<17> 深夜の聖心教会と、『星の間』への道
「いけそうか?」
呆気にとられたように黙ったまま立っているルカに、ウィンがそう聞いてみる。
「……聖心教会ってのは、裏側は相当えげつないのが確定だぜ」
ルカはそう言うと、少し考えたように腰に付けた道具入れに手を入れる。
「物理的な鍵ならよかったけど、こりゃあ性質の悪い魔法鍵。失敗したら街中に響き渡るんじゃないかっていうくらいの大音響が鳴るやつだ」
ルカはぶつぶつ言いながら意を決したように赤い光が明滅する扉に近づく。水色の透けた布で作られた手袋をして、先程とは違ううっすらと光を帯びている針金を手にする。
「それは?」
興味深そうにエヴァが訊く。
「魔法罠用の手袋と、特殊な金属で作られた針金だよ。このセットで1年は暮らせるくらいの値段がするオレのとっておきさ。と言っても、簡単に解除できる保障はないけどな」
ルカは赤く輝く扉の前にしゃがみ込むと、両手を動かし始める。ルカの手袋の周辺からブーンという低い音が鈍く聞こえ、赤い光の魔法の壁が魔力の波となって、ルカの手元を狂わせようとしているのが分かる。
「ちっ、マジで悪意しかねえ罠だぜ」
ルカは一度右手で額の汗を拭う。罠解除のスペシャリストである〈鍵開けのルカ〉の技術をもってしても簡単ではない罠。
「……ルカ、一生懸命なところ悪いけど」
緊迫した状況下ではあったが、目を閉じて耳をすましたニアが淡々と言う。
「2階の空気に動きあり、巡回が3階の階段を登ってくる」
「人数は?」
「足音は2人」
アンナの問いにニアが答え、エヴァとウィンが無言のまま渡り廊下の入り口を向く。エヴァは腰の両側のダガーに軽く手を触れ、ウィンも拳闘士のように両手を握りしめる。
「あと45秒で到着する」
「おいおい、急かさないでくれよニアちゃん」
ルカはそう毒づきながら集中のため目を細める。右手の動きを止めず、角度をつける。
「あと30秒」
「ーーったく、人使いが荒いぜ」
ルカはさらに数回右手を前後する。複雑で厄介な、物理ではない魔法の鍵。
「あと15秒」
エヴァとウィンが目を合わせ頷く。こちらに向かって歩いてくる足音はすでに全員に聞こえていた。
渡り廊下の左右の窓の外には、深夜のポルティガの街が見えている。空の高いところには半月が輝き、その光が窓越しに渡り廊下を照らしている。
ウィンは足元の自分たちの影が揺れているのを見る。
「……1時間毎の巡回はさすがに多いな」
「昨日から急に警備が厳しくなったな。何かあったのかな?」
廊下の奥から、巡回している2人の男の声が聞こえてくる。靴の音に加え、棒のようなものを廊下の床に当てながら歩いている乾いた音が続く。先程本棟の扉を警護していた僧兵が持っていた槍と同じものだろうか。
(見つかったら、色々最悪な展開になる。もしものときは何とか皆を逃がせる道を……)
ウィンはそう思う。
「あと5秒」
今度は小声でニアが囁く。
巡回が渡り廊下の通路に来た瞬間、エヴァが素早い動きで背後に回り先程と同じように首を絞める。
「うぐっ……」
抵抗しようとしていた男は必死に両手を動かしたが、すぐにその動きを止め、力なくうなだれる。
ウィンはもう一人の男に近づくと同時に顎に鋭いパンチを叩き込み、脳震盪を起こさせて意識を奪う。
素早い動きの連携だった。
ウィンとエヴァは意識を失った2人を3階の廊下から見えないように、渡り廊下まで引っ張り込む。ポケットから取り出した細いロープで両手を縛り、叫べないように口に布を巻く。
素早い動きと段取りだった。その間ニアは他の動きがないか耳を澄まし、アンナは腰の剣をいつでも抜けるようにしながら、周囲の警戒をしている。
