<36> 脱獄と再会
-ーポルティガ城、地下牢。開港祭当日、午前9時。
(いまは何時だろうか?)
ウィンは牢屋の中で大きな欠伸をし、その後で両手を大きく伸ばす。体がなまるのを防ぐように、体を大きく動かす。
感覚的には、ほぼ丸一日が経ったはずだった。つまり、いまは開港祭当日の朝だ。ウィンは牢の中で屈伸をゆっくりと繰り返す。
通路の魔道ランプはずっと変わらず周囲をぼんやりと照らし出しており、時間の感覚をわかりにくくさせている。
ぎいいいぃ……
ウィンの牢から見て左手にある扉が鈍い音を立てて開いた。
「フンフンフン……フンフンフン」
鼻歌まじりに歩いてくる男の影が見える。その後ろをついてくる背の低い影。
「到着遅かったか?」
ウィンの牢の前に立ち、鍵を指でくるくると回しながらそう言うのは、<鍵開け>のルカだった。
いつもと変わらず、飄々とした優男である。
「久しぶりにしっかりとした睡眠をとったよ」
ウィンはそう軽口を叩く。
「そりゃあよかった。睡眠はすべての基本だ。これから忙しくなるんだから、なおさらいいね」
ルカはそう言うと、手にした鍵をかちゃりと回して牢の鍵を開ける。ウィンは鉄格子の扉を前に開き、通路に出る。
「シスターは二つ先だ」
「あいよ」
ルカは気楽な様子でソフィアの牢の前に立つと、同じように簡単に鍵を開ける。
「ニアも来てくれたのか」
ウィンはルカについてきていたニアにそう言う。
「ポルティガ城には、一度潜入してみたかった。ウィン先輩と一緒だと本当に退屈しない、最高」
ニアは前髪に隠れた目を大きく開き興奮したように言う。
「『ホールマッピング』で見ると、城下町に出る地下通路があるから、まずはそこを目指す」
「さすが。頼もしいな」
ウィンは感心したように言う。自分がいる場所のマッピングがある程度の精度でできてしまうニアの独自魔法『ホールマッピング』は、使い方によっては相当役に立つ。
「……ソフィア、大丈夫だったか?」
ウィンは、ルカに連れてこられたソフィアにそう訊ねる。か弱い女性にとって、地下牢での一日は辛かっただろう。
「ウィン様が話しかけてくれましたから、大丈夫でした」
ソフィアは強がるような笑顔を見せながら、そう答える。
「そうか、それならよかった」
「感動的な再会に水を差すようだが、あまり時間がない」
ルカがそう言う。
「今は何時だ?」
「9時を少し過ぎたところだ」
「確かに、あまり時間はないな」
「急ごう、事情は走りながら話す。ほらよ、騎士たるもの剣もちゃんと持っておけ」
ルカはそう言って剣をウィンに向かって投げる。ウィンはその剣を受け取ると、ルカに向かって頷く。
「ああ、そうだな。助かるよ。これを使う機会がなければいいが、そうも言ってられない」
「あ、そうだ。これはハックから預かったメモだ」
ルカはそう言うと、ウィンにハックからの手紙を渡す。ウィンの従者を長く務めているハックは、第15隊の面々とも顔見知りだった。
ウィンはハックからの手紙に目を走らせる。ハックらしい、要点だけ簡潔に書いてあるメモのような手紙。
(…………なるほど)
ウィンはそう呟く。
「よし、行くぞ。急ごう」
ルカはウィンが手紙を読むのを確認してから、右手を挙げて皆を促す。
4人は、階段を上がって警備兵の部屋を通る。警備兵たちは皆眠っていた。
「これは?」
「エヴァ特製の眠りの粉末をもらってきた。相変わらずえげつない効き目だよ」
「そうか」
ウィンはパンをくれた初老の警備兵を見て、少しだけ安心する。ルカやニアは知らないだろうが、彼も第15隊を応援してくれていた。
(せめて、いい夢を見ていてくれていればいいが……)
