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<51> 救国の英雄と、平騎士の優しい嘘

 --アルサール海峡。帝国装甲船上。


「『ビッグウォール』が、元に戻ったか……」


 甲板の上に立って、両腕を組んだイヴァースは低くよく響く声で言う。


「申し訳ありません。あと少しのところだったのですが……」


 イヴァースの隣で頭を下げるのは、聖心教会の助祭である。


「お前の計略がうまくいかないこともあるのだな」


「今回は、ことごとく裏をかかれました。クリス隊長をこちらに抱きこんだ時には、成功すると考えていましたが……あの騎士さえいなければ」


 助祭は憎々しげに言う。


 思えば、最初からあの騎士だった。路地裏でのソフィアの拉致の失敗。聖心教会でのソフィアの救出。そしてステージへの乱入。


 すべてがあの見知らぬ騎士だった。


 あの騎士により、助祭の計画は失敗に終わったのだ。


 看板の上では、何人かの船員が忙しそうに働いていた。装甲船は、アルサール海峡を超えて、大陸に沿ってぐるっと北東に進み、帝国を目指していた。


 ポルティガに向かう時には意気揚々と進んでいた装甲船は、いまでは重い空気に包まれている。


 事実上の敗走だった。


「ポルト王国はまだ層が厚かったということですな……」


 助祭はそう言うと、すでに遠くなったポルティガの陸地の方を見つめ目を細める。


 先程までは赤い壁が天高く見えていたが、今は初夏の青空と白い雲が見えている。


 フォンテーヌ大臣だけではなく、若き天才クリスまで取り込んだが、それでもうまくいかなかった。


「……皇太子は?」


 イヴァースが正面を向いたまま訊く。


「部屋にこもっています。ララ王女を手に入れられなかったと、相当癇癪を起されています」


 困ったように、助祭が言う。


「そうか……」


 イヴァースは、ララ王女を連れ去ろうとしたときにやってきた騎士のことを思い出していた。


(ウィン・カークライト……隊長でもない一介の騎士が、私に2度も傷をつけるとはな……)


 イヴァースは顔の傷を指で押さえる。一度ならず二度までも傷つけられたのは、屈辱以外の何物でもなかった。あの身のこなしは、ただの騎士とは思えなかった。


「辺境での作戦の準備は進んでいるのか?」


 イヴァースが言う。


「はい、進んでおります。本当はポルティガを滅ぼし、ポルト王国の戦力を削いでから侵攻の予定だったのですが……計画を一部微調整して進めるつもりでございます」


「そうか……今、ポルト王国は厄災を退けたと安心していることだろう。そのような時間を与える必要はない。畳みかけ、準備をする暇を与えなければいい」


「はっ」


 助祭はそう言って頭を下げる。


「ポルト王国滅亡の未来は変わらん。次の策も、我々にはあるのだからな……」


 ポルト王国と帝国の国境線には、ポルト王国の砦がある。鉄壁の魔法部隊である第2隊の守るそのヴァレンス砦とウェスカ砦は、辺境ではあるが、同時にポルト王国の最前線でもあった。


(ウィン・カークライト、次に会った時がお主の墓場だ。借りは返させてもらうぞ……)


 帝国三大将炎のイヴァースは、そう呟くと、甲板を離れるのだった。





 ーーポルティガ城。王の間。


「第15隊隊長ルイス・ガルシア、前へ」


「はっ」


 王の間には多くの大臣や騎士隊長たちが集まっていた。王と王妃が玉座に座り、赤い絨毯の中央にはガルシアと、その後ろにヤンとウィン、ルカ、エヴァ、ニア、アンナがいる。


 今回の開港祭事変での活躍を認められ、第15隊は王からの褒賞をもらえることになったのだ。


(隊長、珍しく緊張してる)


 ウィンの隣のニアが小声で言う。


(隊長はこういう場慣れてないからな)


