魔法に生きた男爵と大魔導士~プラチアーナ男爵領のその後~ 第1話
私、ベルフラワー・プラチアーナは、かつて空の勇者ラベンダーの仲間だった。
――だった、というのは、途中で離脱したからだ。
もちろん、何もせず抜けたわけじゃない。
勇者パーティへ食料や魔石などの物資を供給するため、与えられた領地を守り育てる役目を引き受けたのである。
私が領地として与えられた土地は、比較的平野が多く、作物を育てるには向いていた。
だから領地経営そのものは、何とかこなせた。
穏やかな日々だったと思う。
だけど――やっぱり私は、魔法が好きだった。
たぶん、それは家の血なのだろう。
私の実家は、大陸十賢者に連なる魔法使いの家系だった。れっきとした貴族で、しかも私は長女だった。
まあ、いろいろあって家は飛び出したのだけれど。
その後、ゴールド王国の王都で、「あなたは勇者の仲間という運命を背負っている」と言われ、本当にその通りになった。
だから私は、領主になってからも隙間時間を見つけては、魔力制御や魔力強化の修行を続けていた。
特に魔力制御の修行は、とんでもない集中力を要する。
そんな修行馬鹿だった私が、結局は魔法の実力不足でパーティを離脱したのだ。
どう?
馬鹿みたいでしょう。
魔法にすべてを捧げてきたのに、実力が足りなかった。
クビだと言い渡されたときは、さすがにショックだった。
でも、本当は気づいていたのだ。
旅を続けるうちに、嫌でも思い知らされた。
私の実力では、もうあのパーティでは通用しなくなってきている、と。
しかも、私だけが使えていた魔法を、他の仲間も使えるようになっていった。
だったら、これ以上みじめになる前に離れたほうがいい。
そう考えて、私は勇者パーティを去った。
名目は、物資供給のため。
でも、心の中では敗北だった。
だから今でも、時間ができるとつい魔力の修行をしてしまう。
もうこれは、私のコンプレックスと言っていいのかもしれない。
「あ、いけない」
領民が呼んでいる。
今日は私の土属性魔法で、畑に栄養を与える日だった。
これをやると魔力はごっそり持っていかれるけれど、そのぶん作物の実りは良くなるし、害虫にも強くなる。
領民たちからは、とても感謝されていた。
まあ、魔力持ちの領主なんだから、これくらい当然なんだけどね。
ふふん。
そんなふうに、私は穏やかな領主生活を送っていた。
けれどある日、空の勇者ラベンダーが魔王を見事討伐した、という噂が届いた。
それまでは、勇者パーティのまとめ役であるサンドベージュから、
「どこそこへ、これだけの食料を届けてほしい」
「魔石を送ってほしい」
といった指示が、通信魔法で届いていた。
それが、ある時を境に、ぱったり途絶えたのだ。
どうしたのかしら、と心配していたけれど――そういうことだったのか、と私は納得した。
そっか。
魔王討伐に成功したんだ。
よかった。
うん、本当によかった。
これで世界は平和になる。
魔物の被害も減る。
よかった。
よかった、けれど――
どうしてだろう。
どうして私は、涙を流しているんだろう。
どうして私は、こんなに悔しいんだろう。
わかっている。
私は、悔しいのだ。
悔し涙が出るほどに。
どうして、魔王討伐を果たしたパーティの中に、私がいないのだろう。
それが悔しかった。
だから、決めた。
私はこれからも、魔力の修行を続ける。
たぶん、これからは平和な時代になっていく。
戦いのための魔法が求められる場面は、少しずつ減るのかもしれない。
でも、そんなの関係ない。
修行を続けて、続けて、それでもまだ続けて。
いつか胸を張って、私だって勇者パーティの一人だったのだと言いたい。
ぐす。
そんな私の思いなどよそに、プラチアーナ男爵領は発展を続けていった。
領主自らが魔法修行に没頭しているものだから、領地そのものが魔法に理解のある土地になっていったのだ。
魔法を学びたい者。
魔法の腕に覚えのある者。
そんな人たちが少しずつ移り住むようになり、やがて小さいながらも、魔法使いの聖地のように扱われるようになっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はあ、はあ・・・・どうして。どうして、限界の壁を越えられないの」
私、ベルフラワー・プラチアーナは、男爵位を持つ立派な貴族・・・・のはずなのだけれど、最近は領地経営もほとんど人任せにして、ひたすら魔力修行に打ち込んでいた。
どうしても、自分の限界を越えたかったのだ。
何日も。
何週間も。
何か月も。
来る日も来る日も、魔法のことばかり考えていた。
だけど駄目だった。
どうしても、壁を越えられない。
私はこれ以上、強くなれないの?
そんな自問自答を繰り返していた、ある日のこと。
「あなたは心が乱れていますね。もっと集中して」
そんな声が、ふいに聞こえてきた。
「そう、魔力を細く鋭い一本の針のように変えていくイメージを持って」
私ははっとして振り向いた。
そこには、一人の女性が立っていた。
「何をしているの? さあ、イメージをしなさい。魔力の可能性は無限にあるのよ」
「あなたはまだまだ伸びるわ。まずは魔力を制御するの。あなたの魔力制御は素晴らしい。あとは想像力よ」
その言葉が、なぜかまっすぐ心に染み込んできた。
言われた通りに意識を整え、魔力を練り直す。
すると――今までどうしても越えられなかった壁を、私は越えることができた。
助言をくれたその女性は、いつも少し離れた場所に立って、私を見守ってくれた。
私には、その姿がとても神々しく見えた。
その方は、イオニーアと名乗られた。
イオニーア様。
その名を、私はこの先、何度も心の中で唱えることになる。
イオニーア様は、私への指導を続けてくださるだけでなく、プラチアーナ男爵領の経営も手伝うと申し出てくださったのだ。