4人はポルティガ城の複雑な通路を、迷うことなく進んでいく。「右」、「左」、「あの階段を下りる」などとニアが指示を出しルートを確定させていく。
開港祭式典に向かう者が多いのか、ポルティガ城に残っている絶対数が少ないようだった。それもまた、天が味方をしてくれていたのかもしれない。
「……この部屋の本棚の奥に、隠し階段がある」
地下にある小部屋の奥にある壁の本棚を指さしてニアが言った。
「ほんとかよ」
ルカがそう言って、当たり前のように鍵を外し扉を開ける。
小さな部屋で、確かに本棚はあるが、物置のような雑多な部屋である。あまり人の出入りがないのか、少し湿った黴のような臭いがする。
「じゃあ、とりあえず動かすか」
ルカはそう言ってウィンと一緒に本棚を動かす。長年動かしていなかったのだろう。部屋の中を埃が舞い散り、ニアが顔を背け、ソフィアが軽く咳をする。
本棚を動かすと、本棚の裏の壁に下に続く階段が続いている。
「ひゅー、ニアちゃんの『ホールマッピング』はすげえな」
感心したようにルカが口笛を吹いて言う。
「どうした?」
ウィンが後ろにいるソフィアを振り返って訊く。
「いえ、皆さんの掛け合いが楽しくて……仲がいいんですね」
ソフィアは羨ましそうにそう言う。
「まあ……第15隊はみんな、家族みたいなものだからな」
ウィンが言う。ルカとニアはその言葉を聞いて、ニヤニヤとどこか嬉しそうにしている。
「じゃあ、急いで行く」
ニアが背中に背負っていたカバンから、魔道ランプを取り出し、それを掲げる。
階段は相当下まで続き、4人は魔導ランプの明かりを頼りに、その闇の中に降りていく。
「ポルティガ城の地下に、こんな地下通路があるとはな」
ルカは感心したように言う。
下水の通路の脇に人が一人歩けるような通路がついている。湿った水の臭いが鼻につく。魔道ランプもつけられていないので、普段は人が通る想定ではないのだろう。
万が一、もしもの何かがあったときに、この通路の存在を知っている者だけが通ることができる、そんな通路のようだった。
「で、いまの状況は?」
首振りの動きで周囲を確認しながら、ウィンがそう訊ねる。
「フォンテーヌ外務大臣が帝国と通じている。あの司祭を殺した助祭と会っているところを確認済みだ」
ウィンは投獄前に話したフォンテーヌの顔を思い出す。クリスに対してとっていたあの威圧的な態度も、帝国と通じているが故だったのだろう。
「大臣の狙いは?」
「『ビッグウォール』の破壊。開港祭式典に参加する王妃がつけている<青いネックレス>を奪い、すでに手中に収めている<赤いネックレス>と合わせて『ビッグウォール』を破壊しようっていう魂胆だ。それでポルティガの街を大混乱に陥れ、それに乗じて帝国が戦争を仕掛けてポルト王国を滅ぼそうとしている。ま、そんなところだろうって」
「……じゃあ、今回は大広場、時計塔が現場というわけだな」
ウィンは、歩きながら答え合わせをするように、左手の人差し指をこめかみに当てる。
「……ガルシア隊長とヤン副隊長は?」
「雲隠れ後、あちこち調整中。ヤン副隊長が言ってたぞ」
「『ウィン、この貸しは高くつきますよ』」
ニアがヤン副隊長の声真似をして言う。
「覚悟はしてるよ」
ウィンはやれやれとそう言うと、前を見る。
地下の細い通路は大きく広がり、ちょっとした広場になっていた。下水の水路は右奥に広がっていき、中央は歴史のあるレンガの床の広場となっている。奥に地上に出る階段があり、その前には一人の男が立っていた。
聖心教会の灰色のローブを着た男--オネエ言葉を使う異端審問官だった。
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