 ウィンが小声で返すと、ヤンが振り返って「二人とも静かにしていてください」と言う。


 ウィンとニアは顔を見合わせて首をすくめる。


「此度のそなた達の活躍により、ポルティガ、そしてポルト王国は救われた。私からも国民に代わって礼を言う」


 カルロスⅤ世は静かな、重みのある低い声で言う。


「今回は、ポルト騎士団や警備団、皆の協力があったからこそです」


 ガルシアはかしこまってそう答える。


 王の間には第1隊隊長のトト・タムードや、第11隊のアンディ・キャロルなど、ポルティガの街にいる騎士隊長も参列していた。


 彼らは掃き溜めと呼ばれるこの第15隊が、何年も前からポルティガの街に入り込み、周到な準備を進めていた帝国の計画を打ち破ったことを知っていた。


「謙虚なことだな」


「本当のことでございます」


 ガルシアは居心地の悪さを感じていた。このような場は自分には似つかわしくないと思っているのだ。


「それでは、第15隊には、今回の功績を称え……一週間の休暇を与える」


「やったぁ」


 ニアが喜びの声をあげ、アンナに慌てて口を押さえられている。


「……それにしても、本当にそれでいいのか?」


 カルロスⅤ世が怪訝そうに言う。


「はい、我が隊員たちには、それが一番の褒美なのです」


(褒美の場なのに、なんだかオレが辱められているみたいだな……)


 ガルシアはそう思う。しかし、隊員たちが喜んでいるのならそれでよかった。


 ヤンだけは「結局、休んだら休んだ分だけ仕事が溜まるだけなんですけど」と嘆いていたが。


「……次に、第7隊クリス・ハーグリーブズの功績を讃える。クリスは第15隊とともに帝国の陰謀を暴き、帝国と内通していたフォンテーヌ大臣と第7隊副隊長エミール・ラ・クロワを打ち倒し、最後は乱戦の中時計塔から落下し、その命を落とした。今日は代理としてハーグリーブズ侯爵が来ている」


 宰相がそう読み上げている間、ウィンはあの早朝の馬車の中のクリスの言葉を思い出していた。


(人々のための騎士になりたい)


 そう言っていた若き天才は、様々なしがらみに絡め取られ、最後はすべてを一度リセットしようとしていた。


 最初の純粋な想いが、最終的には随分といびつなものへと変質し、最後は時計塔から飛び降りることになってしまった。


 けれど、いまではその真実を知っているのはウィンだけである。


 ウィンは時計塔の出来事の事情聴取を受けた際に、クリスが2人を倒し、その戦いの中で時計塔から落下したと伝えた。


 最初にクリスの中に確かにあった、その高貴な魂に敬意を称し、ウィンはクリスを救国の英雄にした。


 自分の手柄や功績は不要だ。ウィンはそう思う。


(俺はいつもの平和なポルティガの街で、仕事終わりに冷えたエールが飲めればそれでいいんだ……)


 ウィンの視線の先では、クリスの父親であるハーグリーブズ侯爵が褒賞を受け取っている。


(クリス。お前が呪った歪んだ貴族たちの論理を、俺は今、お前を英雄にするために利用している。皮肉なもんだな……クリス、お前はそれでも喜んでくれるんだろうか?)


 そんなふうにウィンは呟くのだった。






 --このとき、多くの手柄はクリス・ハーグリブズの名で処理された。開港祭事変と呼ばれる一連の事件において、一介の平騎士に過ぎないウィン・カークライトの名が、ポルト王国の公式記録に載ることはついになかったのである。







