ある日、冒険者ギルドに新人が来た~ギルドは今日も平和です
「あらぁ、いらっしゃいませ。うふふ。新人さんですか?」
「どうも初めまして。わたし、この冒険者ギルド本部で受付をしています、ニアといいます」
「長い付き合いになるといいですねぇ」
受付の向こうで、にこにこと微笑む女性に、少年は少しだけ眉をひそめた。
「え?そんな釣れない顔しないでくださいよぉ」
「いやいや、そういう意味じゃないんです。わたしとあなたが、受付と冒険者として長い付き合いができればいいなって話ですよ」
「まあ、簡単に言えば――あなたが冒険者をどれだけ長く続けられるか、ってことですねぇ」
少年はふん、と鼻を鳴らした。
「俺は強いから大丈夫だ」
「あはは、みなさん最初はそうおっしゃるんですよねぇ」
ニアは楽しそうに笑った。
「でも、冒険者って強いだけじゃ続かない職なんですよ」
「・・・・と、いけない。先に手続きを進めますね」
「まずお聞きしますが、冒険者登録はまだですよね?」
少年がうなずくと、ニアは一枚のカードを差し出した。
「では、本ギルドで登録をお願いします。このランクカードに、血を一滴だけ垂らしてください」
「そうです、そのあたりに。はい、ありがとうございます」
カードが淡く光る。
「これで登録完了ですね」
ニアはカードを覗き込み、にっこり笑った。
「お名前はキッドさん。これからよろしくお願いします」
「さて、まずはランクについて説明しますね」
「このランクはFからAまでありまして、Aに近いほど上級の冒険者ということになります」
「まあ、ざっくり言えば強さの目安なんですが、それだけじゃないんですよぉ」
キッドが怪訝そうな顔をすると、ニアは指を一本立てた。
「ここ、みなさんよく勘違いするんですけどね。冒険者って、ただ強ければいいわけじゃないんです」
「もちろん強いに越したことはありません。でも、冒険者の仕事ってすごく幅広いんですよ」
「魔物討伐もあれば、護衛もありますし、危険な場所に入って珍しい素材を採集する仕事だってあります」
「そのとき必要なのは、腕っぷしだけじゃありません。危険を察知する力とか、周囲を見る視野の広さとか、目的を達成するために危険を避ける判断力とか。そういうのも大事なんです」
「ね? 単純な強さだけではないでしょう?」
キッドは少し黙ってから、ぶっきらぼうに言った。
「ふうん」
「あと、キッドさんは誰かとパーティを組む予定はありますか?」
「ない。俺にそんなものは不要だ」
「ん~、ソロ活動はあまりおすすめしませんねぇ」
ニアは困ったように首をかしげた。
「最低でも二人以上での活動を、ギルドとしては推奨しています」
「ちなみに、キッドさんの戦闘スタイルは? その木刀を見る限り、剣で戦う近接前衛っぽいですが」
「・・・・当たりだ」
「それなら、なおさら後衛職の方と組んだほうがいいですよ。できれば遠距離攻撃か、魔法支援ができる方と」
キッドは露骨に嫌そうな顔をした。
「後衛なんていらない。後ろでやいやい言うだけで、何もしないくせに偉そうだ」
「ん~~~」
ニアは眉を下げた。
「それは、よほど相性の悪い人に当たりましたねぇ」
「でも当ギルドが紹介する方は、ちゃんと前衛と後衛の役割を理解している人ばかりですよ。ギルド主催の講習も受けてもらっていますし」
「キッドさんも、今日登録したばかりですから、その講習を受けてくださいね」
「担当の者が説明しますので」
「それに、同じ講習を受けた人同士でパーティを組むのも悪くないと思いますよ」
ニアは少し声をひそめた。
「ちょうど今日、あと二人、先に講習を受けに入ってるんです」
「それも二人とも後衛職ですよ」
「一人は弓使いの遠距離担当、もう一人は魔法使いさんです」
「しかも、どちらもかわいい女の子です」
キッドの眉がぴくりと動いた。
ニアはにやっと笑う。
「やったね、ヒューヒュー」
「・・・・見てから決める」
「そんなこと言って。素直じゃないですねぇ」
「あ、そんな冷たい目で見ないでください。冗談ですよ、冗談」
そう言いながら、ニアは廊下の奥を指さした。
「では、講習室はそちらです。そろそろ始まるころですから、どうぞ行ってきてください」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん? 君も新人講習を受けるのかい?」
講習室に入ったキッドへ、穏やかな声がかかった。
そこにいたのは、赤い髪をした、どこか柔らかな雰囲気の人物だった。
「ぼく? ぼくはこの講習の講師を担当します。一応、Aランク冒険者です」
「名前ですか?」
その人物は微笑んだ。
「ぼくは、赤髪の騎士といいます」
「短い間ですが、よろしくお願いしますね」
部屋の中には、すでに二人の少女が座っていた。
弓を背負った少女と、杖を持った少女だ。