次の瞬間、鈍く響き続けていたブーンという音が、ふいに聞こえなくなる。
「ふう……頼もしい仲間たちのおかげで、安心して集中できたぜ」
ルカはそう言って振り返り、静かに立ち上がると手品を成功させた後の手品師のように慇懃に片手を広げる。
ルカの後ろの赤い光は、いつの間にか消えていた。
ウィンは魔法鍵が解除された扉をゆっくりと開ける。
目の前には本棟の広大な吹き抜けが広がっていた。
その圧倒的な空間の広さに、ウィンたちは一瞬言葉を失う。3階から見る吹き抜けは、午後に下から見上げた時よりも広く見える。
吹き抜けとの間に、落下防止のための腰よりも少し高い手すり付きの壁が続いている。その壁の手前の左右に細い廊下が続いている。
(昼間座ったのはあの辺りか……)
ウィンは手すりに触れ、下を覗いてみる。午後に助祭の説法を聞いたときに座っていた横長の木の椅子が見えた。
誰も座っていないたくさんの椅子。
深夜の教会の吹き抜けの空間は、もうウィンドバリアを使っていないのに、すべての音がかき消されているように感じられる。
反対側にも同じような廊下が見えており、説教台を中心に左右が対照的な作りになっていることがわかる。2階から5階まで、左右に同じような廊下が続いている。廊下の向こうの壁には縦長のステンドグラスが見える。
深夜のステンドグラスの模様は、昼とは異なり、裏に隠された禍々しい物語のものに書き換わっているように見える。
廊下の壁の所々に小さな魔導ランプが設置され、周囲をぼんやりと照らしている。魔力を流すことで夜中明かりを灯す魔道具である魔導ランプは、一般的な魔道具として広く普及している。
説教台の上の壁には、星を3つ重ねて並べたような聖心教会のマークのオブジェが貼り付けられているのが見える。
「あそこをまず5階まで上がる」
ニアが右手を指差して言う。説教台の反対側、教会の入口の真上に、左右それぞれの廊下に上ることができる階段があった。
ウィンたちがいる3階からまず5階の廊下まで上がる。
「5階の廊下に出たら、あの階段を登って屋根裏に行く。おそらくあれが『星の間』」
ニアが今度はさらに上を指差して言う。
「『星の間』はきっと素敵な場所。ワクワクする。ウィン先輩に感謝」
ニアが地図狂いの顔を見せ、ニヤリとしながら笑う。黙っていれば少女のような見た目なのに、じとっとした目つきは不気味に見えるが嬉しそうだ。
ニアが指差す入口の真上、5階の廊下からさらに上に伸びている階段の下側の部分が見えている。
吹き抜けの上にあるドームに向かって伸びている階段が、屋根裏部屋の位置に向かって続いている。見上げるドームの天頂は、大分広いスペースなのかもしれない。
(部屋ではなく、『星の間』だもんな)
ウィンはそう思う。
「正門に門番がいたから、さすがに中には僧兵はいないみたいだな」
ルカが吹き抜けの周囲を覗き込んで言う。
「吹き抜けの下にはいない。でも、『星の間』のあたりに3人の気配がする」
右手の人差し指で右のこめかみあたりを押さえてニアが言う。距離がそれほど遠くなければ、荒いレーダーのように人の気配を感じ取ることができるらしい。
ニアの『ホールマッピング』は、使い出がある独自魔法だとウィンは思う。
「シスターを救うためには、戦いは不可避というわけか」
ウィンは静かに言う。
「一人はシスターだとして、敵は2人ね」
「おそらく手練れだぜ。気を抜くなよ」
エヴァとルカが言い、ウィンはオネエ言葉の異端審問官を思い出す。
(あいつはいるのだろうか……)
「よし、急ごう」
アンナが言い、5人は廊下を駆けていくのだった。
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