<14> 酒好きの暗殺者、鍵開け、地図狂い――第15隊の曲者たち
第15隊の騎士館の窓から、オレンジ色の夕日がポルティガの西の外壁に溶け込んでいくのが見えている。
ウィンは騎士館の自分に割り当てられた部屋の中で、ずぶ濡れになった服を軽鎧に着替えながら、眩しそうに一度目を閉じる。ヤンが作戦のための隊員を手配するまでしばし部屋で休むように指示されていたのだ。
けれども、気が急いて、とても休む気にはなれなかった。
(聖心教会は、この街で一体何をしようとしているんだ……)
この街の人たちの穏やかで平凡な日常を守り、仕事終わりに知り合いや友人たちと冷えたエールを飲んで語り合う。
<魔の森>で過酷な幼少期を過ごしたウィンが人生に求めているのは、そんなささやかな幸福だけである。
その平凡な日々を守るために、ウィンは騎士としての責務を果たす。7年前に騎士学校を卒業して騎士の誓いをしたときに、傍目にはとてもやる気があるようには見えなかったはずのウィンは、それでも心の中ではしっかりと誓っていた。
そのことはずっと覚えている。
着替えが終わり窓辺に立つと、ウィンは目を細めて窓の外を見つめる。
遠くにポルティガを取り囲む城壁が見えている。港がある南側以外は、街を取り囲む高い城壁が続いている。街の中心には濠に囲まれたポルティガ城がそびえ立っている。
(……ソフィアを救い出し、聖心教会の狙いを探らなくては)
ウィンは改めてそう思うのだった。
ウィンは大会議室の扉を開ける。30人は入ることのできる広い部屋である。突き当たりに大きな黒板があり、右側には話者が前に立つための台がある。
机と椅子が多数並んでいるが、座っているのは、前の二列だけだ。
「おっ、主役の登場ね」
そう言ってちゃかすように微笑むのは、エヴァ・マクレーンである。右手にはワインの瓶を持っていて、そのままラッパ飲みをする。
「これからミッションなのに飲んでるのか」
いやそうにウィンが言う。
「知っているでしょ。ワタシは飲めば飲むほど強くなるのよ。それに、世の中には酒を飲んでないとやってられないようなことがありすぎるのよ」
軽鎧から押さえきれないスタイルの良さが際立っている。腰の左右には刃渡りの大きいダガーが見える。
「今回のミッションは聖心教会の中での戦いが予想されます。だから、<暗殺者エヴァ>をまず選びました。狭い廊下や暗闇の中でこそ、エヴァの戦闘スタイルが役に立つはずです」
黒板の横に立ったヤンが言う。
「久しぶりに心躍る現場ね。でかしたわよ、ウィン」
エヴァはそう言うとウィンにウィンクして見せる。無類の酒好きで業務中でも酒を飲み様々な隊を追い出されたエヴァを、「飲んでいても仕事さえちゃんとやっていれば構わん」とガルシアが受け入れた隊員である。
「……まあ、言っても無駄だと思いますが、飲みすぎないようにしてください」
ヤンは諦めたように言う。それぞれに様々な問題を有し、掃きだめと言われる第15隊に流れ着いてきた隊員たち。
ヤンは彼らの、いびつで尖った能力を組み合わせる。それがヤンの特技だった。
「これはまた、一癖も二癖もあるメンツが集まっているねえ」
自分のことを棚に上げてそう言うのは、ルカ・レナードである。金髪に面長の顔、無精ひげをはやしているキザったらしく見える優男である。
手癖が悪く、悪徳貴族の館から不正の証拠品を盗むところまではよかったが、悪徳ではない貴族の浮気の証拠までを盗んでしまい、その貴族の怒りを買って、元々いた隊から放逐された騎士。
女好きで、手癖も悪い。積極的に友人にしたいような人物ではなかった。
「今回のミッションは、幽閉されているシスターの救出です。おそらく様々な鍵があるはずです。だからこそ、<鍵開けのルカ>の力がきっと役に立ちます」
ヤンがそう説明したのを受け、ルカは「アンナちゃんと一緒のミッションなんて、とっても光栄です」とアンナ・マルグリットに向かってキザったらしくお辞儀をする。
「……ルカは相変わらず調子がいいな」
そう呆れたように言うのは、アンナ・マルグリットである。
「アンナを選んだのは剣技は文句のつけようがなく、それに加え風魔法の使い手だからでもあります。今回のミッションは夜闇に紛れて教会に忍び込むことです。物音をかき消す『ウィンドバリア』が活躍する局面がたくさんあるかもしれません」
「はっ、承知しました」
アンナは真面目な顔でそう答える。貴族の令嬢であるが、女性ながらドレスではなく騎士の道を選んだ。使命感に溢れ、融通の利かない頑固者であり、誰よりも真面目な第15隊の良心。
「まあ、もちろん……アンナには、このメンバーの手綱を握ってもらうっていう目的もあります」
ヤンはそう言って、「いつも申し訳ないけど、まあ、よろしく……」と小声で続ける。
アンナは「ええ、はい……」とやはり小声で答える。
「そして最後が、そこでずっと黒板に地図を描いているニア・フォーデン。<地図狂い>のニアです」
ヤンがそう声をかけると、一心不乱に黒板に向かってチョークで線を書き連ねている女性が手を止めて、振り向く。
騎士というには背が低すぎるように見える。前髪が長く、髪を下ろしているので目があまり見えない。痩せすぎていて、猫背気味で、少女のようにも見える。彼女が剣を振る騎士だとはとても思えない。
ニア・フォーデンはか細い、けれども興奮したような声で言う。
「……聖心教会。中の地図、ずっと描いてみたかった。地図を描く手が止まらない」
「あ、ああ……それはよかった。ああそうだ、今回はホッパー隊はいないんだな」
話をごまかすようにウィンが言う。
「ホッパー隊の皆さんには、スラムのマフィアを討伐する別の仕事を任せています。今回のミッションには、このメンバーが最適だと判断しました」
ヤンが冷静な口調で言う。
「……ありがとうございます」
ウィンはそう言うと、皆に向かって頭を下げる。
顔を上げると、酒瓶を抱えた暗殺者、キザな鍵開け、真面目過ぎる相棒、地図に夢中の後輩が並んでいる。
(……頼りになるのか、ならないのか)
ウィンは、改めて苦笑するのだった。
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