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<34> 開港祭直前、暗雲立ち込める警備体制

「色々ありましたが、<赤>はフォンテーヌ外務大臣の手にあります。明日の開港祭式典で王妃が<青>を身に着けておりますので、計画通りに……」


 皇太子のそばで、助祭が小声で話す。皇太子の背後にはイヴァースが控え、助祭の近くにはクリスと、フォンテーヌ大臣、そしてエミール・ラ・クロワが立っている。


 皇太子は睨みつけるような視線を助祭に向ける。背の低い皇太子は、背の高い助祭を見上げることになる。下からでも射貫くような冷たい目である。


「首尾よく参りましたら、ぜひ辺境伯のお約束を……」


 フォンテーヌがまた小声で皇太子に向かって言う。数少ないチャンスに、確約を取り付けようとしているかのようだった。


「わが国には、成功する作戦しかない。結果のみがすべてだ」


 皇太子は、面倒くささを隠しもせずに言う。


(こんな場所で、こんな話をしているとはな……)


 クリスは耳を澄まし話を聞きながら、そう思う。すでにフォンテーヌはクリスの前では、自らの野心を隠そうともしていない。クリスにどうにかする力などないと思っているのだろう。


 楽団の音楽と、たくさんの人のざわめき、小声の話は、想像以上に遠くへは響かない。今この大広間でも、他にも様々な秘密の話が繰り広げられているのだろう。


 それが貴族たちの流儀でもあり、クリスが忌避するものでもあった。


「今回の作戦には、このラ・クロワ副隊長が尽力してくれましてな……成功した暁には……」


 フォンテーヌ大臣が、隣にいるラ・クロワを推薦している。


 隊長である自分を通り越してだが、そのことにはクリスはもう何も感じない。貴族の地位や金、そういったものが実力よりも先に立つ世界。


 華やかに見える王城の中で、クリスが感じるのは孤独である。


(ウィンはいま、地下牢でどうしているのだろうか……)


 クリスは一瞬、第15隊の平騎士であるウィン・カークライトのことを思い出す。一日一生懸命働いて、冷えたエールを飲むだけでいい。そう話していた騎士。


「どうなされたのですかな? 大丈夫ですか?」


 助祭が、その深淵な目でクリスを覗き込んでくる。心の奥底まで覗かれそうな感情の欠落した目。


「ええ……大丈夫です」


 クリスはそう答える。


 次の瞬間、ファンファーレが鳴り響き、「ポルト王の御成りぃーっ」というよく響く声が重なる。






 大広間の2階の扉から現れたポルト国王ファン・カルロスⅤ世と、ポルト王妃カタリナは、優雅で洗練された歩みでゆっくりと階段を下りてくる。会場にいる者が皆思わず目を離せないような吸引力がある。


(カルロス王……)


 クリスは、久しぶりに見る王を憧憬を込めたような目で見つめる。今朝謁見をしようとしたが、フォンテーヌ大臣に止められできなかった。


 もし謁見できていたら、今頃はどのような結果になっていたのだろうか。


 けれども、あそこで無理を通せば、ウィンもろとも投獄される可能性もあった。


 ただ、明日の開港祭に自由に動けること。フォンテーヌ大臣とラ・クロワがどれだけ暗躍していても、自分は自分の意思で動くことができること。


 それが重要だった。


「賢明なる諸姉諸兄よ、よくぞ集まってくれた。諸君の輝きこそが、我が王国の未来の安寧を約束するものである。明日からの開港祭で、海の果てまで届くポルトの威光を、海峡を行き交う多くの船に授けようではないか」


 カルロスⅤ世がそう言うと、貴族たちが大いに沸く。すでに二十年の治世を数えるカルロスⅤ世は、若き日は自ら剣を取り先陣を切った武の王である。まだ40代の壮健な姿は、後の歴史家に賢王と呼ばれる資質があるとも言われている。


 隣に座る王妃カタリナは、白銀色の髪をまとめ、カルロスⅤ世と年齢がかわらないはずなのに、より若く見える。背筋を伸ばし高貴な笑みを浮かべるその姿は、ララ王女とはまた違った大人の魅力に溢れている。


 貴族の奥方たちが、うっとりとした目でカタリナ王妃を見つめている。王妃カタリナが使っているというだけで、国民の間の流行が変わるくらい、人気のある王妃だった。


「偉大なる王よ、記念すべき開港祭のこの佳き日に、お招きにあずかり至上の光栄に存じます。明日より深まる両国の新たな絆が、大海原のように深く、永遠に続くことを願っております」


 皇太子が王の前で頭を垂れ、口上を述べる。


「海風を従える気高き王よ、お招きに深く感謝いたします。明日の開港祭で、両国の間に、決して枯れることのない友情の花を咲かせますよう、この佳き夜の調べに願いを託させていただきます」


 続いて、ララ王女が同じく挨拶をする。


 カルロスⅤ世は目を細め、微笑む。


「いやはや、心震える挨拶であったぞ。若き世代がこれほどまでに立派に育っているとは、両国の未来は明るい。皇太子の言う『両国の絆』、そして姫君が願う『決して枯れることのない友情の花』。これらすべてを、ポルティガを守る『ビッグウォール』に賭けて約束しよう。さあ、今宵は我が友として、この歓喜の夜のすべてを愉しむがよい」


 深く響く声で、カルロスⅤ世が言う。皇太子とララ王女は恭しくお辞儀をし、その場を離れる。


 皇太子はそのときに再びララを横目でじっくりと見つめたが、ララ王女は気が付かないふりをした。


 前夜祭は、華々しく幕を閉じようとしていた。クリスは王が姿を見せてから、警備隊長としてさらに警戒の度合いを高める。


 もちろん、何かが起こるとしたら明日12時からの開港祭式典の場であることはわかっていた。それでも、予想しないことが起こらないとも限らない。


 現に、聖心教会は爆破され、司祭は殺された。


 ウィンと出会い、第15隊に近付いた。


 当初は、助祭が持っていたはずの<赤いネックレス>は、いまはフォンテーヌ大臣の手の中にある。


「……すべては明日、開港祭式典だな」


 クリスは、小さく呟く。



【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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