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<26> 巻き込まれ騎士の理由

 馬車はポルティガ城の門の前で一度停まる。


(近くで見るとやはり大きいな)


 ウィンは馬車の窓を開けて、顔を少し出して正面にそびえるポルティガ城を見る。ポルト王国の王城であり、歴史ある古都の象徴。


 華美な装飾を抑えた質実剛健な城でありながら、歴史の重みから溢れる優美さが同居している。


 他国から来た観光客は、ポルティガ城を遠くから見つめ、その雄大さにため息をつく。


 世界の果ての都と呼ばれ、<魔の森>に隣接する街の住人たちが見上げると、どこか安心できるような大きく美しい城。


 それがポルティガ城だった。


「ああ、早朝からすまないが、火急の用なのだ」


 クリスが門番に話しかけている。いくつかのやりとりの後、大きな門が長い眠りから起こされたかのようにゆっくりと開く。


 時間差で軋む音が聞こえてくる。


 門の先には橋があり、城を囲む濠を渡っていくことになる。


 その濠が、侵入者を簡単に城へ寄せ付けないための水の壁になっている。


「ポルティガ城に入るのははじめてです……」


 緊張した面持ちでソフィアが言う。城に到着する少し前にソフィアは目を覚ましていた。起きてすぐに「すみません。私だけ眠ってしまっていて……」と恐縮していた。


「王との謁見まで緊張するでしょうから、眠れるときに眠っておいた方がよかったですよ」


 クリスはそう言って、気にしないようにとフォローしていた。


(さすがクリス隊長)


 ウィンは馬車の中で何度思ったかわからないことを再び思う。


(それにしても、昨晩から、本当に目まぐるしいな……)


 ウィンは城を見上げる。聖心教会からソフィアを救い出し、追手から逃げて、今はクリスとともにそのソフィアを連れてポルティガ城に来ている。


 その一連の経緯は実際に起こったことなのに、どこか現実味がない。





 ウィンとソフィアは広い城内をクリスに連れられて歩いていく。ウィンもポルティガ城に来たことは数回しかない。ソフィアと一緒にきょろきょろと廊下や天井を眺めていた。


 廊下の途中にある、広い待合室に通された。


 意匠性の高いソファーやテーブルが置かれた待合室は、上質な空気に覆われており、ウィンにとってはあまり落ち着く場所ではなかった。


「では、手続きをしてくるので、この部屋で待っていてくれ」


 王へのお目通りを願うために、クリスは部屋を出ていった。


 部屋にはウィンとソフィアの2人が残された。


「ウィン様は城には何度か来たことがあるのですか?」


「いや、ほとんどないさ。一介の平騎士が城に来ることなんて、まずないからな。年に一度、各隊が新年の挨拶に登城するときくらいかな」


「そうなのですね。私もポルティガに来て2年になりますが、今日がはじめてです」


 ソフィアはそう言うと、緊張を解こうとするように微笑む。


「はじめての登城が、王様に国の危機を伝える謁見になるなんて思ってもみませんでしたけど」


「予想もしてなかったことが当たり前に起こる。それが人生なんだって、俺は思うことにしてるよ」


「達観されているのですね」


「俺は『巻き込まれのウィン』と呼ばれているんだ。不思議だが、なぜか、いつも、様々なことに巻き込まれる」


 ウィンが言うと、ソフィアは目を丸くする。


「不思議だと、思っていらっしゃるのですか?」


「ああ、なんて星のもとに生まれたんだって、いつも嘆いているくらいだ」


「ふふっ」


 ソフィアは微笑む。ウィンはなぜ笑うのだというように、怪訝そうにソフィアを見る。


「ウィン様が巻き込まれるのは必然ですわ」


「……必然?」


「だって、ウィン様はいつも誰かのために動いてくれる。今回だって、身の危険を顧みず、私を救ってくれました。誰にもできることではありません。でも、だからこそ巻き込まれてしまう。そういうことですわ」


 ソフィアはそんなこともわからないのですかというように、微笑む。


「……困っている人を助けるのは、ポルト騎士団の大事な教えだからさ。この国が建国された遥か昔から、そうやって繋いできている」


「ふふ、ウィン様のような騎士がいるこの国は、とてもいい国ですね」


 ソフィアはそう言ってウィンを見つめ微笑む。亜麻色の髪に淡い青色の瞳。


 その瞳で見つめられると、ウィンはなぜかすべてを見透かされているような気持ちになるのだった。


「クリス隊長、遅いな」


 ウィンがごまかすようにそう言うのと、ドタドタと歩いてくる音が響くのはほぼ同時だった。



 待合室の扉が激しい音を立てて開かれる。


 大きな靴音とともにたくさんの男達が部屋の中に入ってくる。


 その先頭に立っているのは、第7隊副隊長――エミール・ラ・クロワだった。他の隊員たちと異なり、豪華な紋章などがついた軽鎧を身に纏っている。


(この間と違う紋章じゃないか。こんなに趣味の悪い装飾を、一体どこから探してきたんだよ)


「また会ったな。ウィン・カークライトっ! 私は最初からそう思っていたよ。お前はとんでもないことをしでかす奴だとなっ!」


 神経質そうに叫ぶエミール・ラ・クロワは、興奮のあまり小刻みに体が震えている。第7隊の騎士館での事情聴取のときもそうだったが、失礼が軽鎧を着ているような男だ。


「とんでもないこと?」


 事情が呑み込めず、ウィンはそう聞き返す。王に謁見して帝国の計画を伝え、対策をとってもらう。そのために王城まで来たのだ。突然現れたこの副隊長は一体何を言っているのだ?


