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夢見る男爵と女将軍~シルバーナ男爵領のその後~

スレート・シルバーナ男爵。


かつて孤児だった彼は、大地の勇者のお供として旅をし、その後は空の勇者ラベンダーにも協力した人物である。


のちにゴールド王国の将軍となり、魔物討伐で大きな功績を挙げ、その褒賞として男爵位と領地を与えられた。

立身出世の見本として、今なお語られることのある人物でもある。


とはいえ、彼自身は華やかな英雄とは少し違っていた。


パーティでは盾役として仲間を守り、将軍としても前線で身体を張ることを得意とした。


朴訥で飾り気がなく、人より優れているといえば、大柄な体格と、重装備にも耐えうる筋骨隆々の身体くらい。


それでも、そんな彼には一つの夢があった。


孤児として生きてきたからこそ抱くようになった夢。


それは、「誰もが幸せに暮らせる国を作る」というものだった。


あまりに真っ直ぐで、あまりに大きな夢だったからだろう。


周囲の者たちはその夢を幼稚だと笑い、無理だと馬鹿にした。


だが、それでも彼は諦めなかった。


領地経営など不慣れもいいところだったが、それでも一つ一つ、できることから始めていったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


街道から少し外れた場所にある、小さな町が一つ。


それが、スレート・シルバーナ男爵に与えられた領地だった。


小さな町とはいえ、住民は五百人を下らない。


その全員を飢えさせず、安心して暮らせるようにすること。


それこそが、自分に与えられた役目なのだと、スレートは考えていた。


とはいえ、現実は甘くない。


近くの森からは、何度も魔物が襲ってきた。


だが、スレートは将軍時代の経験を活かし、町の周囲に溝を掘り、簡素ながらも防壁を築いて守りを固めた。


それだけではない。


住民一人一人と顔を合わせ、どのような役割を担えば町を守れるかをともに考え、納得してもらったうえで自警団に加わってもらったり、特産品づくりに従事してもらったりと、少しずつ領地の形を整えていったのである。


驕らない姿勢。


自分たちの町を守り、より良くしていこうとする真剣さ。


それに打たれた町民たちもまた、スレートに協力し、領地づくりに力を貸した。


やがてシルバーナ男爵領では、魔物が襲ってきた際の戦い方も形になっていく。


防壁で足を止めた魔物を、自警団が弓で射る。


ひるんだところへ、スレート自らが前に出て、とどめを刺す。


そうして倒した魔物からは魔石が得られた。


魔物の襲撃があるたびに魔石は増えていき、その魔石を懇意にしている商会へ売ることで、少しずつ資金も蓄えられていった。


その資金は、怪我や病を癒やす治癒士への給金に回され、また、親を失った子どもたちを保護する孤児院の運営にも充てられた。


慎ましく、けれど確かに。


シルバーナ男爵領は、そうして少しずつ育っていったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そんなシルバーナ男爵領に、ある時、目をつけた貴族がいた。


狙いは、領内で蓄えられていく魔石だった。


その貴族が言うには、魔石のもとになる魔物たちは、もともと自分たちの所有する森から来ている。


ゆえに、その魔物から得られる魔石は自分たちのものでもある――というのだ。


誰が聞いても、恥知らずな理屈だった。


馬鹿馬鹿しい言いがかりと言っていい。


だが問題は、それを穏便に退け、しかるべき言葉で交渉できる者が、この領地にはいなかったことだった。


スレートは、魔物を相手に武器を振るうことには長けている。


だが、貴族を相手に当然の権利を主張し、言葉で勝つ術は持ち合わせていなかった。


もし、こんな理不尽に屈すればどうなるか。


他の貴族たちからも侮られ、さらに付け込まれることになるだろう。


己の不甲斐なさに、スレートが頭を抱えていた、そのときだった。


一人の旅人が、男爵領を訪れた。


深いローブをまとったその旅人は、穏やかな声で言った。


「もし。この領地の領主であるシルバーナ男爵様とお見受けします」


「どうやらお困りのご様子。よろしければ事情をお聞かせください。お役に立てるかもしれません」


藁にもすがる思いだったスレートは、旅人に事情をすべて打ち明けた。


すると旅人は、少しもためらわずに言った。


「では、その交渉は私が引き受けましょう」


「男爵様はおそばにいてくださるだけで結構です。あとは私が話をいたしますので」


よほど困っていたのだろう。


スレートはその申し出を受け入れ、言いがかりをつけてきた貴族のもとへ向かった。


結論からいえば、交渉は大成功だった。


旅人は恫喝してくる相手貴族に対して大げさに驚いてみせたかと思えば、次の瞬間には巧みに話を転がし、脅し、すかし、なだめながら、いかにその要求が恥知らずなものであるかを、直接そう言わずに悟らせていった。


