<33> 夜の晩餐会
-ーポルティガ城、大広間。開港祭前日、19時。
先程港で演奏をしていた王国楽団は、場所を変え、ポルティガ城の大広間で演奏を続けていた。
楽団の見事な演奏に合わせて、紳士淑女が優雅なダンスを踊っている。大広間では、開港祭の前夜祭となる晩餐会が開かれていた。ポルティガ城の大広間は天井が高く、そこから大きなシャンデリア型の魔道ランプが吊り下がって、夜でも昼のような明るさである。
クリス・ハーグリーブズは、警備隊長としてこの晩餐会に参加していた。銀色の軽鎧を纏っている姿は、ドレスや燕尾服だらけのこの場では異質に見える。
(高位の貴族はほとんど参加しているな……)
クリスは周囲の警戒を怠らず、集中している。帝国の皇太子とシドニア王国の王女が来賓として来ている。警備隊長として、そんな中で何か事件を起こすわけにはいかなかった。
先程から、ポルト王国の多くの貴族たちが、帝国の皇太子や、シドニア王国のララ王女に挨拶をするために列をなしている。ララ王女は笑顔で応対し、皇太子は傲慢な表情で、まるで必死な陳情を無感情に跳ねのけているかのようである。
(両国の対応が、こうも違うとはな……)
クリスはそう思う。本来であればクリスもハーグリーブズ家の跡取りであり、燕尾服を着て舞踏会に参加する側だった。けれどもハーグリーブズ家はクリスがまだ小さかった頃に父親が投資に失敗し、身分こそ侯爵で高いが、財政は火の車だった。
騎士として活躍し、家にお金を入れる必要があった。だからこそクリスは誰よりも努力したし、結果として、最年少での騎士隊長の栄誉も叙することができた。
けれども、それだけでは足りず、クリスはいつも金策をしなければならなかった。父親や母親は見栄のために豪華な宝石や装飾品を買い続け、借金を重ねた。クリスが必死に稼ぐ給金だけでは到底賄いきれない金額。
エミール・ラ・クロワを副隊長にしているのも、父親の借金の相手が、ラ・クロワ伯爵だったからでもある。実力的にはとても副隊長とは言えないエミール・ラ・クロワを、副隊長にすることが返済猶予の条件だった。
「騎士としての実力がどんなにあっても、貴族としての実力がなければお辛いものですな、隊長殿」
エミール・ラ・クロワはクリスと二人きりのときによくそんなことを言った。本来は自分の方が隊長にふさわしい、彼はそう思っていて、お金を貸している側と借りている側の立場を、執拗にちらつかせてきた。
それでも、クリスは国のために、国民のために身を捧げることで、いつかすべてが報われると信じていた。
隊長とは言え、クリスはまだ22歳だった。そんな願望を持ってしまうのも、どこかでは当然だった。
しかし、もがけばもがくほど底なし沼にゆっくりと沈んでいくように、クリスは何をしても足元から深く沈み込んでいくような気がするのだった。
「……騎士様?」
ふいに話しかけられ、クリスはふっと我に返る。
「失礼しました……あぁ、助祭様?」
クリスの前には、聖心教会の助祭が立っていた。身長が高く、聖心教会のローブを纏っている姿は、武人が聖職者の恰好をして変装しているかのようにも見える。
「今宵は、わが教会の発祥の地である帝国の皇太子様がお見えになっております。ポルト王国の貴族様がとても多く並んでいるため、ぜひ皇太子さまのところまでご案内していただければと……」
助祭はそう言った。貴族だらけの環境の中では、中々お目通りしにくいようだった。
「承知いたしました。こちらでどうぞ……」
クリスは微笑むと、助祭を案内する。
「シドニアの真珠との評判、我が国にも届いておりますぞ」
「ぜひわが子と一度お茶会でも……」
たくさんの貴族たちとの挨拶。多くの名前を覚え、話の内容を記憶する。自国でも他国でも、何度となく繰り返されてきたやり取り。
シドニア王国の王女であるララ・シドニアは、父の名代としてポルト王国を訪れていた。王女としての務めを果たすために、笑顔を振りまきながら、如才ない対応を続けている。
(明日は、歴史に名高い時計塔をしっかり見られるといいのだけれど……)
ララはそんなことを思っている。船の上から、大広場の中央に聳える時計塔を遠くに見ることができた。歴史書で聖女と『ビッグウォール』についての古の伝承を読んだときから、一度この目で見てみたい場所だった。
「はい、ポルト王国にははじめて訪問いたしましたが、本当に素敵な国ですわ。名高い開港祭に訪れることができて、本当に楽しみにしておりますわ」
ララはそう言って目の前の貴族に向かって笑いかける。
子供の頃から本が好きだった。世界の様々な場所について書かれた本を読み、いつか訪れてみたいと思っていた。けれども一国の姫という立場から、遠くの国に行く機会は中々なかった。
だから、ララは今回のポルト訪問を楽しみにしていたのである。
「ララ王女は、開港祭の謂れをご存じですかな?」
初老の貴族がそう問いかけてくる。
「開港祭は古の聖女が施した『ビッグウォール』に感謝を捧げ、『ビッグウォール』のおかげで港町として栄えていることに感謝をするお祭りだと伺っています」
「さすがララ王女、博識でいらっしゃる」
自国の祭りについて詳しく知っていてくれていることに相好を崩し、初老の貴族は満足げに微笑む。
「アルサール海峡を安全に航行できるのも、『ビッグウォール』のおかげなのじゃ」
初老の貴族が言う。
アルサール海峡は、西の大西海と、地中内海を繋ぐわずか14㎞の海峡である。
「シドニア王国も、アルサール海峡が安全だからこそ、大西海との貿易の恩恵を受けております」
ララは言う。
ポルティガの街が平和で守られていることが、地中内海に面する国々にとって、生命線ともいえる重要なポイントだった。シドニア王国もアルサール海峡が平和でなければ、陸路でしか貿易ができず、大層な不便を強いられる。
シドニアの王女として、その場所をこの目で見てくることには意味があることだと思っていた。
(……それに、帝国の皇太子や三大将をこの目で見ることができるのも、貴重な場ですわ)
ララはそう思う。ポルト王国同様に、シドニア王国も帝国と隣接している。半島の約西半分を領土に持つポルト王国を、帝国とシドニア王国で蓋をしているような地理関係となっている。
帝国は大陸を代表する大国であり、いまはどことも戦争をしていないが、十数年前は北東で激しい戦争を重ね、積極的に領土を拡大していた。
その帝国の重要人物をこの目で見ることができるのは、小国の王族であるララにとっては、重要な目的の一つでもあったのだ。
ララは視線を皇太子の方に向ける。先程から、何度か皇太子から値踏みをするような視線を向けられていた。目が合うとララ王女は柔和に微笑むのだったが、薄気味悪い半笑いを浮かべてくる視線は、あまり感じの良いものではなかった。
皇太子の斜め後ろには三大将の一人、炎のイヴァースと呼ばれる将軍が立っている。イヴァースは無言で立っているだけだが、その威圧的な雰囲気に気圧されている者ばかりである。
皇太子は、ポルト王国のフォンテーヌ外務大臣と、騎士たち、そして聖心教会のローブをきた男と話しているようだった。
(……帝国と言えば、聖心教会だものね)
その立場から好奇心旺盛な少女ではいられないララ・シドニアは、彼女の戦いの場である晩餐会で、最大限の情報収集を続けているのだった。
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