<49> 指輪の封印解除、解き放たれる極大魔法『ホーリーレイ』
「手土産になるのは、遠慮させてもらうよ――」
ウィンがそう言い終わらないうちに、クリスが一気に近付き、剣を一閃した。ウィンはそれをすんでのところでかわす。そして下から剣で突き上げる。クリスはその剣をいなし、2人は剣を重ね合う。
剣同士が重なる乾いた音が響く。
「クリス、今からでもまだやり直せるっ、貴族も国も、自分たちで変えていけばいいっ!」
剣を打ち合いながら、ウィンが言う。
「甘いっ、甘すぎるんだよウィンっ! この歴史ある国は、お前が思っている以上に腐っているっ! だから、<魔の森>の魔物たちに一度すべてを壊してもらうんだっ!」
クリスが踏み込み、剣を横に払ってくる。ウィンはトトの剣でその攻撃を弾く。第1隊隊長の剣は軽いのにしなやかな強度があり、しっくりと手に馴染む。
トトの剣は、ウィンが思うような動きを妨げなかった。
「順番が違うっ。俺は日々をまっすぐに生きる人たちを守るっ! すぐに変わらないことも、皆といっしょに少しずつでも変えていけばいいっ!」
2人は再び近づき、剣を重ねて、睨み合う。
クリスの剣は鋭く、素早かった。
それが剣と魔法に優れ、若き天才と呼ばれた史上最年少の隊長の剣技だった。
2人はともに後ろに飛び、距離を保つ。
「――遠雷よ、穿て」
クリスが短く詠唱をし、魔法の雷撃が天井から降ってくる。ウィンは弧を描いて走りながら、降り注いでくる雷をかわす。
ウィンが避ける場所を予期するように、次の雷撃が続く。
しかし、ウィンは落ち着いていた。いくつもの雷撃をかわしながら、クリスに近づいていく。
そして剣の一撃を叩き込もうとするが、クリスはその勢いを受け流し、反対に一撃を入れてくる。ウィンはその攻撃をかわし、一旦距離を置く。
(いまのに反応するか? さすが剣と魔法の天才だ)
「ちょこまかとっ! 燃えよ火球っ!」
クリスは剣を持っていない方の左手で魔法を発動する。赤い炎が宙に3つ浮かび、ウィンに向かって時間差で飛んでくる。
そしてクリスが火球の後から向かってくる。剣と魔法の同時攻撃だった。
ウィンは火球を避け、向かってくるクリスの剣を弾く。
冷静な、落ち着いた動きだった。
「ウィン、お前は一体何者なんだ……」
剣を構えたまま、2人は向かい合う。クリスはようやく気が付き始めていた。
「どうして、隊長の私と当たり前のように打ち合えている……?」
思わず、言葉に出ていた。
「ガルシア隊長に鍛えられているからかもな」
「ふざけるなっ!」
クリスは連続して打ち込んでくる。速く、激しい剣戟。普通の騎士なら一瞬の内に打ち崩されてしまうような連続攻撃。剣が重なる度に火花のような光が走る。
けれども、ウィンは打ち合いを続けている。冷静に見ると、表情もほとんど変わっていない。
ウィンは戦いの合間、首振りの動きで一瞬窓の外を確かめる。すでに12時44分を過ぎているはずだった。<赤いネックレス>は偽物だったが、<青いネックレス>の力で弱められた壁がいつまで持つのかは予想もつかなかった。
何度かの打ち合いの後、クリスは一度距離を取る。
「ここで使う羽目になるとはな」
クリスは詠唱し、体の前に大きな雷の矢を作る。相当な魔力を使う中級魔法だった。
「『雷撃の矢』――これで終わりだっ、ウィン!」
黄色い稲妻が絡み合うようにウィンに向かっていく。
「この矢からは逃れられんっ!!」
激しい呼吸とともにクリスが叫ぶ。クリスが使える最大の魔法。この矢が刺さったあとは、元の表情もわからない黒ずみが残っているだけのはずだった。
「な、んだと……?」
クリスが驚いたように言う。目の前で起こっていることがうまく理解できなかった。ウィンの左手から光の盾が現れ、クリスの『雷撃の矢』を背後に受け流していた。
「なぜこれもかわせるんだぁ――っ!」
クリスが叫んだ後、時計塔の最上階に、一瞬、周囲の音がかき消えたような静寂が訪れる。
光の盾が、クリスの魔法だけではなく、周囲の音までかき消してしまったかのようだった。
沈黙の中、クリスの激しい呼吸音だけが周囲に聞こえている。
ウィンが静かに口を開く。
「……クリスにもうひとつ言っていなかったことがある。俺は<魔の森>に捨てられそこで育ったんだ」
「<魔の森>でだと……?」
「<魔の森>で大魔法使いホロウの一番弟子だったんだ。だから、俺も魔法を使う。本当は、騎士じゃなく魔法使いって言ったほうが正しいくらいに」
「お前が、魔法……使い、だと?」
クリスが信じられないというように言う。
「俺は普通の魔法の他に、拾われたときに持っていた指輪の5つの魔法を使うことができるんだ……この指輪はディスティニー・リングという名前で、古の力に反応し、5つの象形文字のどれかが光ったときだけ使うことができる……そしていま、ひとつが光っている。<青いネックレス>や『ビッグウォール』が共鳴しているらしい」
(これを使うと、あのクソ爺さんに『平穏に生きたいなら、目立つ魔法は使うな』って怒られるんだけどな)
ウィンは心の中でそう思う。自らが受け継いだホロウの魔法の危険性は、ホロウに繰り返し言われていた。
けれど、使うべき時に正しく魔法を使う。その判断は迷いながらもしていくつもりだった。それがホロウの一番弟子である責任だとも思っている。
そして、自分の意志で使うことができないディスティニー・リングは、いままさに繰り返し明滅している。
(いまが、運命のときなのかもしれないな……)
ウィンの人差し指にはめた銀色の指輪がオレンジ色に輝いている。5つの象形文字の内、細い矢の模様が繰り返し明滅している。
ウィンが<魔の森>で拾われた最初から持っていたというミスリルの指輪。
ホロウはその指輪に刻まれた象形文字の意味を理解し、ウィンに5つの特別な魔法を教えた。
「ホロウの爺さんに教えてもらった魔法だよ。聖なる光の矢……『ホーリーレイ』」
ウィンは左手に剣を持ったまま高く突き上げる。その手が青白い光に包まれる。
空気が震える。
青白い光が、周囲の魔素をすべて取り込みながら、巨大な光の球になっていく。
光の球と周囲の景色が、切り離され、ずれていくように見える。
キュイ――――ンッ!!!!
甲高い音が集まる。
シュン――――ッ!!
次の瞬間、巨大な光の球が、細長い円柱のようにまっすぐにクリスに向かって行く。
クリスの体に突き刺さり、背後に弾き飛ばす。
激しい勢いで壁に激突する。古い壁のレンガが一部崩れる。
クリスは壁際に、うなだれたように座り込んでいた。
その横の窓から、薄赤に滲む『ビッグウォール』が、脈打っているのが見えている。
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