<39> 鳴り響く鐘の音
ーー開港祭当日。
ーー11時。
大広場の時計塔の鐘が鳴る。朝7時から夜7時までの間、1時間毎に大きく一度ずつ鳴るその鐘の音で、ポルティガの人々は1時間経ったことを知る。
その鐘がゆっくりと、低く遠く鳴り響く。
事情を知っている者には、その鐘の音は、これからはじまる惨劇の開始の合図のように聴こえたかもしれない。
大広場のステージの上にいたエミール・ラ・クロワは、うっとりと目を閉じる。この鐘の残響が終わるとき、ポルティガの8カ所で随時爆発が起こる。
しかし、大広場には多くの観客がおり、遠い場所で起きた爆発や混乱には気がつかない。
一方、街中にいる騎士隊や警備隊たちは、近場の爆発に向かわざるを得ない。警備を分散させ、本丸である大広場で惨劇が起きても、多くの騎士たちはここまで辿り着くことができない。
逆に警備が手薄になったところを、今日まで潜んでいた僧兵や帝国兵たちが、大挙してまるで嵐の夜の激しい波のように押し寄せてくるのだ。
誰もその波を止めることはできないだろう。
その様子を想像し、エミール・ラ・クロワは昏い笑みを浮かべる。だから目を閉じたのだ。遠い爆発を聞き逃さないために。
(……ん?)
エミール・ラ・クロワは目を開ける。目の前にクリスが立っている。
「ラ・クロワ、ぼうっとしている場合じゃないぞ。早く警備体制の確認を」
(爆発音が、しない……なぜだ、どうなっている?)
エミール・ラ・クロワは、計画通りじゃない状況に、鼓動が速くなるのを感じていた。
ーー開港祭当日。11時少し前。ポルティガ北部、大浴場。
ポルティガには何箇所か大浴場がある。地下深くから湧き出る温泉を使った大浴場は、歴代の王が国民のために整備したものであり、国民たちの憩いの場だった。
(……温泉に入っている間に瓦礫の下敷きになるとは、不幸な死に方だな)
僧兵の一人が爆破の魔道具を慎重に運ぶ。魔力を通さなければ爆発することはないので、誤爆の心配はなかったが、それでも不安はなくならない。
その魔道具は設置をしてから魔力を通し、5分後に爆発するタイプだった。
その大浴場も、帝国兵たちが爆破しようとしていた場所の一つだった。11時から12時の間に、順次爆破や襲撃を行う。ポルティガの守りを分散させる目的だった。
簡単な指令だったが失敗が許されない分緊張が抜けなかった。聖心教会、そして帝国は失敗は許されない文化である。失敗は死を意味していた。
だから慎重に進めていた。
進めていたはずだったのに。
「いたぞっ! あそこだ」
ふいに声が響き、僧兵は驚いて顔を上げる。
気が付くと、たくさんの騎士たちが自分を取り囲んでいた。
「な、なんでここが……?」
僧兵は、思わず声に出す。絶対にバレるはずのない不意打ちでなかったのか。
騎士の一人が僧兵の手から爆破の魔道具を奪い、別の騎士に拘束させる。
「残念だったな。この大浴場は第11隊が制圧する」
騎士はそう言うと、大広場の方を向く。
(ガルシアの言うとおりだったか……急がねばならぬな)
ーー開港祭当日。11時10分。ポルティガ西部、西市場。
一人の僧兵が市場を必死に走っていた。その後ろを騎士たちが追いかけている。
「クソっ、クソっ、何で騎士たちが待ち構えてるっ!」
計画は完璧なはずだった。襲撃が起こるなんて思ってもみない平和な市場が、一瞬で地獄絵図に変わる。
それが、帝国が主導権を握るゲームの合図になるはずだった。
しかし、市場のいたるところに騎士たちが隠れていて、自分たちを急襲し、仲間たちはあっという間に拘束された。
自分は一瞬で逃亡を選択して駆け出したが、どんどん距離が詰められていく。
(あの角を曲がれば……)
僧兵は顔を上げて通りを見てーー絶望する。
いつの間にか、目の前に一人の騎士が立っていたのだ。
銀色の軽鎧は、隊長格のものであるはずだった。ちょび髭をはやした、騎士の鎧がしっくりと馴染んでいる男。
「運が悪かったな。第8隊隊長、アンディ・キャロルとは私のことだ」
アンディ・キャロルは腰の剣を居合のように抜くと、一閃する。逃げていた僧兵は、次の瞬間舗道に沈み込むように倒れていた。
「第15隊の副隊長、ヤン・ニースケンスか……さあ、急いで大広場に向かわねば」
アンディ・キャロルは、そう言って部下に指示を出すのだった。
ーー開港祭当日。11時15分。ポルティガ中心、魔法研究所。
「な、何で爆発しないんだっ」
魔法研究所の1階の受付前のホールで、手に爆破の魔道具を持った僧兵たちが、大きな声で叫んでいた。
僧兵たちは10人いた。魔法研究所を壊滅させる効果は大きいと、爆破の魔道具も5つも持たされていた。けれども、5つが5つともいくら魔力を通しても起動させることができなかった。
「な、なんでだっ」
壁にかけられた歴代の大魔道士たちの肖像画が、僧兵たちの慌てるさまを嘲笑っているように見える。
ホールには、魔法研究所の職員やローブを着た魔法使いたちがいた。魔法使いは戦陣に出てこられると厄介であり、帝国の作戦でも、早めに潰す予定だったのだ。
「ポルティガ魔法研究所で爆破の魔道具が使えると思われるなんて、私たちも舐められたものね」
そう言って穏やかに微笑むのは、体の線がよくわかる薄手の生地のワンピースを着ている美しい女性だった。
淡いピンク色のワンピースに、同じ色で透明感のあるシアー生地の肩掛けを羽織っている。
その女性はーーポルト王国一と呼ばれる魔法使い、アリス・フェアフィールドである。
「クソっ、魔道具は諦めろっ。力で制圧するぞっ」
僧兵の隊長格が作戦を切り替え剣を抜く。
「……遠き雷よ、穿て」
アリスが短く詠唱した刹那、中空に10本の黄色い光が現れる。その光は鋭く回転し、その速度を一気に速めると、そのまま10人の僧兵の真上から一瞬のうちに地まで貫いていく。
「うがぁああぁーーーっ!!」
「あぁあああーーーっ!!」
アリスの雷撃を受けた僧兵たちは、震えながらその場に崩れ落ちていく。
それまでアリスたちを守れる位置取りをしていた受付の職員たちが、素早い動きで僧兵たちを拘束していく。
アリスは倒れた僧兵たちにはすでに興味を失ったように、彼らの間を縫って魔法研究所の正面から外に出る。
遠くの空に、時計塔が小さくそびえているのが見える。
「ウィンちゃん、頼んだわよ……」
アリスは小さく、祈るように呟くのだった。
【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。
お好みのプラットフォームでお楽しみください。
【ブックマーク登録】や【ポイント評価】や【レビュー】などをしていただけると、ウィンも作者も美味しいエールのように喜びます。




