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第2話

私は絵を描き始める前に、いつものようにエリューシオン教会へ行き、お祈りを捧げました。


最近は、絵を描く前には必ずこうしてお祈りをしてから作業に入っています。


そうすると、何か良いひらめきをいただけるような気がするのです。


お祈りを終え、さて帰ろうかと思った時――


滅多にお目にかかれない方が、目の前に現れました。


大聖女様です。


何度となくこの教会へ通っている私でさえ、そうそうお会いできる方ではありません。


相変わらず、お美しい。


年ははるかに上だと聞いているのに、まるであどけない少女のようなお顔立ち。


そして、その少女のような顔には不釣り合いなほど艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳。豊かな胸に、くびれた腰。


そのすべてが、憧れそのものでした。


これこそ究極の美、と言うべきではないでしょうか。


私、好きです。愛してます。


・・・・などと不埒なことを考えていた私へ、大聖女様は静かに歩み寄り、こうおっしゃいました。


「話は聞いておりますよ。クレソン男爵令嬢」


「いつもお祈りに来ているあなたへ、聖処女神エリューシオン様が手助けをしたいとおっしゃいました」


「この絵をお貸しします。これを参考にして作品を作りなさい」


そう言って、一枚の絵画を差し出してくださいました。


私はその絵をひと目見た瞬間、涙が溢れました。


あまりに素晴らしかったからです。


今までの自分の絵が、たちまち色あせて見えました。


それほどまでに、この絵は美しかった。


少しでもこの絵に近づきたい。


その一心で、私はすぐに絵を持ち帰り、男爵家の工房へ引きこもりました。


それからはもう、寝食も忘れて絵に没頭しました。


1年後。


ついに、皇太子を決める夜会の日がやってきました。


私は絵をすでに描き上げています。


さあ、これを持って会場へ向かおう――そう思った、その時でした。


意地悪をしてくるクレマチス侯爵令嬢が、私の工房へ入ってきたのです。


「ごきげんよう、クレソン男爵令嬢」


「でも、あなたは夜会に来る必要はなくってよ。だって、あなたの作品を潰しに来たのですもの。うふふ」


そう言って、私の絵の方へ近づいてきます。


恐怖で、私は声も出せませんでした。


すると侯爵令嬢は、ふと壁に掛けてあった、あの一枚の絵へ目を向けました。


――大聖女様からお借りした、あの絵です。


その瞬間、クレマチス侯爵令嬢もまた、涙を流し、言葉を失ったのです。


そして次の瞬間、恐ろしい笑顔で私に向き直りました。


「こんな素晴らしいものを描くだなんて、絶対に許せないわ」


「これは私がいただいていきます」


さらに低い声で、こう脅しました。


「このことを誰かに言ったら、クレソン男爵家そのものを潰しますからね」


そう言い残し、絵を持って出て行ってしまったのです。


もちろん、あれは私の作品ではありません。


ですが、預かり物です。返さなくてはなりません。


困ってしまいましたが、夜会にも行かなくてはならないので、私はひとまずそのまま会場へ向かいました。


すると、夜会の場で、クレマチス侯爵令嬢はあの絵を自分の作品として発表したのです。


あの絵に比べれば、私の描いた絵など月にすっぽん。


負けるのは当然でした。


結果、第一皇子の勝利となりました。


けれど第二皇子殿下は、私にこう言ってくださいました。


「気にすることはない。あの絵は、私が見ても素晴らしい」


「素晴らしすぎると言っていい」


「これで良かったのだ。もともと私は皇太子になるつもりなどなかったのだから」


その言葉に救われたような気もしましたが、私はやはり、このままではいけないと思い、その足でエリューシオン教会へ向かいました。


そして、大聖女様へすべてをお話ししたのです。


大聖女様は困ったようなお顔で、こうおっしゃいました。


「それは困りましたね。ですが、あなたが気にすることではありませんよ」


「あの絵は、聖処女神エリューシオン様が描かれたものです」


「聖処女神エリューシオン様は聖女の神であるだけでなく、芸術の神でもあります」


「その方の作品を正当な手続きなく奪ったのです。呪いがかかるかもしれません」


・・・・呪い?


呪いとは、どのような呪いなのでしょうか。


気にしなくてよいと言われても、勝手に持って行ったクレマチス侯爵令嬢のことが心配になってしまいました。


そして私は、この騒動をきっかけに、絵を描くことをやめました。


私が本当に求めていた道は、芸術ではなかったからです。


その代わりに――


私は、自分が本当に進みたい道を見つけることができたのでした。


終わり。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、と。こんなものかな。大聖女様から出された、“半生をレポートにして提出しなさい”という課題は」


私は今、エリューシオン教会で聖女たちが暮らす一室で、同室の聖女と一緒に課題を書いていました。


実は、あれから私は聖女になったのです。


あの後すぐに、聖処女神エリューシオン様が私の前へ現れ、聖女として認定してくださったのでした。


それから私は、聖女として総本山へ入り、修行の日々を送ることになったのです。


私が聖女になってから、早10年。


まだまだ下積みと言ってよいでしょう。


大聖女様から出された課題は、「聖女として認定されるまでの半生をレポートにまとめること」でした。


それまでの自分を振り返り、お世話になった方々への感謝を忘れないため――という理由だそうです。


そして、同室の聖女が私のレポートを読み終えた後、こう言いました。


「ああ、カーペラって、あの時に絵を出してた芸術家さんだったんだ」


「あの時のこと、教会でもしばらく噂になってたから、私も覚えてるわ」


「だって、皇太子の座を絵画の出来で決めるって、何を考えてるのって話だもの」


「しかも、そのあと勝ったはずの第一皇子が呪いで死んじゃったから、余計に騒ぎになったのよ」


「えっ!!!第一皇子様、死んじゃったの!?」


「そうよ、知らなかったの?」


「だから、第二皇子殿下が皇太子になったのよ」


「あ~・・・・私、その直後に聖女認定されて教会へ入ったから・・・・」


「なら知らないのも無理ないか。でも、あれからもう10年よ?」


「そういうところも、あなたらしいわ」


同室の聖女は、そこでにやにやしながら、私のレポートを軽く振った。


「それよりカーペラ。あなた、レポートにかこつけて大聖女様の容姿を褒めまくってるじゃない」


「しかも“好きです”。“愛してます”って・・・・」


「こんな形で大聖女様に告白するなんて、意外と抜け目ないのね」


・・・・さて。


この続きは、どう弁明したものかしら。



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