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<1> <魔の森>の村

(わずか14㎞か……)


 眼下に広がるアルサール海峡を見下ろしながら、ウィン・カークライトは小さく呟いた。


 ここは、<魔の森>の入口、ポルタ村。


 鬱蒼と生い茂る森。異様に背の高い針葉樹が太陽の光を足元まで届かせていない。


 昼でも昏い場所だ。


 アルサール海峡の先には、人類最果ての都ーーポルティガの街並みが遠く見えている。大広場にある時計塔がとても小さく見える。


 2か月前、ウィンはその時計塔で、ポルティガ滅亡にも繋がるようなある事件に巻き込まれた。仲間たちと協力し、無事それを防ぐことができた。


 あれからまだ2か月しか経っていないのかと不思議に思う。


 ポルティガのあるべリアス半島と、<魔の森>がある南大陸とは、アルサール海峡というわずか14㎞の海で遮られているに過ぎない。


 そのわずかな距離で、世界はその趣を変える。北側のポルティガは人類の歴史を、南側の<魔の森>は魔物たちの生態系を存分に見せつけてくる。


「まさか、<魔の森>の入口に村ができるとはな。数年前から考えると信じられんな」


 周囲の警戒を怠らずにそう言うのは、ルイス・ガルシアである。


 ポルト王国騎士団の第15隊の隊長で、一番末端の第15隊は一部の騎士たちから掃きだめ部隊と呼ばれている。


 ただ、ガルシアは「言いたい奴には勝手に言わせとけばいい」と、まったく気にしていない。


「文句を言いたい奴は、今年は雨が多いってことにだって文句を言うんだ。いちいちそんなの聞いてられん」


 豪快なガルシアらしい物言いで、そんなふうに言う。


 第15隊の隊員たちにとっては、いつだって背中を守ってくれている父親のような存在だった。


「果ての入江に着いてから崖を上るのも一苦労だものね。上った後に休める村があるのは助かるわ」


 涼しい風に乱れる髪を右手で押さえながらそう言うのは、ポルティガ魔法研究所に所属する魔法使いアリス・フェアフィールドである。


 アリスにしては珍しくワンピースタイプの魔導着姿で、紺色のカーディガンを肩から羽織っている。手には魔法樫の樹を削って作った杖を持っており、とんがり帽子をかぶっている。


 ポルト王国一の大魔法使いと呼ばれるアリスの正装である。そして、<魔の森>に行くのは、魔法使いとしての正装をしなければならないような状況だった。


 ポルティガから<魔の森>まで行くためには、果ての入江と呼ばれる小さな砂浜に船を着ける必要がある。そこから断崖絶壁を見上げることになるのだが、断崖を切り崩して作った、崖の上まで伸びる細い階段がある。


 先人たちの長きにわたる苦労が形になった階段である。


 その何度も九十九折りになっている階段を登りきると、断崖絶壁の上の<魔の森>に出る。


 数年前、階段を上りきったところに、小さな村が作られた。


 ポルタ村と呼ばれるその村は、ポルト王国が長い年月をかけて作った、魔物の領土である<魔の森>での人類の貴重な第一歩である。


<魔の森>との間には、土魔法で作られた防壁が設けられている。3メートル程の高さのその壁が、今のところ人類最後の境界線ということになる。


 ここまでが人間の世界。そして、防壁の向こう側は――魔物の世界である。


「――これはこれはガルシア様、フェアフィールド様。よくぞお越しくださいました。知っての通り何もないところですが、しばしの間休憩をお取りくだされ」


 村の入口に立って出迎えてくれたのはイグニス・クロウリー村長である。


<魔の森>への船は一日一便しかなかったから、その時間に到着した者がポルタ村に到着する時間を見計らって、村の入口で待ち構えているのだ。


 どんな者がこの場所を訪れるのかを確かめるために。


「おお、イグニス爺。久しぶりだな。元気だったか?」


 懐かしそうに親しみを込めてガルシアが言う。イグニス爺は昔、第2隊の副隊長だった男で、騎士隊を引退後この村の村長となった。


 身寄りもなく、魔法の腕に優れ、〈魔の森〉の隣で寝泊まりしても動じない胆力の持ち主ということでまさに適任だった。


「気の休まるときはあまりありませぬが、まあ、なんとかやっております」


「大変な場所にお住まいだから、お元気そうでよかったわ」


 アリスがそう言って微笑む。この20年あまり外見が変わっていないように見えるアリスは、不思議な美しさを保っている。


「――おお、今回はウィンも来たのじゃな。ホロウ様の墓参りか?」


 イグニスはそう言うと、ガルシアとアリスの後ろにいたウィンにそう話しかける。


「残念ながら、今回は墓参りじゃない。アリスに依頼された、<魔の森>の調査だよ」


 ウィンはそう言って、壁の向こう側に見える木々を警戒を込めた視線で見つめるのだった。


【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

お好みのプラットフォームでお楽しみください。


いよいよ第二部開幕です! 少しでも「面白い」「続きが気になる」「ウィンや第15隊を応援したい」と思っていただけましたら、画面下部の【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、【感想】などをいただけますと、執筆の大きな励みになります!

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