 ーーウィンの自宅。


「ちぇっ、王様からすっごい褒賞貰えると思ってたのにさ」


 ウィンの家のリビングのソファーに胡座をかいて座っていたハックは、残念そうに口を尖らせる。


「ウィン様に一週間の休暇だなんて、自堕落にならないようちゃんと監視しないとです」


 メイドのエリスが心配そうに呟く。この家の主人である平騎士は、中々に信頼されていない。


「中途半端な褒賞より、一週間の休暇だよ。まだ開港祭期間だしな。屋台を回ってとか最高だろう」


「はぁ……」


 エリスが右手を額に当てて、困ったような表情を見せる。


「でも今回もウィン様は相変わらずの冴えだったね」


 ハックがウィンを見て言う。


「〈赤いネックレス〉をアリス様に鑑定してもらった時に、今回の可能性を考えていたなんてさ」


 ウィンはアリスが〈赤いネックレス〉の魔力を看破した時に、それを狙って自分に近づいてくる者が怪しいと考えていた。誰が、どんな狙いで、近付いてくるのか、刻一刻と動いていく事態の中で、常に考えを巡らせていた。


 ポルト側に帝国と繋がっている者がいるはずだと思い、様々な可能性を考えていた。


「アンドレ警備隊長に、捕まった僧兵なんて一人もいないって聞いたときにはホントに驚いたよーーウィン様の言ったとおりだったからさ」


 ハックはそう言って笑う。


「もういいから、さあご飯にするぞ。今日はエリスが腕によりをかけて作ってくれたステーキなんだからな。今回頑張ってくれたハックのために、奮発したんだぞ」


 ウィンはそう言う。


「エリスの焼くステーキ最高! 頑張った甲斐があったよ」


 ハックはそう言って、ソファーから飛び出すのだった。





 エピローグ




 開港祭の賑やかで活気のあるポルティガの街。


 ウィンは一週間の休暇をもらった第15隊の仲間たちと食べ歩きをしていた。


 再開された開港祭をたっぷりと楽しんだ後は、第15隊行きつけの飲み屋「酔いどれ亭」に行くことになっていた。


「休日に日の明るいうちに飲むエールなんて最高すぎるな」


 普段何事にも面倒そうなウィンが珍しく嬉しそうに言う。


 そこに、「スリだぁああぁーーーっ!の声が響き渡る。


 ウィンはすぐに周囲を見回すと、スリが走ってくる場所を見極めて、最短距離でその場所に移動する。


 そして、足を引っかける。スリが激しく滑っていく。


「結局ウィンはいつもこうだな」


 私服で珍しくスカート姿のアンナが、腕を組んだままそう言う。


「いつだって巻き込まれて、けれどもまっすぐに向かっていく騎士だものな」


 仲間たちはそう言って笑うのだった。




<第一部・完>



【第一部完結のお礼と第二部予告】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


第15隊の平騎士ウィンと仲間たちの物語、第一部『ポルティガ開港祭事変』編はこれにて完結となります。


7月12日(日)から連載を開始して、粛々と更新を続けていく中で、まず読者の方がいるということがとてもありがたかったです。星の数ほど作品がある中で、登録したばかりの無名の作品を発見してもらえるということがすごいことだと思います。読んでいただき、ありがとうございました。


そんな中で、もし「面白かった!」「ウィンの活躍をもっと追いたい!」と思っていただけましたら、【★の評価ポイント】や【ブックマーク】、【感想】や【レビュー】などをしていただけると、ウィンの冷えたエール代(執筆の大きな励み)になります!!


完結した作品をまとめ読みされる方もいるとのことですので、一度完結設定にします。きりのいいタイミングですので、ぜひ【いつまき】の感想を教えていただけるととても嬉しいです。


そして、8月29日(土)18:10より、第二部『ウェスカ砦攻防戦』編がスタートいたします! 第二部は当面毎週火、木、土、日の週4日更新の予定です。ぜひブックマークをして、第二部更新をお待ちいただけると幸いです。


第二部は舞台を国境に移し、帝国の大軍勢を前に、第15隊とウィンの智謀と絆が試される怒涛の物語がはじまります。


いつだって巻き込まれる騎士の活躍を、ぜひ引き続きお楽しみください!

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