おまけエピソード 元男爵令嬢の修道女の半生記~私の絵で皇太子が決まる?男爵令嬢にそんな無茶振りしないでください。~ 第1話
第1話
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リューシェこと聖処女神エリューシオンは、聖女を認定する女神として信仰されている。
しかし、それだけではない。
聖処女神エリューシオンは、絵画、音楽、彫刻など、芸術を司る女神でもあったのだ。
あらゆる楽器に精通し、ひとたびハープを奏でれば万人をうっとりさせ、筆を取って描いた絵は、老若男女を虜にしてしまうという。
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「勇者の聖戦」から370年後。
今から記しますのは、私の半生を綴ったものでございます。
特に面白いものではありません。
どうか、あまり期待なさらずにご覧くださいませ。
プラチナ帝国には、数多くの貴族家がございます。
その中に、貧しいながらも温かい家庭を築いている男爵家がありました。
その名を、クレソン男爵家と申します。
そこに生まれた娘の一人が、カーペラ・クレソン――つまり、私でございます。
我がクレソン男爵家は、領地を持たず、帝都に屋敷だけを構える貧乏貴族でした。
収入の主な源は、男爵である父が皇帝宮に仕えて得る給金のみ。
とても贅沢などできません。
そんな中でも、父は私の絵画の趣味を認め、絵の具や道具を用意し、自由に描かせてくださいました。
私の描いた絵は、周囲から高く評価されることもありました。
ですが所詮は素人の絵です。
それで男爵家の評価が上がるわけではありません。
それでも、絵を描いている時間だけは、すべてを忘れて自分の世界に没頭することができました。
というのも、私を目の敵にして嫌がらせをしてくる令嬢がいたからです。
その方は、どうやら私の才能が妬ましかったようで、夜会のたびに私の悪い噂を流し、孤立させようとするのです。
その令嬢の名は、クレマチス侯爵令嬢。
彼女も絵画の才能に恵まれ、貴族たちから高い評価を受けていました。
ですが、どうやら私の方がわずかに評判が良かったらしく、そのことで余計に恨まれていたのでしょう。
相手は侯爵家。
低位の男爵家では太刀打ちできません。
嫌がらせにも、ただ耐えるしかありませんでした。
私はそれを忘れるために、慈善事業や貧民への炊き出しに積極的に参加するようになりました。
また、エリューシオン教会へ通い、お祈りを捧げるようにもなったのです。
いまではそれが、すっかり日課となっていました。
もともと私は、貴族らしい考え方や、厳格なマナー、作法などがあまり得意ではありません。
将来は家を出て、平民の男性と結婚しようかしら、と考えたことさえあるほどです。
たまに高位貴族から、「パトロンになるから、支援を受けて思う存分絵を描いてほしい」と誘われることもありました。
ですが、私はどうしても、貴族の支援を受けて絵を描くという形に馴染めませんでした。
高位貴族の方々は、たいてい気難しいですし、きっと私は失礼をしてしまうでしょう。
余計なトラブルを招いて、父やクレソン男爵家へ迷惑をかけてはいけない――そう思って、すべてお断りしていたのです。
そんなある時、帝都プラチナムで恐ろしい疫病が流行しました。
この疫病は、主に栄養を満足に取れない平民や貧民の街で猛威を振るいました。
我がクレソン男爵家は一応貴族でしたので、食生活もそれなりに整っており、家族が病に倒れることはありませんでした。
ですが、奉仕活動で知り合った平民の方々が次々と病に倒れていくと聞き、私は大変心を痛めていたのです。
そんな中、プラチナ帝国の第二皇子殿下が、自ら平民たちを救うため動き出したという話が広まりました。
皇族でありながら、高貴な身を下々の街へまで運び、病に苦しむ人々を救おうとなさったのです。
それを聞いた私は、感動を覚えました。
炊き出しは、第二皇子殿下の私財で行われているそうでした。
私は、少しでもお手伝いしたくて、その炊き出しの奉仕に参加しました。
奉仕をしている最中、第二皇子殿下がきちんと行われているか自ら確認するため、視察に来られたこともありました。
もちろん、私のような男爵令嬢が第二皇子殿下に声をかけられるような奇跡は起こりません。
ただ遠目に、「あの方が、この支援を行ってくださっている第二皇子なのだ」と見るくらいでした。
やがて疫病は静まり、貧民たちは聖女様方の回復魔法も優先的に受けられるようになりました。
そのおかげで、順調に回復していったのです。
これもまた、第二皇子殿下が動いてくださった結果だと、後で聞きました。
正直に申し上げて――神対応です。
本当にすごい方です。
第二皇子殿下は、神様か何かなのでしょうか。
そんなある日。
私がいつものようにエリューシオン教会でお祈りをしていると、ふいに隣へ第二皇子殿下が立たれ、声をかけてこられました。
「はじめまして。私はプラチナ帝国第二皇子の地位にある者です」
「お祈り中に無礼を承知で声をかけてしまい、申し訳ありません」
そして、こう続けられたのです。
「実は、あなたのことを噂で聞きました。絵画に関して稀有の才能があると」
「それが本当なら、どうか私をその才能で助けてほしいのです」
「1年間、私の支援を受けて、あなたの思う絵を描いてください。そして1年後の夜会で、それを発表することを許してほしいのです」
・・・・とんでもない申し出です。
とても、私に務まるようなことではありません。
本来なら、すぐに断るべきでした。
ですが、第二皇子殿下は疫病の時も、平民を思い、多くの慈善事業をなさってきた方です。
できることなら、お役に立ちたいと思ってしまいました。
気がつけば、私は
「承知しました」
と答えていたのです。
後で父から話を聞かされて、私は青ざめました。
あろうことか、その勝負はこの国の皇太子を決める試験だったのです。
「娘よ、お前はその試験の合否を左右する芸術家として選ばれたのではないか」
そう父に言われ、私は頭を抱えました。
なんて早まったことをしてしまったのでしょう。
ですが、あの時の第二皇子殿下は、冗談でも、からかいでもなく、本心から私を選んでくださったように思えたのです。
でしたら、私もやるだけやろうと思いました。
さらに父から、私に嫌がらせをしていたクレマチス侯爵令嬢が、第一皇子側の芸術家に選ばれたと聞かされました。
ですが、もう気にするのはやめにしました。
もしかしたら、さらにひどいいじめを受けるかもしれません。
けれど、大好きな絵の世界で、これ以上邪魔をされるつもりはありませんでした。
こんなふうに思えたのも、あの時の第二皇子殿下の目が、私に勇気をくれたからかもしれません。




