<28> 真実と、貴族の論理と
「ラ・クロワ副隊長、これは一体どういうことだっ!」
ラ・クロワたちと、ウィンたちとの間に立ったクリスはそう叫ぶと、エミール・ラ・クロワを睨みつける。
「私はアナタがどこかに消えている間に、この大罪人を確保していたのですよっ!」
エミール・ラ・クロワはそう言い返す。副隊長が隊長に言い返すことなどなかなかない。
「大罪人?」
「そこにいる落ちこぼれ部隊の騎士と、教会から聖遺物を盗み出したシスターのことですよっ」
「聖遺物?」
クリスはそう言うと、大臣の手に握られている〈赤いネックレス〉に驚きの表情を見せる。
「ラ・クロワ副隊長。貴殿の言っている意味が分からないのだが。この2人は私が連れてきた客人だ。いまも王への謁見をお願いしてきたところだ」
「……それはどういう意味ですかな」
フォンテーヌ大臣が言う。
「な、フォンテーヌ大臣……」
クリスはフォンテーヌの姿にいま気付いたというように驚く。まさか外務大臣がいるとは思っていなかったのだ。
「シスターは、帝国がポルティガを陥れようとしている計画について教えてくれたのです。王に伝えるために、手伝ってくれた第15隊の騎士であるウィンと一緒に来たのです」
「……ほう。最年少隊長であられるクリス隊長としては珍しいことじゃな」
フォンテーヌはそう言うと、細い目をさらに細める。
「どうやら、クリス隊長はこのシスターと騎士が言っていることが妄言だと言うことを、看破することはできなかったと見られる」
「何を言うのですか? シスターは、自ら危険を顧みず赤いネックレスを手に入れてくれたのですよ」
クリスがフォンテーヌに向かって言う。クリスの端正な顔に微かに朱色が混じる。大臣に向かって意見することなど通常は許されていない。
けれどもクリスは自らの正義から、そう具申する。
「だーかーらーっ!」
ふいに部屋中を包み込むような大きな声が響く。今まで落ち着いた声で話していたフォンテーヌが大声を挙げたのだ。エミール・ラ・クロワがその声の大きさに驚き、フォンテーヌ大臣の影に隠れるように一歩下がる。
「道理もわからぬ青二才が、勝手なことをほざくでない」
フォンテーヌが一歩前に進むと、背の高いクリスに向かって下から突き上げるように言う。
「お主は、聖心教会の助祭の言葉と、聖遺物を盗んだシスターの言葉の、どちらを信じるというのだ? しかも、そこにいる手伝ったという第15隊の騎士は、司祭を殺害し、聖心教会の爆破までしたというポルティガの歴史に残るような大罪人であるぞ。クリス隊長、お主は、その、大罪人たちの味方をするというのかっ!」
フォンテーヌはそうまくし立てると、細い目をきっと見開き、クリスを睨みつける。そして、視線を外さない。
「しかし……」
「しかしとは何だあっ!! 青二才め、お主の答えが、ポルト王国と帝国の間に深いくさびを打つことになるのだぞっ!!」
フォンテーヌはそう叫ぶと、右手の掌でクリスの銀鎧の胸の部分を強く押す。大臣の力くらいではクリスはほとんど動かなかったが、それでも大臣のあまりの剣幕に、クリスは驚きのあまり表情を失う。
「この国の大臣は、自国の騎士の証言より、聖心教会の助祭の言葉を信じるんだな」
拘束されたままのウィンが言う。
「罪人の言葉など聞く価値もないっ!」
フォンテーヌはそう言い放つと、再びクリスを見る。
「やはり、青二才にはまだ隊長は早かったようだな。家柄もよく、経験もあるエミール・ラ・クロワの方が隊長にふさわしいようだな」
「おおっ、フォンテーヌ様っ、ありがたきお言葉」
フォンテーヌの後ろに隠れていたエミール・ラ・クロワが喜びを隠さず、慇懃にへりくだって言う。
「まあよい。盗まれていた〈赤いネックレス〉も無事取り返し、大罪人も逮捕した。王もお喜びになることだろう。さあ、大罪人どもを牢まで連れていけっ!」
フォンテーヌは騎士たちに向かって指示を出す。
「ほらっ、行くぞっ」
騎士たちがウィンとソフィアを連行しようとする。
「すまない……でも私はまだ隊長だ。大広場の警備で、何としても帝国の計画を阻止して見せる」
クリスはウィンがすれ違う時に、小声でウィンにそう言う。ウィンはクリスを見て、小さく頷く。
