まったく気にしていない。


「文句を言いたい奴は、今年は雨が多いってことにだって文句を言うんだ。いちいちそんなの聞いてられん」


 豪快なガルシアらしく、そんなふうに言う。


 第15隊の隊員たちにとっては、いつだって背中を守ってくれている父親のような存在だった。


「果ての入江に着いてから崖を上るのも一苦労だものね。上った後に休める村があるのは助かるわ」


 涼しい風に乱れる髪を右手で押さえながらそう言うのは、ポルティガ魔法研究所に所属する魔法使いアリス・フェアフィールドである。


 アリスにしては珍しくワンピースタイプの魔導着姿で、紺色のカーディガンを肩から羽織っている。手には魔法樫の樹を削って作った杖を持っており、とんがり帽子をかぶっている。


 ポルト王国一の魔法使いと呼ばれるアリスの正装である。そして、<魔の森>に行くのは、魔法使いとしての正装をしなければならないような状況だった。


 ポルティガから<魔の森>まで行くためには、果ての入江と呼ばれる小さな砂浜に船を着ける必要がある。そこから断崖絶壁を見上げることになるのだが、断崖を切り崩して作った、崖の上まで伸びる細い階段がある。


 先人たちの長きにわたる苦労が形になった階段である。


 その何度も九十九折りになっている階段を上りきると、断崖絶壁の上の<魔の森>に出る。


 数年前、崖の上に、小さな村が作られた。


 ポルタ村と呼ばれるその村は、ポルト王国が長い年月をかけて作った、魔物の領土である<魔の森>での人類の貴重な第一歩である。


<魔の森>との間には、土魔法で作られた防壁が設けられている。3メートル程の高さのその壁が、今のところ人類最後の境界線ということになる。


 ここまでが人間の世界。そして、防壁の向こう側は――魔物の世界である。


「――これはこれはガルシア様、フェアフィールド様。よくぞお越しくださいました。知っての通り何もないところですが、しばしの間休憩をお取りくだされ」


 村の入口に立って出迎えてくれたのはイグニス・クロウリー村長である。


 <魔の森>への船は一日一便しかなかったから、その時間に到着した者がポルタ村にくる時間を見計らって、村の入口で待ち構えているのだ。


 どんな者がこの場所を訪れるのかを確かめるために。


「おお、イグニス爺。久しぶりだな。元気だったか?」


 懐かしそうに親しみを込めてガルシアが言う。イグニスは昔、第2隊の副隊長だった男で、騎士隊を引退後この村の村長となった。


 身寄りもなく、魔法の腕に優れ、<魔の森>の隣で寝泊まりしても動じない胆力の持ち主ということでまさに適任だった。


「気の休まるときはあまりありませぬが、まあ、なんとかやっております」


「大変な場所にお住まいだから、お元気そうでよかったわ」


 アリスがそう言って微笑む。この20年あまり外見が変わっていないように見えるアリスは、不思議な美しさを保っている。


「――おお、今回はウィンも来たのじゃな。ホロウ様の墓参りか?」


 イグニスはそう言うと、ガルシアとアリスの後ろにいたウィンにそう話しかける。


「残念ながら、今回は墓参りじゃない。アリスに依頼された、<魔の森>の調査だよ」


 ウィンはそう言うと、壁の向こう側に見える木々を警戒を込めた視線で見つめる。


 濃密な自然の匂いが、体に染みついている懐かしい記憶を呼び起こすような気がする。


 毎日が死と隣り合わせだった<魔の森>での日々。


 ウィンは一瞬だけ、ホロウの豪快な笑い声を思い出す。







「最近、何か変わったことはあったか?」


 エールの入ったコップをドンと音を立ててテーブルに置くと、ガルシアがそう訊ねる。


 ポルタ村唯一の宿屋の1階は、唯一の食堂でもある。ウィンたちは宿に部屋をとった後、食堂で夕食をとっていた。ポルティガから食材が送られてくるのでそれなりのメニューを作ることはできるが、すべてが<魔の森>価格である。


 つまり、びっくりするくらい高い。


「……このひと月くらい、<魔の森>の魔物たちが活発化しておりました。ただ、1週間ほど前から、元の状態に戻ったと感じております」


「活発化? <魔の森>の魔物なんて、元々年中活発だろう」


 肉に噛みつきながら、ガルシアが言う。


「まあもちろんそうなんですが、特に活発化していたといいますか……その間は冒険者たちも相当怪我や……致命傷を負っておりました。ポルタ村には回復魔法を使える者がいませんから、何かと大変でしてな」


 ガルシアが言うように、元々<魔の森>の魔物たちは凶暴である。魔物の素材や、古の神殿などに眠る魔道具などを求めて、高レベルの冒険者たちくらいしか足を踏み入れる者もいない。


 その冒険者たちが致命傷を負うほど活発化していたのであれば、確かにそれは「変わったこと」なのだろう。


「フェアフィールド様は、その活発化について調査しに来られたのですか?」


 イグニスはそう尋ねる。


「ええ……」


 アリスは神妙な表情で視線を外に向ける。


「ん?」


 ガルシアがウィンを見て言う。


 さっきから、ウィンが深刻そうに悩んでいる。


「どうした、ウィン。この世の終わりみたいな顔をして」


「いや、エールのおかわりを飲みたいんだが、あまりに高くて……アリス、ここはひとつ、調査代の前借りというわけにはいかないだろうか……」


「あらあら」とアリスが微笑む。「今回の調査は私が無理してウィンちゃんを指名したんだから、エールの一杯や二杯、どんどんお代わりしていいわよ。私が出してあげるから」


 アリスが言うと、ウィンは隠そうともせず満面の笑顔になる。


「イグニス爺さん、エールのおかわりをもらっていいだろうか」


「もちろんじゃよ。それにしてもあのウィン坊やが、エールとはのう……」


 イグニスは目を細めて、しみじみと言う。


 窓の外、木々の奥からは、魔物の唸り声が響き続けている。


 





【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

お好みのプラットフォームでお楽しみください。


いよいよ第二部開幕です! 少しでも「面白い」「続きが気になる」「ウィンや第15隊を応援したい」と思っていただけましたら、画面下部の【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、【感想】などをいただけますと、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。