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第2話

イオニーア様と出会ってから、十数年が経った。


あれから私の周りは、ずいぶん変わった。


まず、私は結婚した。


そして、後継ぎとなる子も授かった。


・・・・この私が結婚、である。


いまでも時々、自分でも信じられない。


お相手は穏やかな人で、劣等感ばかり抱えていた私の心をやさしく癒してくれた。


しかも、その方を見つけてくださったのもイオニーア様だった。


領地の中から、私に合う人物を見つけてくださったのである。


それだけではない。


イオニーア様は、魔物討伐の体制を整え、領内に有益な鉱物が眠っていないかまで調べてくれた。


おかげで我が領地は、男爵領とは思えないほど豊かになった。


王国へ多くの税を納め、幾度も魔物の被害を防いだ結果、私の爵位は少しずつ上がっていき、ついには公爵位まで授かることになった。


本当に、これもすべてイオニーア様のおかげである。


そんなある日、思いがけない人物がプラチアーナ公爵領を訪ねてきた。


キース・マリーゴールド。


元・空の勇者ラベンダーの仲間であり、最後まで共に戦い、魔王討伐に貢献した一人だ。


そして、私にとっては――劣等感の象徴みたいな相手でもあった。


だって、最初は私のほうが上だったのだ。


それが旅の途中で、彼は才能を開花させ、あっという間に私を追い越していった。


極めつけは、七つの厄災と呼ばれる邪神を封印したあとのこと。


あれほど膨大な魔力を持つ存在を、封印された状態とはいえ、管理という名目で手元に置くことになったのがキースだったのだ。


なんてうらやましい。


そんなの、魔力増幅の恩恵を受け放題じゃない。


また私と差がつくじゃないの――と、私は本気で思ったものである。


そのキース・マリーゴールド子爵が、わざわざ私のもとへやってきた。


しかも用件は、私の下で働きたい、というものだった。


私はすでに公爵位にあったから、爵位の上下でいえばこちらが上になる。


けれど、それにしたって妙な話だ。


理由を尋ねると、キースは少し照れたように、けれど真面目な顔で言った。


昔から、ずっと私のことが気になっていたのだと。


本当は結婚したいくらい、好きだったのだと。


うそだーーー。


そんな気配、全然なかったじゃない。


顔を合わせれば喧嘩ばかりだったし。


勇者様にはいつもでれでれしてたし。


けれど、本人に言わせれば、照れてしまって素直になれなかっただけらしい。


・・・・あほらし。


だったら、勇者様の胸と私の胸を比較するのはやめなさいよね。


視線でばればれだったんだから。


まあ、私は色恋沙汰には鈍いわよ。


ずっと魔法一筋で生きてきたのだし。


それでも、あの頃ぎくしゃくしていたキースが、実はずっと私を思っていてくれたと知ったときは、やっぱり嬉しかった。


もちろん、今となってはお互い良い年だし、配偶者も子供もいる。


だから彼は、せめてプラチアーナ公爵領の経営を手伝わせてほしい、と言ったのだった。


しかもその話は、家族も家臣も皆納得済みだという。


イオニーア様も、独断では決めず、私の意見を求めてきた。


だから私は、キース・マリーゴールド子爵を受け入れることにした。


その後、イオニーア様はキースにも領内での役割を与え、公爵領はさらに発展を遂げていった。


本当に、イオニーア様はすごい方だ。


領地のあちこちに顔を出しては、的確な指示を出す。


しかも、忙しい領地経営の合間を縫って、冒険者ギルドというものにも関わっているらしい。


仕組みは正直、私にはよくわからない。


けれど、プラチアーナ公爵領には、まだまだ魔物の脅威も、未攻略のダンジョンも多かった。


それらを減らすには冒険者が必要だったのだろう。


イオニーア様は、その冒険者たちを呼び込むため、彼らを守り、仕事を回す組合のようなものを作ったらしい。


おかげで、中央平原のあちこちから多くの冒険者が集まり、魔物を討伐し、ダンジョンを攻略してくれるようになった。


いやあ、イオニーアさまさまである。


私一人では、絶対にここまで領地を発展させることはできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある日、私は修行場にしている丘の上から、領地を見渡していた。