(……真実よりも、貴族の論理が勝ってしまうというわけだ)
ウィンはそう思う。クリスは抵抗してくれた。けれども権力という高い壁は、『ビッグウォール』とはまた違った意味で、目に見えない壁になっている。
「お前の掃きだめ仲間の第15隊の連中も、今頃我々第7隊の騎士に囲まれ、一斉検挙されていることだろうよ!」
ウィンとのすれ違いざまに、エミール・ラ・クロワが高笑いする。
「牢屋の中で、皆で傷を嘗めあうがいいっ!」
ウィンは、エミール・ラ・クロワの言葉には返事もしない。
(ったく、大臣の後ろからしか叫べないのかよ……いずれにしても、猶予が、どれほどあるかだな)
ウィンはそう呟く。ウィンはクリスのことも、フォンテーヌのことも、もちろんエミール・ラ・クロワのことももう見てはいなかった。
今のこの部屋で起こった出来事を、頭の中で様々な線で繋げていこうとしていた。
ウィンの横では、ソフィアが不安そうな表情で動揺していた。連行されるまま、自分の無力を呪っているかのようだった。
「ソフィア……大丈夫だ。大丈夫だから。安心してくれ」
ウィンはソフィアを落ち着かせようと、そう繰り返す。
「ウィン様……」
ともに拘束されている2人が一瞬見つめ合い、第7隊の騎士たちによって引き離される。
そして、ウィン・カークライトとシスター・ソフィアは、ポルティガ城地下にある牢に投獄されたのである。
--第15隊騎士館前--
午前7時。ウィンたちがエミール・ラ・クロワたちと対面していたのと同じ時間、第15隊の騎士館を多数の騎士たちが取り囲んでいた。
よく晴れた初夏の朝の牧歌的な青空と、影のようにうごめく騎士たちが対照的に見える。朝の仕事に備えて舗道を歩いている市民たちは、一体何事なのだと怪訝そうに騎士たちを遠巻きに見つめている。
「総員、配置につけ。敵は第15隊といえども騎士である。侮ってはいけない」
この部隊のリーダー格の男が隊員たちを見回してそう言う。第7隊の騎士たちのほかに、街の警備隊も多数引き連れている。いくらこちらに大義名分があるとしても、相手が抵抗しないとも限らない。
そして抵抗するとしたら、同じ騎士隊である分やっかいなはずだった。
「……本当に、第15隊が昨晩の聖心教会の司祭殺しと爆破に関わっているのでしょうか」
騎士の一人がそう訊ねる。まさか同じポルト騎士団に所属する騎士たちが、そのようなことを起こすとは最初は信じられなかった。
「私もわからん。ただ、ラ・クロワ副隊長からの命令である。聖心教会だから帝国も絡んでおり、フォンテーヌ大臣もこの件は最優先で対処するようにと指示をいただいているそうだ」
「そうなんですね。クリス隊長は?」
「クリス隊長は不在で、ラ・クロワ様が代行で命令を出された」
「なるほど……」
騎士は何か思うところがあるようだったが、それでも再び正面の騎士館を見つめる。騎士として、隊長や副隊長の命令を真摯に実行するだけである。
街には朝の雑多な生活の音が空気に紛れているが、集中するとすべての音が消えていくような気がする。
「総員、突入--」
リーダー格の騎士が叫ぶと、騎士隊は一斉に騎士館に突入する。扉が開く音、廊下を走る音、また扉を開ける音--様々な音が一斉に各所で起こる。
国賊とさえ言われている第15隊を、エリートの集まりである我々第7隊が検挙するのだ。リーダー格の男はそんなことを思う。
やがて、突入していった騎士たちが、突入した場所から戻ってくる。
「どうした? 何があった?」
リーダー格の男が怪訝そうな表情でそう訊ねる。
正門から戻ってきた騎士の一人が、息を切らしながら言う。
「……だ、誰もいませんっ。人っ子一人いません。この騎士館は完全に無人ですっ!」
「な、なにぃ! そんなことはあるものか。我々は急襲してきたんだぞっ! 事前に脱出するなど、できるはずがないっ!」
「しかし、本当に、誰もいないのですっ!」
騎士は再び、リーダー格の騎士を落ち着かせ納得させるために言葉を重ねる。
ウィンは投獄された。
しかし、第15隊の仲間たちは、捕まることなく、どこかに消えたのである。
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