<43> 暗殺者たち
エミール・ラ・クロワの緊張は頂点に達していた。
思い通りにならない状況。聞こえない爆発音。
何がどうなっているのか、誰も教えてくれない。最初は、自分がすべての情報を押さえ、クリスには何も教えないのだと悦に入っていた。
けれども、ステージ上の自分にも、まったく何がどうなっているのかの情報が上がってこない。
(もう、こうなったら、暗殺部隊とマフィアたちでやるしかない……)
エミール・ラ・クロワは自分では意識していなかったが、ずっと落ち着きを失っていた。
(なぜだ、なぜだ、なぜだ……)
ステージの端を歩き続けながら、時折王妃カタリナの胸元で輝く<青いネックレス>を見る。まだ手にしていないのに、青い輝きを見ると、その一瞬だけ、安心できる気がする。
その刹那、北側で「きゃあぁああっ!!」という叫び声が響く。
それがスイッチだった。
エミール・ラ・クロワはステージの端に立って、叫び声の方を見る。
北の橋から帝国兵たちがやってきたと思ったのだ。
しかし、帝国兵はやってこない。北の橋で誰かがそれを押し留めている姿が遠く見えた。ただ、その北の橋の戦いに気づいた国民たちが、叫び声を挙げて北の橋から離れようとしていたのだった。
「帝国兵が攻めてきたわぁっ!」
群衆の誰かがそう叫んだ。「帝国」「攻めてきた」その言葉は大広場の人たちを混乱させるには十分な言葉だった。
その混乱に合わせるように、灰色のローブを着た男たちが人をかき分け、押し倒し、ステージに上がってこようとしていた。手にはナイフを持っている。
「きゃああぁあっ!!」
いたるところで叫び声が上がる。
「危ないっ!」
壇上に上がろうと跳躍した男を、クリスが剣で薙ぎ払った。暗殺部隊の男はステージ上に上がることのないまま、背中から群衆に向かって落ちていく。
「いったい何事じゃっ!」
カルロスⅤ世がそう叫んで立ち上がる。灰色のローブの男が王めがけてまっすぐに走ってくる。王の後ろから前に移動したトト・タムードが、その男を一瞬で切り捨てる。
「王様、王妃様、さっ、早くこちらへ」
トト・タムードはステージの背後に二人を連れて移動しようとする。ステージ上にいては、格好の的になる。緞帳が幾重にもかかっているステージの背後なら、時間稼ぎをすることもできる。
「帝国が攻めてくるだとっ? なぜだ?」
王と王妃を避難させようとしながら、トト・タムードは帝国の皇太子と、炎のイヴァースを見る。
「それが本当だとしたら、なぜお前たちは壇上に立っている……!」
炎のイヴァースは、振り返ったトト・タムードをまっすぐに見つめていた。まるで主人を守ることのできない、哀れな従者を見るような目だった。
再びステージ上に上がってきた男を、トト・タムードは剣技で一閃する。
そのすぐ後ろから、3人の男が高い跳躍でステージ上に降り立つ。
「さすが近衛隊長様は、簡単にはやられてくれないか」
「王と王妃には、ここで死んでもらう」
「もちろん、近衛隊長であるアナタにもね」
3人の男たちが口々に言う。
朱色のローブを着た男たちは、トトの記憶では帝国の暗殺部隊のはずだった。過酷な訓練に耐えた、無慈悲な暗殺者たち。
一度振り返ると、フォンテーヌ大臣と第7隊の副隊長が、王と王妃の傍にいるのが見えた。
大臣たちがいるのを確認して、トト・タムードは一瞬で目の前の相手への攻撃へ意識を向ける。
暗殺者たちは、巧みな連携をとってトトに向かってくる。一人目の攻撃をかわしたところに二人目、二人目の攻撃をかわしたところに三人目の攻撃がくる。そんな連携だった。
トト・タムードは、その場に立ったまま、一人目の暗殺者の攻撃をかわそうともせずに、一瞬の踏み込みで一刀両断する。
「な……っ」
そのまま姿勢を変えると、トトがかわして移動するだろう場所に向かっていた二人目の暗殺者も横から斬り付ける。
返す刀で、三人目の暗殺者を、斜めに斬る。少しの間の後で、三人目の暗殺者はその場に崩れ落ちる。
暗殺者たちを、トト・タムードは巧みな動きで各個撃破したのだった。
一瞬の、出来事だった。
トトはすぐに王と王妃の元に戻る。
「大丈夫ですか。私の傍にいてください」
「トト……今しがた、フォンテーヌ大臣とラ・クロワに<青いネックレス>を奪われました。何でも、帝国が狙っているから、身に着けていると危険だからと……拒否をしたのですが、無理やり奪われ……」
王妃が、脅えながらそう言う。
「『これは王妃様を守るためなのです!』とすごい剣幕だったの……」
「大臣が?」
王妃の足元には、引きちぎられたネックレスのチェーンの一部が落ちている。
トト・タムードは顔を上げ、ステージの上にいる大臣たちの姿を探す。
彼らの姿はどこにもなかった。
「近衛隊に告ぐっ! フォンテーヌ大臣と、第7隊の副隊長を探せっ! 彼らは王妃がつけていた<青いネックレス>を持っている。それを取り戻すのだっ!」
ステージの下に忍ばせていた近衛兵たちに向かって、トト・タムードが短く言う。自分は王と王妃の傍を離れることはできない。だからこそ、信頼する部下に指示を出す。
ステージ上で戦っていた第7隊隊長であるクリスが、トト・タムードの言葉に驚いたような表情をしているのが見えた。
ステージの下では、突然の出来事にパニックが続いていた。観客たちは身を守るために逃げようとするが、どちらに逃げればいいのかわからず、押し合いへし合いになる。
人ごみの中に襲い掛かってくる者がおり、それを制圧しようとしている者もいて、入り乱れていた。
ステージに上がろうとする男を、町人に扮していたアンナが背後から切り付ける。男は呻き声をあげながら、背中から倒れこんでくる。
アンナの近くでは、エヴァがナイフで帝国兵の首筋をかっさいている。
ヤンの指示で開港祭式典に忍び込んでいた第15隊の隊員たちは、王たちを狙う賊への攻撃を指示されていた。
本当にそれが起こるのか半信半疑なところもあったが、実際にそれが起こってしまった。
「エヴァ、右を頼むっ。私は左に行くっ!」
アンナはそう叫ぶと、小さな子供を上から覆うように守っていた母親に攻撃しようとしていた男に蹴りを入れて弾き飛ばす。
「……あら、蹴りだななんて、ウィンみたい。一緒にいると、うつっちゃうわね」
アンナはそう言うと、人々を守るために再び剣をふるっていく。
近くでは、同じように国民を守るために戦ってくれている人たちもいる。近衛隊だろうか、自分たちと同じように、群衆に紛れていたのだろう。
アンナは剣を振り人々を守りながら、ステージを見る。
ステージの右端で、炎のイヴァースが、シドニアのララ王女を無理やり連れて行こうとしているのが見えていた。
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