<23> 帝国の陰謀
第15隊の騎士館の前には、ガルシアとヤンとアンナが待っていた。夜明けの時間が近づいているはずなのに、まだ夜の闇は深い。心配して長い時間待ってくれていたのか、ヤンの息は白くかき消えていく。
「おかえりなさい、ウィン……おや、なぜ第7隊のクリス隊長が一緒にいるんです? アナタからもっとも遠い隊長じゃないですか」
出迎えたヤン副隊長は、驚いたようにそう軽口を叩く。
「孤児院で僧兵に囲まれていたところを、最高のタイミングで助けてもらったんだ」
ウィンはヤンを見て説明する。
「……そうでしたか。それは第15隊としてもお礼をしなければなりませんね」
「礼には及ばんよ。警備隊長として当たり前のことをしただけだ」
クリスはそう言って、ヤンに向かって微笑む。同性に対しても、魅了の影響範囲を広げようとでもしているのだろうか。
「でも第15隊特製の濃いコーヒーくらいは飲んでもらえますよね。一休みしたいところでしょうが、これから会議室でコーヒーと同じくらい濃い打ち合わせをしますからね」
ヤンはそう言って騎士館の扉を開ける。
「うちの隊員がすまなかったな!」
ガルシアがクリスの肩を抱きながら、会議室までの廊下を案内している。
「大丈夫か、シスター?」
その後ろで、アンナが疲労困憊のソフィアの肩を抱きながらゆっくりと歩かせている。
ヤンとウィンはその後ろを並んで歩いている。
「……無事、帰ってこられてよかったです」
ヤンはそう言ってウィンを見る。
「ヤンが持たせてくれた爆破の魔道具のおかげで難を逃れたよ」
「それは何よりです。お役に立ててよかった」
ヤンは、ウィンに向かって微笑みかける。
「予想通りのことと、予想外のことがあったよ」
ウィンはしみじみと疲れたというように言う。
「先に到着したルカたちからは、聖心教会を爆破したとか物騒なことを聞きましたが」
「……否定はしません」
「頭がクラクラします。訊きたいことは山ほどありますが……例の件はどうですか?」
「残念ながら、予想通りだと思います」
ウィンはまっすぐに前を向き、ゆっくりと頷くのだった。
「まさか、『ビッグウォール』を破壊しようとしているとはな……」
ガルシア隊長が一度間をおいてから、ゆっくりと息を吐き、そう呟いた。午前3時過ぎの疲労も相まって、室内には重い空気が漂っている。
第15隊の騎士館の会議室。聖心教会に潜入する前に集まっていたのと同じ部屋に、いまはクリスとソフィアを加えた9人が揃っている。
ソフィアが、先程孤児院の庭で話した帝国のたくらみについて、部屋の中にいる者に改めて話していた。はじめて聞く話に、第15隊のメンバーとクリスは、動揺している。
ウィンだけはすでに一度聞いていた話だったが、改めて聞くと、その恐ろしい計画に言葉を失う。
(『ビッグウォール』を破壊したらどうなるのか、本当の意味で帝国はわかっていない……)
たぶんこの中で、『ビッグウォール』の真の恐ろしさを知っているのは自分だけだ。あの森の魔物たちがポルティガの街に押し寄せることを考えると、目を覆いたくなるような光景が広がるのは間違いない。
ウィンが愛している日常も、ポルティガの人たちも、数日も経てばすべてが最初からなかったようになくなってしまうだろう。
世界地図から、ポルティガという街が永遠に失われてしまう。
「……要点を整理しましょう」
眼鏡のブリッジを右手の人差し指で軽く抑えながら、ヤンが口を開く。そのくたびれながらもしっかりとした声質は、周囲を安心させる力がある。
いつもガルシアや隊員たちの持ってくる無理難題を片付けるのがヤンの仕事だったが、今回の無理難題は過去最大級の厄介事だろう。
「聖心教会の背後には、帝国がいます。そして帝国は、このポルト王国の滅亡を狙っています」
アンナも、エヴァも、ルカも、ニアも、先程まで聖心教会にいたメンバーは、聖心教会と帝国の関係を疑ってはいない。
ただの教会はシスターを軟禁したりしないし、あんなに僧兵を抱えたりもしていない。
「帝国は、〈赤いネックレス〉と、〈青いネックレス〉という二つの魔道具を用いて、『ビッグウォール』を破壊しようとしています。『ビッグウォール』の障壁をなくすことで、<魔の森>の魔物をポルティガの街に呼び寄せ、街を破壊するためです。王都が大混乱や破壊に見舞われれば、ポルト王国は大打撃を受け、帝国にとっては攻めやすい状況になります」
