<35> 早朝の密談
-ー開港祭当日。午前7時。第7隊騎士館。
騎士館の応接室に、3人の男がいた。
一人はエミール・ラ・クロワ。第7隊の副隊長である。
来賓用の長椅子に並んで座っているのは、フォンテーヌ外務大臣と、聖心教会の助祭である。3人はセンターテーブルの上に広げた<大広場>の地図を見つめている。
「いよいよ今日ですな」
そう口を開くのはフォンテーヌである。細い目を見開き、目力を感じさせる。その目が少し血走っているのは、今日にかけてきた思いの強さだろうか。
「……昨日皇太子もおっしゃっていましたが、帝国の作戦に失敗はありません。失敗はすなわち、我々の死を意味しますよ」
助祭が二人を見つめ、静かに言う。慇懃無礼な不気味さを感じさせる丁寧な口調。感情の温度をあまり感じさせない喋り方が、本音を見えにくくしている。
「準備は万全ですか?」
助祭が重ねて訊く。
フォンテーヌもエミール・ラ・クロワも、昨日の皇太子の冷酷な目を見て、言葉を耳で聞いている。だからこそ失敗が許されないことはよく分かっていた。
(失敗するわけがない。どれほどの時間をかけて準備してきたのか私は充分理解しておる)
フォンテーヌはそんなふうに思う。
かつて公務で帝国を訪れたときのことを思い出す。
圧倒的な国力に、実力主義の気質。己の才覚一つで莫大な権力を手にすることができる国ーーそれが帝国だった。
長い歴史に彩られた、ある意味守りに入っているように見えるポルト王国とは正反対な国。帝国の大臣と酒を酌み交わし、「フォンテーヌ大臣の才覚が埋もれているのは世界の損失」とまで言われ、考えないようにしていた野心の蝋燭に火を灯された。
それから何度も密約を交わし、ようやくここまで来たのだ。
〈長かったな……〉
フォンテーヌ大臣はそう思う。きっと、色々なものを犠牲にすることになる。汚名を負うことにもなるだろう。それでも、自分は禁断の果実ーー母国を売るということを決めたのだ。
生半可な覚悟ではなかった。それこそ、人生をかけての裏切りである。
「--11時から12時にかけて、ポルティガの街の八カ所で、聖心教会の僧兵による襲撃がはじまります」
地図を見つめながら、助祭が言う。ポルティガの南側にある大広場から離れた場所。そこで時間差で混乱を引き起こす。
「それぞれの地区には騎士隊も警備隊もいるが、連携は取れていない。時間差で次々と襲撃が起きるから、対応が後手に回らざるを得ない。本来であれば警備隊長を兼ねるクリスの元に情報が集まり、全体を俯瞰した対処がなされる。しかし今回はそうはならない」
フォンテーヌがそう言い切る。
「私が隊長には何も教えないからです。すべての報告を握り潰し、憐れな隊長には大広場の警備だけに集中していてもらうことにします」
右手で握り潰す動きをしながらそう言うのは、エミール・ラ・クロワである。
自家から借金をしている哀れな隊長。最後まで、私たちにいいように利用される可哀想な隊長。
「ポルティガの第7隊以外の騎士隊や警備兵たちは、それぞれの場所の騒動を解決するのに時間が取られ、大広場で何かあっても駆けつけることができない……かわりに駆けつけるのは、聖心教会の僧兵の服を来た帝国兵というわけだ」
フォンテーヌが言い、エミール・ラ・クロワが地図上の1点を指さす。
「大広場に繋がる3つの橋の内、北の橋の警備を薄くします。だから、僧兵たちは安心して北橋から大広場になだれ込めばいい」
小さな島になっている大広場に入るためには、西と北と東の3つの橋を渡る他はない。開港祭式典の間も、橋に関しては第7隊中心に守りを固めている。
けれども、その第7隊の副隊長が、北の橋の警備を薄くすると決めている。帝国兵を大広場に招き入れ、その大混乱の中で王妃がつけている<青いネックレス>を奪うためだ。
「西と東の橋はどうなっている? そちら方面から大広場を目指す僧兵もいるが」
助祭が言う。
「さすがに、すべての橋の警備を薄くするのは怪しまれてしまいます。ただ、北の橋から兵士たちがなだれ込めば、他の橋もすべて混乱して結局は同じことです」
