<37> 隠し通路での待ち伏せ、異端審問官との決着
「……助祭にアナタが地下牢に入れられたって聞いて、アタシは考えたの」
異端審問官は舌を大きく伸ばすと、右手に持ったナイフの刃をゆっくりと舐める。
「諦めの悪いアナタなら、きっと地下牢を脱出して、大広場を目指すだろうって」
「……随分と評価してもらえているんだな」
ウィンは異端審問官から目を離さずに言う。
「なんと! そうしたら現れたのよ! まるで運命の再会ね」
異端審問官は不気味な笑顔を浮かべて、ウィンを舐め回すように見つめる。
「まあ、運命って言いたいんだけど、実は偶然じゃないのよ。アナタの国の大臣、国を裏切るひどい男ねぇ。アタシたちに城の抜け道の地図まで横流ししてくれているんだから」
フォンテーヌは、思っていたよりもずっと用意周到で細かいらしい。普通なら、地下牢に投獄してそれで終わり、脱獄するなんて可能性は考えないものだが。それだけ、今回の計画に心血を注いでいるのだろう。
「……ルカ、ニア、ソフィアを連れて後ろの階段から行ってくれ。こいつは俺が相手をする」
「あらぁ? ようやく一緒に踊ってくれるのね。嬉しいわぁ。最初は川に飛び込んで逃げられて、聖心教会では、目の前で爆弾を使って逃げられて――三度目は絶対に逃がさないわよ」
異端審問官はそう言うと、ナイフを前に突き出し、ゆっくりと怪しげなリズムを取るように体を上下させる。
ウィンは先程ルカにもらった剣を構える。ルカ達は二人から離れ、壁越しに階段を目指していく。
「お前の目的は俺だけだろう。二人きりでやろうぜ」
「もちろん、いいわよ。どうせ大広場は大混乱。後ろの数人を見逃したところで計画に支障はないわ。アタシはとにかく、アナタを殺れればそれでいいのよ」
ルカとニアはソフィアを連れて階段へ向かっていく。ルカは指で声に出さずに、どこに向かうかのハンドサインを出す。
ウィンは異端審問官とルカたちを同時に視界に入れながら、小さく頷く。
「さあ、ダンスをはじめましょうか」
異端審問官はそう言うとウィンに向かってくる。素早い動きでナイフを突き刺してくる。
ウィンは素早い動きでナイフをかわす。
「ホントにっ、会いたかったわっ!」
ウィンがかわせばかわすほど、異端審問官のナイフさばきはその速度を増していく。
ウィンは距離を取るために剣を一閃するが、異端審問官はしゃがみ込みそれをかわすと、再び一気に距離を詰めてくる。
(ちぃっ)
ウィンは下側からのナイフを顔を反らしてかわし、右足を軸にした左足の蹴りで異端審問官を蹴り飛ばす。
「うぐぅっ!」
地面に叩きつけられた異端審問官はすぐに立ち上がり、ニヤッと笑う。その歯が一本欠けているのが見える。
「アナタは本当に騎士なのかしら? 前も思ったけど、動きがセオリー通りじゃないのよね」
「7年も騎士をやってるさ」
ウィンは剣を構えて、改めて異端審問官を見る。
「ただ……悪いが、今日はお前に付き合っている時間がないんだ」
「あら? 一緒に踊ってくれるんでしょう? ここで一緒に踊っていれば、地上の地獄を見ないで済むわよ」
異端審問官はそう言うと、聖心教会のローブの中から複数のナイフを取り出し、2本同時にウィンに向かって投げつけてくる。
ウィンが素早い剣先でナイフを弾き飛ばすと、その間に近づいてきていた異端審問官がナイフで首元を切り裂こうと一閃する。
すんでのところでバックステップしてそれをかわすと、一瞬で右側に回って再びナイフを向けてくる異端審問官の攻撃を今度は剣で防御する。
ウィンは剣に力を込めて、異端審問官を弾き飛ばす。
異端審問官が倒れないように踏ん張り、顔を上げた次の瞬間だった。
なぜかもうウィンが目の前にいた。
「え? ……何で?」
ウィンの剣が、異端審問官のローブを斜めに切り裂く。
「グギャアアッ――ーッ!」
異端審問官は、身を斬る痛みに思わず叫ぶ。身をよじり、ウィンから距離を取ろうとする。
そのとき、またウィンがすぐ横まで来ていた。
「……ウソよッ!」
ウィンの蹴りが腹に入り、異端審問官は地面を転がっていく。
「な、何よそれッ! 速すぎるのよオッ!」
異端審問官はすぐにウィンと距離を置こうとするが、ウィンは距離を詰め、2閃、3閃と斬撃を繰り返す。
「は、はや過ぎ……何でアタシより速いのよ……」
ウィンは再び素早く蹴りを入れ、異端審問官は地面に転がっていく。何度も回転して、聖心教会のローブはすでに泥だらけになっている。
「なッ、何よ、前は手加減でもしてたのっ!」
異端審問官が絶望の声をあげる。
「時間がないんだよ。これ以上お前に時間をかけるわけにはいかない。それに、俺はダンスは趣味じゃないんだ」
異端審問官は立ち上がったが、すでにウィンは目の前にいた。
一閃。
――ドサッ。
異端審問官は膝をついて、そのままゆっくりとうつ伏せに倒れる。
「アタシとしたことが……見誤ったわ。アナタがこんなに強いなら、復讐なんてしなかったのに」
聖心教会のローブから血が溢れて流れていく。
異端審問官は右手を伸ばして、ウィンの足首を掴もうとするが届かない。
「行かせない、わよ……」
「悪いが、待ってる人たちがいるんだ」
「地上では、地獄がはじまるわ。アナタが思っている以上に……帝国は、時間をかけてポルト王国に根を張ってきたのよ。もう、止まらない、わよ……」
異端審問官は最後の言葉を言い残し、そのまま事切れる。
「……だとしても、俺たちがポルト王国を、ポルティガを守るよ」
ウィンはそう言い残すと、振り返らずに地上へ出る階段に走っていく。
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