<10> 聖心教会
ポルティガの街にはいくつもの教会がある。ポルト王国の国教である太陽教の教会が最も大きいが、ウィンが見上げている聖心教会の建物もかなりの大きさである。
(この中で探すのは至難の業だな……)
アイボリー色のローブを着込んだウィンはそう小さく呟く。フードをしっかりと被り、教会の中に入る信徒の列に並ぶ。
白い建物の上に青いドームが載っているような形状は、世界中の聖心教会に共通の外観だそうだ。ドームの中程にはステンドグラスが張り詰められている。
ウィンは昔誰かに聞いたことを思い返す。帝都の聖心教会の総本山の荘厳さ、雄大さは死ぬまでに一度は見るべきだと声高に語っていた。あれはいつだったか酒場で意気投合した、帝国からの旅人だったろうか。
アリスに事情を話した後、ウィンは一度家に戻った。家にはハックがいて、事前に用意してくれていた聖心教会のローブを手渡してくれた。
「聖心教会って、いい噂聞かないっすよ」
しぶしぶローブを手渡しながら、ハックは心配そうに言う。
「別に殴り込みに行くわけじゃない。ちょっと教会の中に入って、シスターに確かめたいことがあるだけさ。それでソフィアというシスターは今日は孤児院の方にはいないんだな」
「孤児院でそれとなく聞いてきたけど、昨日からずっと戻ってないらしいよ。仕事で聖心教会にしばらく行ってるって……急な仕事で、人手が足りなくて大変だと他のシスターが嘆いていたから確かだと思うよ。念のため子供の何人かにも聞いてみたけど、昨日から見かけていないってさ」
「そうか……いつもすまんな」
ウィンはハックに礼を伝える。小柄で如才ないハックは街の様々な場所に入り込み、多くの情報を集めてくれる。ウィンにとって大切な従者だった。
「ホント、大丈夫っすか?」
ハックはウィンを心配そうに見つめる。
「大丈夫さ。いつもと同じだ」
「いつもと同じなら、大丈夫じゃないっすよ。また、巻き込まれ……」
ハックは呆れたように言う。街の困り事に首を突っ込み、結果として様々なトラブルに巻き込まれる。
それがウィンだった。そしてハックは、主人が危険な目に遭うことを決して望んでいるわけではないのだ。
「まあ、何かあったらちゃんと教えてくださいよ」
「あぁ、もちろんだ」
ウィンはそんなふうに言うのだった。
(それにしても、普段より信徒が多いのは、観光客も混ざっているからか……)
入場のための列に並びながら、ウィンはゆっくりと周囲を見回す。普段から信徒たちの列を見ることはあるが、開港祭の前だけあって普段以上の列が伸びている。
アリスが禍々しいと鑑定した魔道具を、ソフィアはなぜ自分に託したのか。その理由を探るためにここまで来た。ただ、ウィンは同時に警戒もしていた。
騎士である自分が正門から堂々とソフィアに会いに来る、そんな行動を彼女が求めていないことは明白だった。
それなら、ネックレスを隠して渡すことなどしない。
ソフィア自身がネックレスを持っているわけにはいかない理由があった。そう考えるのが妥当だろう。
その理由が何なのか。それがウィンにはわからなかった。
ただ、ウィンはポルト王国の騎士として、第二の故郷であるポルティガの日常を守ろうと強く思っている。ポルト王国が、ポルティガが平和でないと、仕事終わりのおいしいエールも飲むことはできない。
だから、わざわざ変装までして、聖心教会までやってきたのである。
ウィンは自分の中の警報が、鈍く小さな音で鳴り続けているような気がしていたのだった。
長い列がようやく終わり、ウィンは教会の建物の中に入る。
天井が高く、左右には各階の廊下の通路があるのだが、その先の壁には縦長の長方形のステンドグラスが並び、午後の日差しを薄暗い教会内に反射させている。
ステンドグラスの模様は帝国の初代皇帝が、大いなる力の助けを借りて建国を果たした逸話を表現したものと聞いたことがある。廊下を歩くと、思いがけない近さでステンドグラスを見ることができ、観光客も多い教会だった。
正面の高いところには、聖心教会の印である三つ重ねた星のマークが設置され、その下に説経台が設置されている。入口から説経台までまっすぐと中央通路があり、その左右には木の長椅子が等間隔に左右対称に設置されている。
多くの信徒たちが肩が触れるほどの距離に詰めて座り、説経台とその上の三つの星を見つめている。中には両手を合わせ、祈りを捧げているものもいる。
ウィンも、人の流れに合わせて、木の椅子に詰めて座る。ひんやりとした感覚がローブ越しに伝わってくる。
「間に合ってちょうどよかったですな。もうすぐ助祭様の説経がはじまるところですよ」
ウィンの隣に座っている敬虔な信徒とおぼしき初老の男性がそう言って、祈りはじめる。
本当は観光客に交じって教会内を自由に歩き回りたかったが、建物の中にいるほぼ全員が空いている席を探して座り始めている。
その中では自由に動き回るというわけにはいかず、ウィンは周囲に溶け込みながら、教会内部の装飾に感動している信徒のような動きで、ゆっくりと視線を動かす。
ソフィアがどこにいるのかを確認しようとしていたのだ。
教会内部にはたくさんの教会関係者が立っている。観光客や信徒を誘導するもの、受付をするもの、説法のための準備をする者。ただ、そこにはソフィアの姿は見えない。
(……いないな)
ウィンはフードを深くかぶり、視線を落とす。ローブをまとい、フードをかぶっている者は他にも少なくない数がいる。ローブを着ていないものもいるが、どうやら、敬虔な信徒であればあるほどローブを着込み、フードで顔を隠し、その顔の前に両手を合わせ、顔も周囲から見えないようにしているようだった。
秘密主義な側面が強いと言われる聖心教会らしい格好だった。
ウィンも彼らに合わせて、フードを深くかぶり、その前に両手を持ってきて、他の人から顔を隠すような姿勢をとる。その方が、変装し潜入しているというウィンにとっても都合がよかった。
「さて皆様、まもなく、助祭様による説経がはじまります。聖心の想いで、ともに神に祈りましょう」
右手前で、司会と思われる男が声を張り上げた。ドーム型の教会の内部では、その声はよく反響してはっきりと大きく聞こえる。
それまでざわついていた教会内部が、ふいに、ざわめきを失っていく。湖に石を落としたときの波紋のように、静けさが広がっていく。
右手奥の扉が開き、一人の男が現れる。聖心教の白いローブを着込んだ男。
助祭と思しき男は司会の男の方を向いて一礼すると、説経台に向かってゆっくりと歩いていく。
フードを深くかぶった、背の高い男。
(……どういう、ことだ?)
自分の顔の前で両手を合わせ、顔を隠していたウィンは、その両手を少しだけ横にずらす。
助祭の男は説経台の前に立ち、体の前で両手を合わせ、それから聴衆に向かって一度深くお辞儀をする。
「今日はお忙しい中、こんなにたくさんの信徒の皆様にお集まりいただいたこと、大変うれしく思います」
ローブ姿の男は、そう言うとゆっくりと教会内を見渡す。
「皆様の祈りが、必ずや平穏な明日をもたらすことでしょう。……そう、誠に素晴らしいことですね」
その慇懃無礼で、どこか爬虫類を思わせる冷たい声色が堂内に響いた瞬間。 ウィンの心臓が、早鐘のように激しく鳴り始めた。間違いない。あの路地裏で仲間を容赦なく投げ捨て、薄笑いを浮かべていた『長身の男』だった。
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