<34> 貴族の流儀と、銀の鎧の孤立
「色々ありましたが、<赤>はフォンテーヌ外務大臣の手にあります。明日の開港祭式典で王妃が<青>を身に着けておりますので、計画通りに……」
「どうなされたのですかな? 大丈夫ですか?」
助祭が、その虚ろに黒く、深淵な目でクリスを覗き込んでくる。
「ええ……なんでもありません。大丈夫です」
クリスはそう答える。
次の瞬間、ファンファーレが鳴り響く。
「ポルト王の御成りぃーっ」
よく響く声が、大広間を覆っていった。
大広間の2階の扉から現れたポルト国王ファン・カルロスⅤ世と、ポルト王妃カタリナは、優雅で洗練された歩みでゆっくりと階段を下りてくる。会場にいる者が皆思わず目を離せないような吸引力がある。
(カルロス王……)
クリスは、久しぶりに見る王を憧憬を込めたような目で見つめる。今朝謁見をしようとしたが、フォンテーヌ大臣に止められできなかった。もし謁見できていたら、今頃は違った結果になっていたのだろうか。
けれども、あそこで無理を通し、もし自分もウィンと同じように投獄されていたら、明日まったく動くことができなくなる。
それだけは避けなければならなかった。フォンテーヌ大臣とラ・クロワが暗躍していても、自分が隊長として自由に動ければいくらだって方法はある。
クリスはそう思って耐えていた。
「賢明なる諸姉諸兄よ、よくぞ集まってくれた。諸君の輝きこそが、我が王国の未来の安寧を約束するものである。明日からの開港祭で、海の果てまで届くポルトの威光を、明日からの交易の船に授けようではないか」
カルロスⅤ世がそう言うと、貴族たちが大いに沸く。すでに二十年の治世を数えるカルロスⅤ世は、若き日は自ら剣を取り先陣をとった武の王である。まだ40代の壮健な姿は、後の歴史家に賢王と呼ばれる資質があるとも言われている。
隣に座る王妃カタリナは、白銀色の髪をまとめ、カルロスⅤ世と年齢がかわらないはずなのに、より若く見える。背筋を伸ばし高貴な笑みを浮かべるその姿は、ララ王女とはまた違った大人の魅力に溢れている。
貴族の奥方たちが、うっとりとした目でカタリナ王妃を見つめている。王妃カタリナが使っているというだけで、国民の間の流行が変わるくらい、人気のある王妃だった。
「偉大なる王よ、記念すべき開港祭のこの佳き日に、お招き預かり至上の光栄に存じます。明日より深まる両国の新たな絆が、大海原のように深く、永遠に続くことを願っております」
皇太子が王の前で頭を垂れ、口上を述べる。
「海風を従える気高き王よ、お招きに深く感謝いたします。明日の開港祭で、両国の間に、決して枯れることのない友情の花を咲かせますよう、この佳き夜の調べに願いを託させていただきます」
続いて、ララ王女が同じく挨拶をする。
カルロスⅤ世は目を細め、微笑む。
「いやはや、心震える挨拶であったぞ。若き世代がこれほどまでに立派に育っているとは、両国の未来は明るい。皇太子の言う『両国の絆』、そして姫君が願う『決して枯れることのない友情の花』。これらすべてを、ポルティガを守る『ビッグウォール』に賭けて約束しよう。さあ、今宵は我が友として、この歓喜の夜のすべてを愉しむがよい」
深く響く声で、カルロスⅤ世が言う。皇太子とララ王女は恭しくお辞儀をし、その場を離れる。
皇太子はそのときに再びララを横目でじっくりと見つめたが、ララ王女は気が付かないふりをした。
前夜祭は、華々しく幕を閉じようとしていた。クリスは王が姿を見せてから、警備隊長としてさらに警戒の度合いを高める。
もちろん、何かが起こるとしたら明日12時からの開港祭式典の場であることはわかっていた。それでも、予想しないことが起こらないとも限らない。
現に、聖心教会は爆破され、司祭は退場した。
ウィンと出会い、第15隊に近付いた。
当初は、助祭が持っていたはずの<赤いネックレス>は、いまはフォンテーヌ大臣の手の中にある。
(……すべては明日、開港祭式典だな)
クリスはそんなふうに思うのだった。
皇太子のそばで、助祭が小声で話す。皇太子の背後にはイヴァースが控え、助祭の近くには彼を案内したクリスが立っている。先程、フォンテーヌ大臣、そしてエミール・ラ・クロワが近付いてきて、クリスがいるのも気にせずに皇太子に取り入ろうとしている。
皇太子は睨みつけるような視線を助祭に向ける。背の低い皇太子は、背の高い助祭を見上げることになる。下からでも射貫くような冷たい目である。
「首尾よく参りましたら、ぜひ辺境伯のお約束を……」
フォンテーヌがまた小声で皇太子に向かって言う。数少ないチャンスに、確約を取り付けようとしているかのようだった。
「わが国には、成功する作戦しかない。結果のみがすべてだ」
皇太子は、面倒くささを隠しもせずに言う。
(こんな場所で、こんな話をしているとはな……)
クリスは耳を澄まし話を聞きながら、そう思う。すでにフォンテーヌはクリスの前では、自らの野心を隠そうともしていない。たとえばこの場でクリスが裏切りを断罪したとしても、証拠も何もないことがよくわかっているのだろう。
下手なことを言えば、逆にクリスが犯罪人に仕立て上げられてしまうかもしれない。
そんな自信があるから、隠し立てもしていないのだろう。
(……やはり、明日の開港祭式典の現場で防ぐしかない)
クリスはそう思う。彼らが何らかの行動に出たところで、それを防ぐしか方法はない。そう思えた。
大広間では、楽団の音楽と、たくさんの人のざわめきが響いている。小声で話す話は、想像以上に遠くへは響かない。今この場所でも、他にも様々な秘密の話が繰り広げられているのだろう。
それが貴族たちの流儀でもあり、クリスが嫌悪するものでもあった。
「今回の作戦には、このラ・クロワ副隊長が尽力してくれましてな……成功した暁には……」
フォンテーヌ大臣が、隣にいるラ・クロワを推薦している。隊長である自分を通り越してだが、そのことにはクリスはもう何も感じない。
貴族の地位や金、そういったものが実力よりも先に立つ世界。
華やかに見える王城の中で、クリスが感じるのは孤独である。
(ウィンはいま、地下牢でどうしているのだろうか……)
クリスは一瞬、第15隊の平騎士であるウィン・カークライトのことを思い出す。一日一生懸命働いて、夜に仲間と冷えたエールを飲むだけでいい。そう話していた騎士。
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