小麦畑が、地平線の果てまで金色に輝いている。


いつの間に、こんなにも広がっていたのだろう。


私は修行に夢中になるあまり、気づけば何十年もの時を過ごしていた。


普通の人族なら、とっくに寿命で死んでいてもおかしくない歳である。


けれど私は、絶えず魔力制御を続けていたせいか、見た目も肉体もずっと若々しいままだった。


それは、キース・マリーゴールド子爵も同じだった。


私はとっくに後継者へ家督を譲っていた。


でも、魔法の修行だけはやめなかった。


魔法の修行に果てはない。


だって、どこまで進んでも、その先の目標をイオニーア様が示してくださるのだもの。


どこまでも、どこまでも手を伸ばして。


私は魔法の修行を続けた。


そして、孫が結婚し、その子――つまり私にとってのひ孫が大きくなったころ。


ようやく、私の身体は動かなくなった。


寿命が来たのだろう。


気づけば、見知った人はもう皆いなかった。


キース・マリーゴールド子爵も、一か月前に亡くなっていた。


これで死ぬのだとしたら、本当に魔法の修行にすべてを捧げた人生だったわね。


我ながら、馬鹿みたい。


・・・・はあ。


なんで私は、こんなに意地になって魔法の修行ばかりしていたんだろう。


遠い昔すぎて、最初の理由すらぼんやりしていた。


ふわぁ・・・・ああ、眠い。


あれ?


いつの間にか、私はベッドに寝かされていた。


周りを見ると、年老いた後継者の息子と、その孫・・・・だったかしら。


あまり顔を合わせてこなかったから、自信がない。


さらに、その面影を残した若い青年までが、悲しそうな顔でこちらを見ている。


・・・・なんで、みんなそんな顔をしているんだろう。


声を出そうとした。


けれど、うまく出ない。


そういえば、人と話すのもずいぶん久しぶりだった。


身体は重く、どうしようもなく疲れている。


うう、もうだめ。眠い。


だから私は心の中で、そっとつぶやいた。


――ごめんね。眠いから、寝るね。


その瞬間、世界が暗転した。


そう思った次の瞬間には、私は、とても明るい光の空間に立っていた。


「へ? あ、あれれ? 私、寝てたんじゃ?」


きょろきょろと辺りを見回していると、すぐ隣にイオニーア様が立っていた。


「ベルフラワー・プラチアーナ公爵。あなたは肉体から魂が抜け出たのですよ。まだお気づきではありませんか?」


「ここは死後の世界です。私は最後の務めとして、あなたの魂が迷わず霊界へたどり着けるよう案内に来たのです」


そんな馬鹿な、と思ったけれど、なぜか言い返す気にもなれなかった。


身体は妙に軽い。


なんなら、宙に浮いているような感覚さえある。


イオニーア様は、まっすぐ先の光を指差した。


「あの光の道へ進みなさい。これで、あなたの現界での歩みは終わります。本当にお疲れ様でした」


それから、イオニーア様は最後にこう言った。


「私があなたを助けたのは、私のご主人様――ホワイト様から、あなたのことを助けると約束したが、それができなくなった。だから代わりに頼む、と言われていたからです」


それを聞いた私は、ああ、そうか、と妙に納得した。


あの時の約束を、果たしてくれたのね。


イオニーア様が指し示す光の先へ進めば、きっとホワイトのいる世界へ行けるのだろう。


そうね。


向こうでホワイトに会ったら、領地経営を手伝ってくれたお礼を言わなくちゃ。


とても感謝しているのだと。


そう思いながら、私は光の差す方へ進んでいった。

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