<42> 第一隊隊長 トト・タムード
--開港祭当日。11時45分。大広場、ステージ。
北の橋にガルシアが現れる少し前、ポルト国王ファン・カルロスⅤ世と王妃カタリナは、ステージ向かって左側の王座に座っていた。向かって右側の椅子には、帝国の皇太子、三大将のイヴァース、そしてシドニア王国のララ王女が座っている。ララ王女は微笑みを浮かべ、観客たちに手を振っている。
カルロスⅤ世の後ろには、褐色の肌をした偉丈夫が、一分の隙もなく立っている。近衛隊隊長を兼ねている第1隊隊長のトト・タムードである。
柔らかくしなやかな筋肉を持つトト・タムードの褐色の肌は、遠い先祖に大陸東方の血が入っているからと言われている。長い亜麻色の髪を後ろで一つに縛り、自然体でいながらも周囲の警戒を怠らない。
トトは、王の背中越しに正面にいるイヴァースを見て、視線を右に動かし大観衆を見る。
(……なんだこの警備は、あのクリスの第7隊が担当すると聞いていたから安心していたが、あまりに雑すぎる。それにあの三大将のイヴァースは、闘気を隠すこともしていないではないか)
トト・タムードはいつでも剣を抜ける準備をしていた。まさかこの壇上でイヴァースが剣を抜いてくるとは思わなかったが、近衛隊長としての自分の使命は、王と王妃を守ることである。
王と王妃に降りかかる危険はわが身を賭してでもすべて払いのける。そう誓っている。
そういった意味では、このステージに渦巻く空気は、異様なものだった。
カルロスⅤ世と王妃カタリナは、国民たちに向かって手を振っている。皇太子とイヴァースだけが、無表情でステージ上の椅子に座っている。
ステージからは、国民たちや観光客たちが、たくさんの旗を振り、歓声をあげているのが聞こえている。
「……あと、15分か」
何かあった時のために、会場の観客の中には、近衛兵を紛らせている。開港祭全体の警備隊長は第7隊のクリスだったが、王と王妃の安全は近衛隊である第1隊の領域だ。いつ何時、何が起こるかわからない。
トト・タムードはいつも部下たちに「いつ、いかなるときに、何が起こっても、必ず対処しなければならない」と話している。
(帝国の三大将までいるのだから、なおさらだな)
トト・タムードは常にすべてについて警戒をしている。帝国自体にはあまりいい噂を聞かなかった。十年前に北東の小国を滅ぼして以来戦争もせずに穏やかな凪のような時期を過ごしていると言われているが、そんな仮面はあっという間にはがれる、そんなふうに思っていた。
警戒は、するにこしたことはない。何も起きなければそれでいいのだから。
トト・タムードはそんな風に思い、再び周囲を見渡すのだった。
(あれがポルトの第1隊の隊長か……)
帝国三大将の炎のイヴァースは、椅子に座ったまま、無遠慮な視線で王の後ろに立つトト・タムードを見ていた。15隊からなる第1隊の隊長を務めるほどの騎士なのだから、ただ者ではないのだろう。不思議と強者に感じる圧を感じないが、その自然体こそが怪しい。
(しかし、いくら精鋭とは言え、人のできることには限りがある。『ビッグウォール』が破壊された後では、どうすることもできないだろう……)
イヴァースは左に座っているララ王女を見る。笑顔で、観客たちに向かって右手を振っている。昨日の前夜祭とは別の淡いグリーンのラインの入った白いドレスを着ている。
(……確かに、美しいな。『シドニアの真珠』と呼ばれるのも納得だ)
イヴァースは、右隣に座っている皇太子の言葉を反芻する。
「私は、ララ王女を国に連れて帰りたい」
昨夜、皇太子は来賓用の部屋で、イヴァースにそう言ったのである。
「……ララ王女はシドニア王国の姫君ですぞ。私たちの目的はポルト王国です。今後の戦端のことを考えると、シドニア王国とやりあうことになるのは避けた方がいいかと」
あまりに突拍子もない申し出に、イヴァースはたしなめるようにそう言った。
「そんなのは、いくらでも理由をつけられる。開港祭式典の混乱で、行方不明になったとか、でっち上げればいいだろう」
「しかし……」
「ボクは、ララ王女が気に入ったんだ……さっきの前夜祭で、あまりの美しさに話しかけることができなかった。手元に置けば、色々と話すこともできる」
皇太子は、今年で22歳になるが、どこか子供じみたところがあった。その残虐性に加え、いつも何を考えているのかわからないところがあって、臣下たちも畏れながら距離を保っていた。ちょっとしたミスで首になったものも少なくない。
三大将であるイヴァースにはもちろん一定の敬意を持ってくれているようではあったが、それでもそのような突拍子もない命令をしてくることがある。
(これからの混乱の中で、チャンスがあればだな……皇帝の目的は、まずはポルトの陥落で、シドニアは後回しなのだから)
イヴァースはそう呟くと、再び黙ったまま周囲に無言で圧力を発するのだった。
(--なぜ爆発が起きないのだ)
フォンテーヌ大臣は、苛立ちを隠せないでいた。大広場にやってくる帝国兵の混乱に乗じて、王妃から<青いネックレス>を奪う計画になっていた。
けれども、まだ異変は何も起こっていない。
フォンテーヌは王妃カタリナの首元を見る。色白で胸元が大きく空いたドレスに、<青いネックレス>が見えている。フォンテーヌのポケットの中にある<赤いネックレス>と対になる古代の魔道具。
--聖女が遺した秘宝。
長きにわたり準備を進め、ついに当日になった。あれだけ計画を詰めたのに、始まる前から予想外の状況になっている。ラ・クロワなど、さっきから落ち着きなくステージの端の方を行ったり来たりしている。
(アイツは、大丈夫なのか)
フォンテーヌはそんなふうに思う。計画通りに行かなくても、修正をし続けなければならない。そのための胆力が備わっていないのなら、見込み違いだったということになる。
フォンテーヌは視線を動かし、観客席の中に紛れている暗殺部隊と、マフィアたちの姿を確認する。いつでも準備はできている。確かに計画は狂ったが、大広場の中にいる手駒だけでも、混乱を引き起こすことはできる。
(もう少しだ……もう少しで辺境伯の地位が手に入るのだ)
フォンテーヌはそう呟くと、ポケットに手を入れ、奥にある<赤いネックレス>をもう一度痛みを感じるほど強く握りしめた。
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