<20> 『星の間』からの脱出
「ここまで来た勇気と、技術には敬意を称します。久しぶりに、驚かされましたよ」
やけに丁寧な口調なのに、まったく敬意が感じられない。
「半日ぶりね。アナタに会いたくて会いたくて、夢を見るほどだったわよ」
長身の男の後ろから姿を現したのは、オネエ言葉で話す異端審問官だった。手には鈍く光るナイフを持っている。
「まさか本当に助けに来るとは思わなんだ。ソフィアが餌になってくれたというわけじゃな」
司祭が姿を現す。扉から10名以上の僧兵が『星の間』に入ってくる。警備隊の詰所でソフィアを見つけた時の柔和な笑顔はどこにもない。強欲に見える聖職者というのが、うまく繋がらない。
「まさか双子が倒されるとは思いませんでしたが、床が落ちた音で気付けたのですから、そういう意味では彼らも役に立ちましたね」
助祭はそう言うと、フード越しにクククと小さく笑う。その顔はよく見えないが、昼間この真下で説法をしていた時の優しげな笑顔でないことだけは確かなことだった。
「お前たちーー帝国は一体何を企んでいる。ポルティガで好き勝手なことはさせない」
ウィンは言う。助祭は右手を口元に当てて、可笑しそうに笑う。
「滅びる国のことなんて、気にする必要はないでしょう。むしろ、アナタたちはこれから起こる災厄を見ることなくここで死ぬのですから、むしろ幸せですよ。それに、とても丁度よかった。アナタたちの存在は私にとっても幸せです」
助祭はそう言うと、右手を上げる。
「ごふっ……な、なんで、じゃ……」
突然、異端審問官が隣にいた司祭を手にしていたナイフで突き刺した。
助祭はちらりと司祭を憐れみの目で見ると、小さくため息をつく。
「アナタたちにはいくつか罪を背負って死んでもらいます。まず一つ目は、聖心教会の司祭様を殺害した罪」
自分たちで司祭を刺しておいて、助祭はそんなふうに言う。
「操り人形としてとても優秀な司祭様でしたが、その役割はめでたく今晩で終わります」
「な、なぜじゃ……」
「金と宝石に目が無い司祭様にはここで退場してもらいます。ここからは帝国の野望を信じる真の同志だけの時間です」
司祭は見開いた目を閉じて、そのまま倒れ込み絶命する。
僧兵たちが驚いていない様子からも、助祭の子飼いの僧兵たちなのだろう。
「2つ目の罪は聖心教会の建物を破壊した罪。ああ、これは事実ですから濡れ衣じゃないですね。他にもまあ色々背負ってもらいますよ。正義感でこんなところまでソフィアを助けに来たのが運の尽きだったというわけです。街の騎士として、ただの警備だけしていれば、少なくともあと2日ほどは長生きできたのに……」
助祭はそう言うと、再び右手を上げる。僧兵たちが配置につく。多勢に無勢、『星の間』の出口は彼らが固めている。
「……俺は長生きするつもりなんだ」
ウィンは言う。
「俺は平和なポルティガで、毎日仕事終わりに冷えたエールを飲んで、今日もいい一日だったっていうのをじいさんになるまでやるつもりなんだよ」
「それは残念でしたね」
同情を微塵も感じさせずに、助祭が言う。
「まだ諦めてないさ。諦めが悪いのがオレのポリシーなんだ」
「絶体絶命から抜け出すなんて、街の演劇の英雄のようですよ。まあ、残念ながら、現実ではそういうことが中々起きないものです」
助祭はそう言うと、小さくため息をつく。
「さあ、お遊びはもうおしまいです。アナタと話していると憐れで仕方がありません」
「最後にもう一つだけ付き合ってくれ」
ウィンは言う。
「うちの副隊長はどこまで盤面が見えているんだろうな。最後の手段に、これをくれたんだ」
ウィンはポケットから小さな石を取り出す。そしてずっと黙って聞いていた仲間とシスターを見る。
ウィンと目が合ったアンナが、すべてを理解して頷く。
「ーー爆破の魔道具かっ!」
助祭がそう叫び、爆発を防ぐための魔法壁の詠唱を始める。
ウィンは左手に持ったーーヤンから渡されたーー爆破の魔道具に魔力を込めて投げつける。自分たちと助祭の間の床に当たって転がった魔道具は、一瞬の間のあとで、激しく爆発を引き起こす。
「『ウィンドバリア』」
背後でアンナの声がする。爆発の衝撃と振動が風魔法の天才アンナの『ウィンドバリア』で遮られる。
ウィンと助祭たちの間の床の穴が、さらに大きく広がっていた。
「飛び込めっ!」
ウィンが叫び、シスターを抱えたまま広がった穴に飛び込む。
アンナが続き、エヴァは顔をしかめながら、ルカはやったれという表情で、ニアは目を閉じてーー第15隊の面々も次々と飛び込んでいく。
「『ウィンドバリア』っ!」
アンナが落下しながら、床の上を目掛けて『ウィンドバリア』を展開する。目に見えない風の床が、透明なトランポリンのようにウィンたちの落下衝撃を吸収する。
僧兵たちは皆『星の間』にいた。
『ウィンドバリア』でバウンドして地面に着地したウィンたちは、そのままの勢いで開け放たれていた聖心教会の正門から、正々堂々逃げ出していく。
「さすがアンナ、ナイスな連携だよ」
ウィンが言う。
「無茶ぶりして……私じゃなかったらわからなかったぞ。では、バラバラに離脱後、館に集合」
アンナが指揮官として真面目な口調で指示を出す。ウィンとのアイコンタクトで、一瞬で『ウィンドバリア』を用いる判断をしたのは、いつもの相棒だったからかもしれない。
「ワクワク」
「また後でね」
「ウィン、シスターを頼んだぞ」
「本当にありがとう、みんなっ」
ウィンは、スリルを楽しんでいるように笑いながら散り散りに逃げていく仲間たちを見る。
ウィンはシスターと一緒に走りながら、一度だけ『星の間』を振り返る。
「追えっ、逃がすなっ!」
僧兵たちが慌てて階段を駆け下りる姿が見える。
『星の間』があった場所は、まだ爆発の激しい黒煙に包まれている。
煙の間から空の高いところにある半月が輝いて見えるのだった。
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