「ウィン・カークライトっ!! お前を聖心教会の司祭殺しと、教会爆破による罪で投獄するっ!!」


 右手を天に向かって掲げながら、エミール・ラ・クロワがそう叫んだ。






<27> 仕組まれた罪、遮られた言葉


 エミール・ラ・クロワの断罪の声に合わせて、部下の騎士たちがウィンを取り囲む。ウィンを押して、後ろ手にロープを縛る。


「シスター・ソフィアっ!! お前も聖遺物を盗んだ罪で投獄だっ!!」


 エミール・ラ・クロワは投獄という言葉に愉悦を感じているのか、どこか感極まったような表情を見せている。


「きゃっ」


 ウィンとソフィアは騎士たちに囲まれ、拘束される。


「……司祭殺し?」


 ウィンは言う。


「そうだっ! 証拠は上がっているのだ。助祭様は、第15隊の騎士が深夜に聖心教会に忍び込み、司祭様を殺し、教会を爆破し、逃走したとなっ!」


 ウィンは事実と異なる話を、さも真実であるかのように語るエミール・ラ・クロワを冷徹に見つめながら、助祭と――聖心教会、つまり帝国と何らかの繋がりがあるのかと考える。


(想像以上に、早い動きだな)


 ウィンはそんなふうに思う。まだ朝の7時にもなっていない。まるで待ち構えていたかのように、こんな時間に雁首を揃えている。


「ウィン様は司祭様を殺したりなんかしていません。司祭様を殺したのは助祭です」


「えぇぃっ! 何という妄言をっ!! 恥を知れっ!! 助祭様は、気がふれたシスターが、教会に伝わる聖遺物の<赤いネックレス>を盗んで逃走したと話しておるっ」


 エミール・ラ・クロワはまるで自分が演劇の主演俳優でもあるかのように、部屋の中で大きな声を出している。


 ソフィアは、自分の訴えがまったく聞き入れられないことに絶望の表情を見せる。


「……俺は司祭を殺してはいない。証拠もないだろう? いつからポルト王国は証拠がない者を投獄するような国になったんだ?」


 ウィンは落ち着いた低い声で言う。


「しょ、証拠ならあがっておるっ! 助祭様とたくさんの僧兵が証言しているんだぞ。言い逃れはできないっ!」


「司祭様を殺したのは助祭ですっ」


 ソフィアが再び声を張り上げて言う。ウィンは不利な状況下でもそう言ってくれるソフィアに申し訳なさそうな表情を見せる。


「ええぃ、貴重な聖遺物を盗んだ大罪人の言う事と、大事な隣国の教会の助祭様の言う事、どちらが正しいか聞くまでもないっ!」


 エミール・ラ・クロワはそう言い放つと、ソフィアの頬を叩こうと右手を激しく振る。


 室内に鈍くはじけるような音が響く。


「あぁ……ウィン様」


 ソフィアがか細い声で言う。


 拘束されたままのウィンが踏み込み、ソフィアをかばったのだ。エミール・ラ・クロワの平手打ちがウィンの左頬に激しく打ち付けられる。


「き、貴様ぁ、ナ、ナイト気取りかっ!」


「……俺は騎士なんでね」


 ウィンはエミール・ラ・クロワを見つめて言う。落ち着いた口調だった。投獄の宣言にも動じない第15隊の平騎士に、エミール・ラ・クロワは半歩後ずさる。


「ウィンとやら、お主のやったことはこの国の平和を打ち破る大罪であるぞ」


 低く迫力のある言葉とともに、一人の初老の男が部屋に入ってくる。


 朱色の文官着を纏い文官帽をかぶった男は、その人を射抜くような怜悧な細い目をウィンとソフィアに向ける。恰幅がよく、背はそれほど高くはない。


「フォンテーヌ外務大臣様は、今回の件で帝国との外交関係に大きな亀裂が入ったと胸を痛めておられる。同じ騎士団に所属する騎士がこのような大罪を犯したとは、何たる恥、何たる失態っ!」


 ウィンはエミール・ラ・クロワの言葉はほとんど聞いていなかった。視線と警戒はフォンテーヌに向けられている。


「ウィンと言ったか。本来であれば今すぐこの場でお主の首をはね、お詫びとともに帝国に向かわなければならないところじゃ。ただ、いろいろと確認したいこともあるから数日の猶予を与える。最後は精々国のために素直に証言するのじゃぞ」


 フォンテーヌは感情のこもらない口調でそう言うと、顎を少しだけ動かし、「取りなさい」と言う。


「やめてくださいっ」


 ソフィアの声が響き、騎士の一人がソフィアから<赤いネックレス>を奪う。騎士の手の中で、朝の空気感に似合わない真紅の宝石が鈍く輝く。


「……おお、これじゃこれじゃ」


 フォンテーヌは赤いネックレスを手にすると、下卑た笑みを見せる。


「これがあれば帝国の……」


「一体、何をしているんだっ!」


 フォンテーヌ大臣がそう言うのと、クリスが部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。





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