<11> 聖心教会の闇
(なぜ、あの男がここに……?)
ウィンは、猛烈な勢いで思索をはじめる。ソフィアを拉致しようとしていた男。レヴィーファミリーを雇って、形勢が悪くなると簡単に見殺しにした拉致事件の首謀者。
(その男が、なぜ、聖心教会の中にいる?)
ウィンは自分の心臓が動悸を早めていることに気付く。この心音が、周囲に聞かれるのではないかと一瞬だけ心配する。
色々な線が繋がっていく。
(シスターは、聖心教会から、逃げていた……?)
その結論に思い至り、ウィンは思わず声を上げそうになる。
(それじゃあ、俺は、教会から逃げてきたシスターを、再び教会に引き渡したってことになるのか……)
司祭と一緒にクリス隊長が来たから、何も疑問に思わずシスターを送り届けてもらった。開港祭の警備を司っている第7隊のクリスは、司祭からシスターの捜索依頼を受けて街中を探し回っていると話していた。
まさか、その司祭の元からシスターが逃げ出したなんて思いもしなかったろう。
自分がそうであったように。
助祭が説法を続けているが、ウィンの耳にはその言葉はもう入ってこなかった。
(……気付かれるわけにはいかない)
顔の前で両手を合わせ、自分の顔がわかりにくくなるように、ウィンは周囲の信徒たちと同じように祈りの言葉を真似て呟く。
ウィンの想定が真実であれば、今ウィンが教会の中にいることは、決して安全ではない。まさに敵の中に一人でいるということになる。
自分がとってしまった行動によって、ソフィアが危険にさらされてしまったのかもしれない。孤児院の子供たちに囲まれて笑顔を見せていたソフィアを思い出す。
何度も会ったわけでもなく、そう面識があったわけではなかったが、記憶に残るくらいの相手ではあった。
こうなることを予見して、ソフィアは連れ戻されてしまう前に、ネックレスを自分に手渡したのかもしれない。
その考えに至って、ウィンは血の気が引くような気がした。アリスが禍々しいアーティファクトと呼んだネックレス。
教会に連れ戻されてしまう前に、誰かにネックレスを渡さなければならなかった。誰でもよかった。ただ、自分を助けてくれた騎士は、ネックレスを託すにはちょうどよかった。
おそらく、そういうことなのだろう。
そう考えると、不思議と辻褄がすべて合うような気がした。
(……じゃあ、シスターは、いまどこにいるんだ?)
ウィンはそう呟くと、静かに深く、耳を澄ますのだった。
説法が終わり、背の高い助祭が元来た扉から奥へ入って行く。
扉が閉まる音を合図にするかのように、信徒たちが立ち上がる。それまで止まっていた時が戻るように、ざわめきが周囲を覆いはじめる。
広大な教会のドームの下、彼らは思い思いにステンドグラスや彫刻などを見るために歩き出す。
ウィンもその人の流れにのって、教会の右側の廊下に出る。助祭が扉を閉めて消えていったのも右側である。足音をあまり立てないように歩きながら、周囲の様子を伺う。
奥まで歩いていくと、観光客や信徒たちの数が少なくなる。先程のドームの下の広場には、ソフィアの姿はなかった。
孤児院におらず、教会にいる。ハックはそう話していた。それが本当だとしたら、この広大な教会のどこかにいるはずだった。
そして、その辺りを普通に歩いているはずはなかった。逃げ出したのを連れ戻されたのであれば、どこかに閉じ込められている可能性も高い。
(落ち着け……焦るな)
ウィンは自分にそう言い聞かせながら、教会の探索を進めるのだった。
ウィンは、教会の4階の奥の廊下を歩いていた。途中、何度か教会関係者とすれ違い、軽い会釈をする。白いローブを着てフードをしているせいか、怪しまれないまま先に進むことができていた。
先程から、ウィンはいくつもの部屋を調べていた。ほとんどの部屋には、誰の姿もなく、様々な家具や書類などが置かれている。いくつか鍵がかかった部屋があったが、扉に耳を当てて澄ましてみても、何の物音も聞こえなかった。
「それでソフィアはまだ何も言わんのか」
ふいに、左に曲がる廊下の先の方から響き渡る声がする。ウィンは周囲を見回し、扉を開けて近くの部屋に慌てて隠れる。先程と同じような、寝台と小さな机だけがある、帝国から出張に来た司祭が宿泊するような小さな部屋である。寝台と机の間には窓がある。
ウィンは部屋に誰もいないことを確認した後で振り返ると、扉をほんの少しだけ開けて、その影に隠れて耳を澄ます。
「はい、知らないの一点張りです」
聞き覚えのある慇懃無礼な話し声。
「知らないはずがなかろう。どんな手を使っても構わん。壊してしまっても構わん」
男の声は苛立たしく響く。段々その声が近づいてくる。
「開港祭まであと2日しかないんじゃぞ。このままネックレスが見つからなければ、計画がすべて台無しになってしまう。もしそんなことになったら、これまでの準備もすべて……それに、儂らの身も危なくなるんじゃよ」
男は、感情的にそうまくし立てながらウィンの隠れている扉の前を通り過ぎていく。記憶に間違いがなければ、今の声は昨日ソフィアを迎えに来た司祭のものだった。
一緒に歩いているのは長身の男--助祭だろう。
「儂が直接行く。ソフィアはどこに閉じ込めておるんじゃ」
「『星の間』です」
「あそこか……よし、いまから行くぞ」
「はっ」
長身の男は小さく返事をする。
「ごきげんよう、司祭様」
ふいに別の声が聞こえる。
「おおっ! 異端審問官ではないか。遠いところわざわざこんな辺境の地までお越しくださったか」
ついさっきまでとうってかわって、明るい声で司祭が言う。
「先程の説法、とてもよかったですわ」
声の主は、助祭に向かって話かけている。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。ただ、私はまだまだでございます」
「あらまあ、ご謙遜を」
男の声だが、妙に艶めかしい声である。
「ここでどうされたのですかな」
「ああ、荷物を忘れてしまって。取りに来たのよ」
「なるほどなるほど」
司祭はそう言うと、「では」と挨拶をかわし再び歩き出す。司祭と助祭の足音が遠ざかり、かわりにもうひとつの足音が近付いてくる。
(まさか……この部屋かよ?)
ウィンは部屋の中を急いで見回す。確かに、机の上に旅行鞄が置かれていたのだった。
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