エミール・ラ・クロワはあえて間をおいて続ける。
「それに、そもそも大広場の観光客や観客たちのなかに、帝国から借りた暗殺部隊や、私が金を積んだスラムのマフィアを忍ばせています。記念式典が始まってすぐに、彼らは王や王妃を狙います。帝国兵の到着が少し遅れたとしても、大広場は大混乱ですよ」
エミール・ラ・クロワはそう言うと、心底おかしそうに不気味に笑う。
「……クリス隊長が慌てふためく姿を想像すると、おかしくてたまらないな。たまたま若くて物珍しいだけで隊長になっていたクリスが大失態を犯し、帝国と手を組んだ私が隊長になる……しかも、第1隊の隊長にね」
助祭はあまり表情を出すタイプではなかったが、さすがにエミール・ラ・クロワの発言に少しだけ眉をひそめる。
「マフィアから作戦が漏れることはあるまいな」
「その点は大丈夫です。彼らもポルト王国崩壊後の分け前をもらえますから。彼らも今回の賭けにのっているんですよ。清濁併せ呑む者じゃないと、上には立てませんからね。そのあたりの根回しもこの私は完璧です……」
エミール・ラ・クロワはそう言うと、自分の優秀さに陶酔したようなうっとりとした表情を見せる。
「……とにかく、内と外からの混乱に乗じて王妃がつけている<青いネックレス>を手にし、<赤のネックレス>と一緒に大広場の中央にある時計塔の最上階まで登っていく」
フォンテーヌは、作戦の成功を念じるように、一つずつ確かめるように話す。
「最上階の台座にまず<青いネックレス>をはめて、『ビッグウォール』の魔力を弱める。それには約30分ほどかかる。そして、『ビッグウォール』が薄いガラスのように魔力が弱くなったところで、最後に<赤いネックレス>をはめる。その瞬間『ビッグウォール』は弾け飛び、すべて終わりだ」
「皇太子様とイヴァース様は、最前列の特等席でアナタたちの裏切りを観戦するとおっしゃられていました」
「ふふ……そうか。皇太子さまには、しかと私たちの覚悟と帝国への手土産を見ていただこう」
「ポルティガを崩壊させ、ポルト王国を滅亡させた暁には、約束通り帝国領ポルトを治める辺境伯の地位を拝命できるように取り計らいましょう」
助祭がそう言うのと、会議室の扉がノックされるのは同時だった。
「どぉーおーぞぉー」
ふざけたようにエミール・ラ・クロワが言うと、扉を開けてクリスが入ってくる。
「ああ、フォンテーヌ大臣に助祭様もいらっしゃいましたか。おはようございます」
クリスは一瞬驚きの表情を見せるが、すぐにそう挨拶をする。
「……おはようございます」
助祭がうつむきがちにクリスの目を見て、そう挨拶をする。
「おはよう。いよいよ開港祭当日だ。今日の警備を頼むぞ。クリス隊長。絶対に、何事もなく終えなければならないからな」
フォンテーヌの言葉に、クリスは一瞬冷たい視線を投げかける。
(そりゃあそうだな。私たちが帝国と結びついていることはもうわかっているだろうからな。どうにかして、私たちの計画を防ごうとでも考えておるのだろうが、大広場ではせいぜい道化になってもらうぞ)
フォンテーヌはそんなふうに思う。本当はあの第15隊の平騎士と一緒に、クリスも地下牢に放り込んでもよかった。
けれども、クリスが警備隊長として大広場にいた方が、エミール・ラ・クロワが動きやすくなり、何かと都合がよかった。だから、利用させてもらうことにした。
(青二才の正義感で、せいぜい足掻いてみるがよい)
「はい、警備隊長として、万難を排して警備に集中いたします」
クリスは決意を込めた口調で言う。
「ラ・クロワ、それで今日の警備計画の確認だが……」
クリスはエミール・ラ・クロワに向き直ると、そう訊ねる。
「ああ、警備計画は私と大臣でもうあらかた決めてしまいましたが、隊長にも聞いておいてもらわなくてはですね……」
ラ・クロワは、含みのある言い方でそんな風に言う。クリスは一瞬表情を変えるが、それでも実務の打ち合わせに入っていく。
開港祭式典まで、あと5時間を切っていた。
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