<29 > 地上の従者と、地下の主人
開港祭前日12時ーー
聖心教会の前に集まるやじ馬たちの中に、ウィンの従者であるハックが立っている。
ハックは背が低いため、背伸びして人垣の間から、ジャンプをするようにして様子を見ている。
その姿は、少しやんちゃな少年のようにも見える。
「昨夜の爆発見たか? すごい音だったな」
「なんでも、司祭様が第15隊の騎士に殺されたらしいって……」
「仲間の第15隊もまだ捕まっていないんだってよ。発見したら通報してくれってお触れが回っているな」
「明日開港祭だっていうのに……祭りは開催されるのか?」
皆が思い思いに会話を続けているのを聞きながら、ハックは人の隙間を縫って一番前に出る。
(どれどれ……?)
ハックの目の前には、上のドーム部分が大きく崩れた聖心教会が見えている。通りと教会の間にはロープが張られており、それ以上中には入れないようになっている。ロープの手前にはステンドグラスの欠片が散乱し、正午の日差しを浴びて乱反射している。
「僧兵さんたちも大変ねえ……」
「爆発なんて本当に物騒だわ」
近くに立っている女性が隣の女性とそう話している。
ロープの向こう側では、聖心教会の僧兵たちがローブ姿のまま爆発の後片付けをしている。長い木の箒を手に汚れを落としている者、複数人で協力して瓦礫を運び、積み上げている者……爆発で崩れてしまった教会を復興するために、多くの僧兵たちが忙しそうに立ち動いている。
「ねえねえ」
ハックは近くにいるやじ馬の一人に話しかける。
「おう、どうした?」
「これって、本当に第15隊の騎士様がやったの? ポルト騎士団が聖心教会の司祭様を殺すなんて、何でなの?」
「さあな。俺たちにもわかんねえよ。ただ、第7騎士団はじめ多くの人がそう言っているから、俺らもそうなんだって思っているだけさ」
「でもよ、そもそも、第15隊がそんなことするか? 変人が多い部隊だって話だけど、あいつらは街のためにいつも頑張っていた。とても司祭殺しをして、皆で雲隠れなんて感じじゃないぜ」
別の男がそう話に入ってくる。
「そうだよね。第15隊がそんなことをする理由なんて見当もつかないや」
ハックは両手を上げて後頭部に持ってきてから、そんなふうに言う。
「そうだよ。それより、怪しいなら聖心教会の方がよっぽど怪しいって」
隣の男がそう続ける。
「聖心教会は帝国の出先機関って言われているくらいだし、司祭を殺して得するのなんて、案外身内の犯行かもな」
「そりゃあひでえ話だな」
「もしもの話だって」
ハックは話が盛り上がっている二人から離れる。
右手の人差し指を顎に軽く当てて、少しだけ考えるようなそぶりを見せる。
(本当にウィン様の言っていた通りになってる……ウィン様の状況を隠れ家に伝えに行かないとな……)
ハックはそこにいた誰にも気が付かれずに、いつの間にか人ごみに紛れて消えていくのだった。
ーー開港祭前日、12時。ポルティガ城、地下独房。
(さすがに牢にぶち込まれたのははじめてだな……)
ウィンは牢屋の冷たい壁に寄りかかり、周囲を見渡して様子を伺う。
ウィンが放り込まれたのは独房であり、寝台を2つ並べたら一杯になりそうな狭さだった。地下にあるので窓もなく、薄暗い。通路にある魔導ランプの明かりが消えてしまえば、一瞬で漆黒の闇が訪れるだろう。
ほのかにつんと鼻にくる、黴のような湿った臭いがする。
長い歴史のなかでゆっくりと壁に染み込み、取れなくなってしまった臭いのように感じられる。
鉄格子越しには細い通路を挟んで、誰もいない独房が見えている。
(……ソフィアは大丈夫だろうか?)
鉄格子越しに左右を見てみると、通路の左右に同じような独房が続いている。左手に木の扉が見えており、先程ウィンはそこから連れてこられた。
一階分の階段があり、その先には看守たちの部屋があった。ウィンとソフィアはその部屋を通って地下牢に連れてこられていた。
ソフィアは、ウィンの独房よりさらに奥まったところに入れられていた。お互いが見えないようにするためなのか、近くの独房には入れられなかった。
他の人の気配はない。王城の地下の牢屋である。街の牢屋と異なり、頻繁に誰かが入れられるような場所ではないのだろう。
空気が淀んでいるように感じられるのは、そのせいなのだろうか。
「ウィン様、起きていますか?」
通路の先から、ソフィアの声が聞こえる。薄暗い闇のなかで、すでに懐かしさすら感じられる声。
「ああ、起きてるよ。この暗さだとすぐに眠れそうだが」
ウィンはそう軽口を叩いてみせる。ソフィアの不安を少しでも薄めてあげたかったのだ。
「……さっきの大臣は、帝国と繋がっているのでしょうか」
「この時間で話が完全に通っていることからも間違いないだろうな」
ウィンは言う。聖心教会が爆破されたのは、深夜0時過ぎである。ウィン達がポルティガ城に到着した午前7時過ぎに待ち構えているなど、普通では考えられない。
深夜の間に聖心教会側から手が回され、打ち合わせをした結果だろう。
第15隊が打ち合わせをしたように。
「ネックレスを……奪われてしまいました」
ソフィアの悔しそうな声が薄闇の中に積み重なっていく。命を懸けて教会から運び、ウィンに手渡すことになった<赤いネックレス>が、巡り巡って帝国に近いフォンテーヌ大臣の手に落ちてしまったのだ。
ソフィアの後悔は大きなものだったろう。
「……まだ<青いネックレス>がある」
ウィンは言う。ソフィアが説明してくれた2つのネックレス。その一つは城の宝物庫にあるのだ。
「はい、でも<青いネックレス>は、明日の開港祭の式典で王妃様が身につけられる予定だと……」
「クリス隊長が警備をすると言ってくれていた」
ウィンは言う。すれ違いざまにクリスはそう言った。大臣に言い分を否定されたことからも、王への事前の謁見は叶わないだろう。
だからこそクリスはまだ自分は隊長だと言ったのだし、第7隊は開港祭の警備の責任部隊である。
隊長の権限で王妃の<青いネックレス>は守り抜くという意思だったのだろう。
「でも、クリス様だけでは……」
ソフィアの声が不安そうに響く。
「ああ、大臣たちは邪魔をしてくるだろうな。さっきの様子だと、副隊長までがクリスではなく、大臣側についているようだった」
その中で、自分の意志を貫き通すことが簡単であるはずがない。
「はい、大丈夫でしょうか……」
「もちろん、クリス隊長は天才だ。何しろ最年少の22歳で隊長になったのだからな。俺が同じ年の頃は仕事終わりの冷えたエールしか楽しみがなかった」
もし第15隊の仲間がいたら、それは今もだろうと突っ込まれたことだろう。ソフィアはもちろん何も言わない。
「……クリス隊長を、一人で戦わせるわけにはいかない」
だからウィンはそう言った。言葉に出すと、その言葉は確固とした輪郭を持つ塊になった気がした。
足を引っ張ろうとする身内に引きずられながら、それでもクリスは己の正義を貫こうとしている。
ポルティガを守るために。
それは、ウィンも同じだった。
それならば、共闘する必要がある。ウィンもこんな地下の牢屋でなく、ポルティガ大広場の開港祭の場にいなければならない。
「こんな場所に長くいるわけにはいかない」
「でもどうしたら……」
ソフィアが不安そうに言うのと、木の扉が開く音が地下牢中に響き渡るのはほぼ同時だった。
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