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<31> シドニアの真珠

 ーー開港祭前日、午後3時。ポルティガ港。


 ポルト王国楽団の華やかな演奏に、人々の楽し気な歓声が重なる。港に停泊中のポルトの船のマストには、色とりどりの国旗が掲げられ、潮風を受けてはためいている。


 青空と遠くの白い入道雲は、その先にある断崖絶壁と、その上に広がる<魔の森>の昏さを今ひと時だけ忘れさせてくれるように見える。


 お祭りムードは最高潮に達していた。


 ポルティガ港に停泊した白い大型船から、護衛に囲まれた一人の女性がゆっくりと降りてくる。楽団は彼女の来訪を歓迎し音楽を奏で、多くの国民や観光客たちが彼女を一目見ようと、身を乗り出している。


 サテン織の白い生地に、水色の光沢糸のラインが入ったドレスを纏い、控えめながら多くの宝石をつけたティアラをかぶっている女性は、ポルト王国の隣国であるシドニア王国の姫君、ララ・シドニア王女である。


 ララは長い金髪をアップに結い、色白の頬には少しだけ紅をさしている。歓迎に応えるように、歩きながら右手を挙げて小さく手を振っている。


「シドニアの真珠『ララ』様だわ」


「お美しい……」


「気品に溢れているわ」


「でもまだかわいらしさも残っているわね」


 港までやってきた人々は、口々にララ・シドニアについて話している。ポルト王国は半島の先で2つの国に接しており、北側は帝国、東側がシドニア王国である。5年に一度の開港祭のために、隣国である両国から来賓が来ることになっていた。


 シドニア王国は、ララ王女を遣わしていたのである。


(あれが噂のシドニアの姫君か。この間成人したばかりという話を聞いたから、20歳ってことか。その割には随分と大人びているな……)


 歓迎する人々の間でそう呟くのは、ウィンの従者ハックである。背の低いハックは、たくさんの人の隙間から覗き見るような形でララ王女の姿を見る。


 ハックは様々な場所に立ち寄った後、ポルティガ港に来ていた。


 港に降り立ったララ王女は、フォンテーヌ外務大臣の歓迎を受けている。恭しくお辞儀をするフォンテーヌに向かって、ララ王女は丁寧なお辞儀を返す。その美しい所作は見るものを感嘆させる。


 ララ王女はシドニアの騎士たちを引き連れており、その警備体制は万全である。ポルト王国側も第7騎士隊を中心に警備の騎士たちが周囲を固め、万が一がないように警備をしている。


 第7隊隊長であるクリスが、ララ王女を馬車まで案内しようとする。


「クリス様よ」


「素敵、美男美女よね」


 港にいる女性たちが、そう褒めそやす。クリスは最年少隊長として国民の人気が高い。顔立ちの整ったクリスと、ララ王女は、身長の差もすべてが、並ぶとお似合いに見えた。


 まるで親同士が決めた許嫁のようである。


(さすが様になるね)


 ハックも感心してそう思う。


 すると、横からやってきたエミール・ラ・クロワが、クリスを差し置いてララ王女を馬車の方へ案内しだす。クリスは一瞬表情を変えたが、すぐに一歩下がり、フォンテーヌ大臣の元に留まる。


(あれが第7隊の副隊長か……なんだかいやらしい男だな)


 ハックは、そう毒づく。


 ララ王女の隣で、エミール・ラ・クロワは締まりのない笑顔を見せながら、何やら必死に話しかけている。ララ王女は柔和な笑みを絶やさずに、受け答えを続けている。


(王族って、大変だ。あんな輩にも話を合わせなきゃならないんだからな)


 ハックは自分は気楽な身分でよかったと思う。特に、主人のウィンは、貴族であるのにまったく偉ぶったところもなく、自由にさせてくれている。


(ま、いまはウィン様が自由の身じゃないから、オレがしっかりと動かないとな)


 ハックはポルティガ城の地下に投獄中のウィンのことを考える。ハックがウィンに最後に会ったのは、今朝の第15隊の騎士館のウィンの部屋だった。


 騎士たちは、騎士館の中に仮眠のための小さな各自の部屋を与えられている。ハックは、ウィンが聖心教会に潜入するためのローブを渡したときに、今晩は騎士館のウィンの部屋で待っているようにと言われていた。


 従者として日常的に騎士館に出入りしていたハックだったが、最初は何のためにと思っていた。ただ、主人であるウィンの命令なのでその部屋で待っていると、夜明けになって短い時間だけウィンが帰ってきた。


 本当に短い、ごくわずかな時間。


 ウィンはそのときにいくつかのことをハックに伝え、頼んだ。


「おそらく俺は、ポルティガ城の地下牢に入れられる。だから、今から言うことを確認しておいてほしい」


 ウィンは確かにそう言った。「え? 一体なぜ?」とハックは思ったが、ウィンはいつもそんなふうに物事を見通しているようなところがあった。


 そしていま、ウィンは地下牢に囚われている。


(ウィン様の言った通りだと、本当にとんでもないことになるしな……)


 ハックは周囲の人たちの祭りを楽しもうとする様子を見回す。頭の中に浮かんでいるウィンの言葉と、開港祭前日の陽気な空気を、頭の中で反芻する。


 ララ王女はポルト王国が用意した豪奢な馬車に乗り込み、ポルティガ城の方角に向かって行った。


 ララ王女が港にいたのはわずかな時間だったが、それでもその姿を一目見ようと多くの人が集まっていた。明日の開港祭の開始に向けて、お祭りムードは絶好調になっていた。


 しかし、次の瞬間、空に向かって空砲が撃たれる音が響き渡る。


「きゃあぁっ!!」


 港にいる人々はふいに響き割った轟音に、思わず驚きの声を上げる。


「あれは何っ!」


「……帝国の船だわ」


 ポルティガ港にいる観客たちは、その船の姿を見て、思わず後ろに後ずさる。


 港に停泊する多くの船が、進路を開くためにゆっくりと横に広がっていく。波が高くうねり、その空いたスペースの空気を音を立てて引き裂くように、ゆっくりと前進してくる。

 

 船は間を置かずに空砲をさらに二度撃ち上げる。


 空気が震えるような振動。


 そこに現れた黒鉄の大型装甲船は、帝国の誇る軍艦の一隻である。何門もの大砲を備えた、まるで「動く要塞」のような禍々しい軍艦。


 帝国が誇る「動く要塞」は、半島の西側をぐるっと回り込み、アルサール海峡からポルティガの街に向かってきたのである。


【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

お好みのプラットフォームでお楽しみください。


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