誰もが黙ってヤンの説明を聞いている。わかりやすく整理されたヤンの説明を聞けば聞くほど、逆に帝国の陰謀の怜悧さがリアルな質感を持って感じられる。
「聖心教会は数か月前から、僧兵たちを少しずつ増やしていました。教会の別棟には、かなりの数の僧兵たちが寝泊まりしていました」
ソフィアが言う。疲労もピークになっているはずだったが、気丈にふるまっている。
「少しずつ、時間をかけて入国したことで、警戒されなかったのだろうな。特に、開港祭前で観光客も増えていた時期だ」
クリスが言う。開港祭の警備を任せられている第7隊の隊長であるだけあり、様々な事情に通じている。
こんな時間でも、クリスのその凛としたさわやかな印象は変わっていない。しかし、話の内容のために、その表情は厳しく硬いものになっている。
「シスター、他に何か知っていることはありますか?」
ヤンがソフィアに尋ねる。
「……開港祭の当日。聖心教会はポルティガ各所で暴動を起こす計画とのことでした。警備の目を分散させ、港の大広場で開催される国王と王妃が参加される記念式典での警備を弱める計画だと」
「そのために、数か月前から僧兵を増やしていたか……帝国は本気のようだね」
<鍵開けのルカ>が、心底いやそうな目で言う。
「あの双子みたいに、ただの僧兵に見えないようなのが他にもいるのかしらね」
<暗殺者エヴァ>がうんざりという表情で言う。
「……何としても、帝国の計画を止めなければなりません」
<風のアンナ>が真面目な表情で言う。
それぞれ、聖心教会への侵入を通じて、帝国の恐ろしさを肌で感じていた。だからこそ、沈黙を打ち消すように口を開きたくなるのだった。
「で、このテーブルの上のポルティガの地図は何? とても興味深い」
<地図狂いのニア>だけは地図に興味津々である。会議室は長テーブルをいくつもくっつけ、その中央にポルティガの大きな地図が置いてあった。地図の複数の場所には、印のように赤い石を置いている。
「ああ、これは今のシスターの話にあった、ポルティガの襲撃箇所です。おそらく8か所から10か所の場所が襲われるはずです。ポルティガの警備兵や騎士隊のことを考えると、これくらいの場所を襲えば、警備力は相当分散されます」
ヤンが地図を見ながら言う。
「市場、太陽教会、公衆浴場……爆発、占拠、どういう手段をとるかはわかりませんが、少なくとも警備の足を引き留めるような陽動をしてくるはずです」
「……このあたりも怪しいな」
テーブルの上の地図を見ていたクリスが、そう言ってさらに2か所に赤い石を追加する。ヤンは顔を上げ、クリスと目線を合わせる。
「さすが王都の警備を司る第7隊の隊長です。確かにそこの2か所も十分怪しい」
ヤンがクリスを褒める。クリスは最年少22歳で第7隊の隊長になった天才と呼ばれる男である。ヤンと同じような盤面が見えているのかもしれない。
(……すごいな)
ウィンはヤンとクリスのやり取りを見ながら、赤い石を置いた場所を頭のなかで思い浮かべる。
ウィンもこの7年間、ポルティガの街を警備し続けてきた。だからこそ、ヤンとクリスが赤い石を置いている場所の重要性はよく理解できた。
(もしこの場所を同時に狙ったら、相当戦力が分散される。帝国もそれだけ準備をしているということか)
「--私の方から、各隊の隊長に協力を要請しよう。いくつかの騎士隊は国境沿いや、他の都市に行っているが、ポルティガにもまだ複数の騎士隊が常駐している。彼らとポルティガ警備隊が連携すれば、相当数の暴動を未然に防ぐことができるかもしれない」
「そうしていただけると助かります。私たちが話してもあまり聞いてもらえないかもしれませんので」
ヤンがクリスを見て言う。残念ながら、騎士団の掃き溜めと揶揄される第15隊の依頼より、開港祭の警備隊長である第7隊のクリスの方が発言力がある。
「事前の対応で帝国の先制攻撃をある程度無効化できれば大分楽になります。次に守らなければならないのは、ここです」
ヤンが地図上の一点を指さす。
「大広場だねっ」
ニアが興味津々といった表情で食い入るように地図を見入るのだった。
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