<2> 路地裏の拉致
「きゃあぁぁっ!!」
ウィンが路地に駆けこんだ時、そこには4人の男と、そのうち一人に羽交い絞めにされているローブ姿の若い女性がいた。男は女性にこれ以上叫ばれてはならないというように口を押えようとしているが、女性は必死に抵抗して何とか叫び声をあげていた。
(ん? 彼女は確か……)
ウィンは一瞬で周囲の状況を確認する。女性を羽交い絞めにしようとしている男は女性を路地の奥に引っ張っていこうとしており、その先には馬車が見えている。残りの男たちも暴れる女性を押さえつけようと密集していた。
女性を拉致して、馬車に乗せようとしていることは明白だった。そして、押さえつけようとしているため、武器は手にしていない。
ウィンは一度振り返り、追いかけてきたアンナに目配せをする。アンナは立ち止まると、短く小さな声で詠唱を始める。
『ウィンドバーストっ!』
風魔法の加速を受け、ウィンの突撃速度が跳ね上がる。
本来なら、ここは犯人と距離を保ち、「騎士の包囲陣」を敷くのが教本通りだ。だが、ウィンにはそんなつもりはさらさらなかった。
ウィンは間隙を縫って、女性を羽交い締めにしている男の懐に弾丸のように飛び込む。そのまま流れるような動きで女性を男の手から引き剥がして抱きとめると、滑り込むように建物の壁に背を向けた。
ーー無駄のない、しかしおよそ騎士らしくない、泥臭いまでの最短ルート。
ウィンは建物を背に、自分が女性と男たちの間に立つようにする。
「騎士様……ありがとうございます」
ウィンの背中越しに、女性の震える声が聞こえる。ウィンは気にしないようにと小さく頷くと、腰の長剣に手をかける。
「……ちっ、ポルト騎士団かよ」
羽交い絞めしていた男が、顔を上げてウィンを睨みつけてくる。両手をゆっくりと動かし、もう少しのところでするりとなくなってしまった感触を確かめるような動作を見せる。
「白昼堂々いたいけな女性を拉致しようとは、ポルト騎士団も甘く見られたものだな」
ウィンは腰の長剣をゆっくりと抜き、男たちと間合いを取る。
「騎士団に見つかったのは運が悪かったが、幸い2人だけなら、すぐに処分すればいい」
先ほどまで女性を羽交い絞めにしようとしていた男が首を振り、アンナの姿も確認した上でそう言う。
4対2。それに馬車の御者も入れるとさらに有利と踏んだのだろう。男たちは剣やナイフを手にすると、数にものを言わせようと2人がウィン、2人がアンナの方を向いて相対する。
(……逃走じゃなく、処分ときたか。ただのチンピラじゃなさそうだな)
ウィンは周囲に目を配りながら、剣を構えて牽制する。人数差はあるとしても、騎士団を前にしてそのような発言ができるほど実力に自信があるのであれば、それなりの実力者ということになる。
何より、この場から逃げようとはしていない。あくまでも女性を拉致しようとしている。
ウィンはさらに左右を確認する。
「処分と言っていたが、こちらは警備兵も増えたぞ?」
ウィンが何でもないようにそう言うと、男は再び首振りの動きをして周囲の状況を確認する。最初はアンナの後ろから4人、そして少ししてから反対側の馬車側にもう4人の警備兵たちが現れる。馬車側にはアンドレがいて、部下に命じて御者を押さえつけようとしていた。
ウィンは走り出した際に、指で路地の反対側を指し示し、アンドレと連携をとっていたのだ。ポルティガのことは庭のようにわかっている二人である。アンドレはまず路地の反対側に自分を含めた4人で向かい、残りの部下にアンナたちの後を追わせた。そうすることで、数的優位を確保したのだ。
「ちっ、だが警備兵が増えたところで変わらん」
男は焦った様子もなく、憎々しげに言う。自分たちの目的が邪魔されていることに苛立ちを覚えているように見える。
ウィンは4人の男の様子を見つめる。女性を羽交い絞めにしていた男は瘦せ型の蛇のような目をした男で、残りは大男1人に小柄な男が2人。全員がどこにでもいるような町人の服装をしている。
この姿ならポルティガの街中でも怪しまれることはなかっただろう。
もちろん、ウィンの今までの経験から見ると、堅気ではないことは明らかだった。
問題は、どの程度の危険度の相手なのかということである。それがまったくわからないのが不気味だった。
ウィンに対する間合いを見ると、全員がそれなりの実力を持っていることはよくわかった。ウィンドバーストをかけてもらっての不意打ちでなければ、女性を解放することはできなかったかもしれない。
それに関しては、運が良かったということができるだろう。
「うわぁっ!!」
馬車の方から声があがる。見ると警備兵の一人が胸を切られ、馬車から投げ飛ばされているところだった。血が吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。アンドレが剣を抜きながら、部下に駆け寄り、御者台の上に立っている男を見つめる。
「--とんだ邪魔が入りましたね」
馬車の御者かと思っていた男は、夜の闇の底に蠢く何かのように、冷たい口調でそう言うのだった。
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