キッドが席につくのを見届けてから、赤髪の騎士は口を開いた。
「では、新人講習を始めます」
「ところで、きみたち三人は、お互い初対面かな?」
三人がうなずく。
「そうだね。たしか、近接担当のキッドくん、弓使いのリリアさん、そして魔法使いのカリンさん、でしたね」
「うん。きみたち、戦い方の相性は悪くなさそうです」
「これも創造神様のお導きだと思って、ひとまずお試しでパーティを組んでみる気はありませんか?」
三人は顔を見合わせた。
最初に口を開いたのはリリアだった。
「お試しなら」
カリンもおずおずとうなずいた。
キッドは少し間をおいてから、面倒くさそうに言う。
「まあ、試すだけなら」
「そう。それは良かった」
赤髪の騎士は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ぼくもそのつもりで話を進めますね」
「きみたちは今、Fランクです。だから受けられる依頼も、基本的にはFランクのものだけです」
「でも、パーティを組んだうえで、ギルドが“この組み合わせなら大丈夫”と判断すれば、一つ上のランクの依頼を受けられるようになることがあります」
「それが、パーティを組む大きな利点の一つなんです」
キッドが腕を組んだ。
「ギルドが認めるって、どうやってだ?」
「いい質問ですね」
赤髪の騎士はうなずいた。
「パーティの適性や役割のバランス、それからリーダーを中心とした指揮系統がちゃんと機能しているか。そういうものを総合的に見ます」
「強い人をただ寄せ集めればいい、というものでもないんです」
「誰が前に出るか、誰が支えるか。危なくなったとき、どう動くか。そういう連携が大事なんですよ」
三人は思ったより真面目に話を聞いていた。
赤髪の騎士はしばらく、依頼の受け方、危険度の見方、撤退判断の基準などを丁寧に説明していった。
そして最後に、少しだけ表情を引き締めた。
「さて。いろいろ話しましたが、これで最後にします」
「この冒険者ギルドは、まだできて間もない組織です」
「だからこそ、ぼくらはなおさら、きみたち冒険者を守りたいと思っています」
「そのために、魔物討伐の力をつけてもらいたいし、護衛や採集の依頼でも、できるだけ安全に働いてもらいたい」
「でも、中には悪意のある依頼もあります」
三人の顔が少しこわばる。
「冒険者の安全をまるで気にしない依頼ですね」
「理不尽な依頼人に出会ったら、すぐギルドへ報告してください。必ず対処します」
「そのための冒険者ギルドなんです」
少し間を置いてから、赤髪の騎士は苦笑した。
「端的に言うと、貴族からの依頼は理不尽なことも多いんですよ」
「だからこそ、そういう権力から冒険者を守るために、冒険者ギルドは生まれたと言っても過言ではありません」
「ふぅ。少し脅かしすぎたかな」
三人の様子を見て、彼は少し困ったように笑った。
「でも、安心してください」
「最近はギルドの価値が貴族たちにも認められてきて、そういう露骨な理不尽はずいぶん減りました」
「だから今の話は、脅しというより――ぼくからの応援ですね」
「リスク管理を徹底して、どうか冒険者を長く続けてください。期待しています」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ・・・・今日もなんとか終わったな」
講習室に誰もいなくなってから、赤髪の騎士は小さく息をついた。
新人向け講習も、ずいぶん形になってきた気がする。
最初は、自分が講師なんて務まるのか不安だった。
でも、やってみれば意外と何とかなるものだ。
そんなことを考えていると、扉の向こうから声がした。
「あ、はい。また新人さんですか?」
受付のニアに呼ばれ、赤髪の騎士は顔を上げた。
「今日は多いですね。あ、いえいえ、問題ありませんよ」
そう言いながら、新しく入ってきた少年へ視線を向けた。
そして、一瞬だけ目を見開く。
・・・・似ている。
あの人に。
胸が、少しだけざわめいた。
「もしかして・・・・君のお母さまの名前って、ラベ――」
そこまで言って、言葉を止めた。
「・・・・ん、いや。なんでもないよ」
少年は不思議そうな顔をしている。
赤髪の騎士は気を取り直し、やわらかく微笑んだ。
「ええと、君の名前を聞いてもいいかな?」
「グレー」
「へえ、グレーというのかい。いい名前だね」
少年は少し照れたように視線をそらした。
赤髪の騎士は静かにうなずく。
「じゃあ、どうぞこちらへ」
「ぼくは、この講習の講師を務める赤髪の騎士といいます」
「よろしくね」
そう言って差し出した手を見ながら、赤髪の騎士は胸の奥でそっと思った。
――やっぱり、似ている。
そして、どこか懐かしい気配がした。
ギルドは今日も平和だった。
だからこそ、こんな小さな出会いが、妙に心に残るのかもしれない。