少しでも有利な条件を引き出そうと粘る相手の貴族に対し、旅人が最後に放ったのは、こんな言葉だった。


「では、今後は森からやってくる魔物を一切討伐せず、すべてそちらの領地へ向かうよう誘導いたしましょう」


「それならば、安心して魔石を得ることができますね。わたくしたちは、今後いっさい魔物に傷をつけるようなことはいたしません」


その瞬間、相手の貴族は完全に言葉を失った。


「そ、そこまでしなくともよい! これからも魔物が来れば、そなたらで討伐してくれればよいのだ!」


旅人はにこやかにうなずいた。


「では、こういたしましょう。魔物はこちらで討伐します。そして、その討伐の代償として得た魔石は、こちらが所有する。それでよろしいですね?」


当たり前の話だった。


だが、こういう相手には、その当たり前をきちんと口に出して確定させなければならない。


それでもなお、一矢報いたいのだろう。


相手の貴族は苦し紛れに叫んだ。


「ぐぬぬ・・・・ならば森からやってくる魔物は、そちらですべて討伐せよ! 万が一、こちらの領地に流れてくるようなことがあれば、損害を請求するぞ!」


だが、これもまた妙な話だった。


そもそも、森から来る魔物を討伐する義務など、シルバーナ男爵にはない。


自分の町が襲われるから、防いでいるにすぎないのだ。


ところが旅人は、その言葉を逆手に取った。


「承知いたしました」


「つまり、こういうことですね。あの森は我らシルバーナ男爵領のものなのだから、あの森から来る魔物の責任はすべて我らにある――そうおっしゃりたいのですね?」


そう言って旅人は、森の所有権そのものをシルバーナ男爵領に帰属させる方向へ話を持っていったのである。


これには、交渉の場にいた相手方の側近たちが顔色を変えた。


「それはおかしな話ですな!勝手に森の所有権を奪わないでいただきたい!そのような内容は王国法にも触れますぞ!」


だが、貴族は側近を制し、しばらく考えたあとで言った。


「・・・・よかろう。あの森を、お主たちシルバーナ男爵に譲る。書面も用意してやろう」


「しかし、その代わりだ。あの森から来る魔物によって、こちらの領地に損害が出た場合、その損害は支払ってもらう。それも書面に残す。それでよいな?」


この言葉に、さすがのスレートも焦った。


だが旅人は、少しも揺るがず、ただ一言だけ告げた。


「問題ありません」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この交渉をきっかけに、シルバーナ男爵領は隣接する森すべてを領地に加えることになった。


そして、その旅人の正体こそ――シェラである。


シェラはスレート・シルバーナ男爵に対しては「シェーラ」と名乗り、自らの判断で結んだ契約の責任を取るため、そのまま男爵の家臣となった。


そして男爵領の発展に、大きく寄与することになる。


森はシェラが単独で制圧した。


さらに森に満ちていた瘴気を浄化し、魔石だけが産出するように作り替えたのである。


その後、魔物による被害は一気に収まり、逆に魔石は大量に手に入るようになった。


その富をもとに、シルバーナ男爵領は目に見えて栄えていく。


シェラはその後もスレートと男爵領を支え続けた。


町は規模を広げ、やがて男爵は、魔石で得た資金を王国へ納め続けることで、公爵位にまで陞爵するに至る。


公爵位を得るころには、スレートはすでに老齢だった。


それでもなお、彼は変わらず、誰もが幸せに暮らせる国を夢見続けた。


そして、その後継者もまた、シェラを深く信頼していた。


公爵領のあらゆる権限を任せるほどに。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


長い年月が流れた。


スレート・シルバーナ公爵は、ついに寿命を迎え、大きなベッドに身を横たえていた。


傍らにいるのは、長年の家臣であり、友人とも呼べる存在となったシェラただ一人。


かすれた声で、スレートは言った。


「ありがとう。シェーラ殿。あなたに会えて、本当に良かった」


「おかげで私は、私の夢だった――誰もが幸せに暮らせる国を作ることができた」


静かに、ゆっくりと言葉を紡ぎながら、彼は微笑んだ。


「あの時、あなたに出会えていなければ、ここまで来ることはできなかっただろう」


そして、少しだけ冗談めかして言う。


「しかし、あなたはいつでも若々しい。きっと、歳を取らないのですな」


その時だった。


まさに魂が身体を離れようとする、その直前に。


シェラは、ようやく真実を口にした。


「スレート公爵閣下。わたしは、あなたの友人であったホワイト様に仕えている身なのです」


「そして、ご主人様が――スレート様のお手伝いをせよと願われたのでございます」


それを聞いたスレートは、驚いた様子もなく、ただ静かに目を細めた。


「・・・・そうだったのか」


それだけをつぶやき、シェラににっこりと笑いかける。


「ありがとう」


その言葉を最後に、スレート・シルバーナ公爵は静かに生涯を閉じたのである。


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