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<22> 深夜の警備隊長

 ウィンはすぐに立ち上がると左手で腰の剣を抜く。すぐ後ろで立っているソフィアを右手で守るように押さえる。


 首振りの動きをし、5人ほどの僧兵たちが孤児院の入口から庭に入ってくるのを確認する。


 僧兵たちは皆長い槍を手にしている。先程の双子の僧兵の片割れが持っていた大槍よりは小さいが、それでも十分な長さはある。


「後ろにいてください。離れないで」


 ウィンは後ろのソフィアに小さな声で言う。


「……はいっ」


 ソフィアは頷くと、ウィンの背中の後ろに隠れるように移動する。


「深夜残業当たり前とは、聖心教会は過酷な職場なんだな?」


 剣先を向けながら、ウィンが言う。


「助祭様より、シスター以外は殺していいと言われている。取り囲むぞ!」


「……作戦を口に出すなよ」


 僧兵たちはウィンを取り囲むように動き出し、ウィンはその一人に向かってダッシュし、剣を振る。その隣の男にも切りかかり、次の瞬間もう一度ソフィアの前に戻り、ソフィアに向かってきた男に蹴りを入れる。


 蹴りを入れられた男が後方に吹っ飛び、槍が芝生の上を転がる。


「こいつ、強いぞっ」


 僧兵の一人が言う。


 ソフィアを守りながら、一人で複数人を相手にする素早い動きだった。月明かりが孤児院の庭の芝生を明るく照らしている。


 ウィンとソフィアを取り囲む僧兵たちの影が、ウィンたちに取りつこうとしているように足元まで長く伸びてきている。


 さらに僧兵たちが5人、孤児院の庭になだれ込んでくる。


「おいおい、こいつら、ポルティガの街に一体何人隠れてやがるんだ……」


 ウィンはそう毒づく。


「いくらこの騎士が強くても、多勢に無勢だっ。慌てずじわじわと囲んでいけ。同時に行くぞ」


 僧兵の一人がそう言う。


(ちっ、計画なしに突っ込んでもらった方がいいんだが)


 ウィンは左手の人差し指のミスリル銀の指輪を見る。それから再び首振りの動きをして、周囲の状況を確かめる。それはウィンの癖だった。顔を上げて首を振り、周囲の状況を確認する。


 次の次の動きを見極めるための、<魔の森>で磨いた動きだった。


「いけぇーーーっ!」 


 僧兵の掛け声で同時に4人がウィンの元に槍を向けてくる。ウィンは剣を持つ手に力を込める。


(まず一人……!)


 ウィンが踏み込もうとしたその刹那。


 夜の静寂を切り裂き、蹄の音が響いた。白い軍馬が孤児院の低い生け垣を月光を背に受けて軽々と飛び越え、ウィンと僧兵たちの間に着地する。


 純白のたてがみが揺れる馬上で、銀の鎧を纏った男が馬上で剣を翻し、一閃する。


 僧兵たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。男は流れるような所作で馬から降り立つと、ウィンと僧兵の間に立ちはだかった。


「……クリス……隊長?」


 ウィンは思いがけない援軍に、息を吞んで呟く。


「ーー私が警備するポルティガの街に、暗躍する場所はないぞ」


 そこには、凛とした立ち姿の第7隊隊長、クリス・ハーグリーブズが立っていた。






「うわぁっ!」


「くそっ」


 クリス・ハーグリーブズに続き、第7隊の騎士がなだれ込んでくる。第7隊の騎士は手際のよい攻撃で、僧兵たちを無力化していく。


(さすがエリートたちだな。流れるような連携だ)


 ウィンは彼らの動きを見ながらそう思う。第7隊は由緒ある貴族の子弟しか入れないエリート部隊と言われている。掃きだめ、落ちこぼれと言われる第15隊とは雲泥の差だった。


(まあ、俺はうちの隊の方がずっと好きだけどな……)


「ウィン・カークライト。また会ったな」


 一度振り返って僧兵たちの無力化を確認した後、クリスはウィンとソフィアの前に立つ。


(深夜2時でも美男子は変わらないな……ボロボロのこっちとは大違いだ)


 クリスは金髪に銀色の鎧を着ており、粗野さがまったく感じられない。まさに貴公子と言ったいで立ちである。


「……クリス隊長。助勢、本当に助かります」


 ウィンはクリスに対して頭を下げる。年はクリスの方が下だが、階級はクリスの方が上である。


「聖心教会が爆発し、街中に怪しい僧兵たちが駆け回っている。そして、わがポルト騎士団の団員が襲われている。私が警備隊長を任せられているときでよかったぞ。他の隊なら、こんな深夜出勤はまずしないからな」


(この隊長も軽口を叩けるんだな……)


 クリスの言葉に、ウィンは思わず笑顔になる。ポルティガの街の男たちは、屈強な船乗りも多い。彼らは酒を飲みかわしながら、軽口を叩き合う。それが文化になっている街でもある。


 ウィンはエリートと呼ばれるクリスが、そんな言い方ができることに感心する。


「それに、ウィンはシスターを何度助ければ気が済むんだ?」


 クリスはウィンの後ろに隠れているソフィアを見ると、少しだけ柔和な笑みを見せる。事情聴取の時にも思ったが、第7隊はクリスが隊長でよかった。あの厭味ったらしい副隊長エミール・ラ・クロワが隊長をしていたら、大分感じの悪い隊になっていたことだろう。


「話せば長くなる……説明したいところですが、これから第15隊の騎士館に皆集合することになっています」


「そうか。わかった。じゃあ、私が君たちを騎士館に送り届けよう。ウィン・カークライト。君はまだ走れるだろうが、シスターはこれ以上歩かせるわけにはいかないだろうしね」


 いまにも倒れそうなくらい疲労困憊なソフィアを見て、クリスは言う。


 それから自身の白馬を移動し、自分の後ろにソフィアを乗せる。


「すまない、クリス隊長。助かります」


「大丈夫だ。この後夜が明けたら、開港祭前日の朝が始まる。私は開港祭の警備責任者だ。いまポルティガの街で何が起こっていて、どうしたら何かを未然に防ぐことができるのか。ガルシア隊長とともに聞かせてもらうことにしよう」


 クリスはそう言うと、部下に僧兵たちの捕縛を指示し、白馬の手綱を握る。


(……月の位置が、大分変わっているな)


 ウィンは深夜の空を見上げ、月の位置を確かめる。東の空はまだ漆黒の闇の中だ。


 けれども、あと数時間で空の遠くをオレンジ色の朝陽が染め上げ、朝を迎えることになる。


(開港祭まであと1日。それにしても、今日はずいぶんと長い残業になったな……)


 ウィンは長いため息とともにそう思うのだった。


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