第4話
第一皇子が死んだ。
第一皇子が支援していたクレマチス侯爵令嬢も死に、第一皇子の母である正妃も死んだ。
皇太子を決める夜会から一週間後のことである。
そして、次の皇太子は第二皇子が務めると発表された。
第三皇子は最後まで何も言わなかった。
だが、兄である第二皇子を見る目は穏やかだった。
ちなみに、クレマチス侯爵令嬢が原因不明の死を遂げたことをきっかけに、その父であるクレマチス侯爵は薬師や錬金術師の研究へ没頭していくことになる。
こうなってしまえば、第二皇子も覚悟を決めるしかない。
まず、実力で勝ち取っていた魔法騎士団第3軍の団長の地位を返上した。
皇太子との兼務は認められていないからである。
そして、皇太子教育を受け始めた。
だがそれでも、彼は頑なに婚約者を決め、妻を迎えることには否定的だった。
5年後。
第25代皇帝が退位した。
まだ余力はあったが、若き皇太子へ譲ろうと考えたからである。
これにより、第二皇子だった皇太子が新たな皇帝となった。
第26代皇帝の誕生である。
後の世では、この100年でも屈指の賢帝と讃えられる人物だ。
その知らせを、赤髪の騎士はプラチナ帝国から遠く離れた地で聞いた。
いまだ婚約者も正妃も迎えていないことも含めて、さまざまな噂が流れてきたという。
皇帝たるものが妻を迎えず即位するのは異常だ――
そう言う者もいた。
だが、この第26代皇帝の治世は安定していた。
後にプラチナ帝国中興の祖と呼ばれるほどに。
この時代には、後に有名となる魔法学園が設立された。
同時に、長く続いた魔法軍学校は閉鎖されることになる。
ある日、赤髪の騎士が即位の祝いのために皇帝へ会いに来た。
その時、皇帝は静かに愚痴をこぼした。
「皇子としての生き方は、生まれた時から決められていたと思う」
「少しでも抗いたくて魔法騎士団へ入ったが、結局皇帝になってしまった」
「たまに思うのだ。こんな生活をすべて捨てられたら、と」
そして、少し笑って続けた。
「私が思うに、人は自分で選んだ道なら、どんな結果になっても納得できる」
「だが、他人に敷かれたレールを歩かされるのは・・・・気持ちのよいものではない」
その言葉を聞きながら、赤髪の騎士は一つのことに気づいた。
ずっと、創造神様へ抱いていた疑問があったのだ。
なぜ、創造神様はご主人様となる方へ、最初から何不自由ない豊かな暮らしを与えないのだろう。
その気になれば、貴族にでも王にでもできるはずなのに、と。
だが、もし皇帝の今の言葉が本当なら――
他人から与えられたものでは、人は本当の価値を見出しにくいのかもしれない。
ご主人様もきっと同じなのだろう。
だから創造神様は、ご主人様に自らの意思で道を選ばせる。
そして、その選んだ道を、私たちが全力で支える。
そうか。
創造神様がぼくへ「人族の社会へ出て、経験を積め」と言ったのは、こういう意味もあったのかもしれない。
ご主人様がどんな道を選んでも、最大限支えられるように。
その気になれば、貴族にもできる。
国を興して、一生何不自由なく過ごさせることもできる。
それなのに、そんな安易な方法を取らないのは――
ご主人様自身の意思で道を決めてほしいからなのだ。
それから数年が経った。
相変わらず皇帝は、皇妃を迎えようとはしなかった。
臣下たちから再三勧められても、そのたびに拒んだ。
女性を近づけず、身の回りの世話も侍女ではなく侍従に任せていた。
それでも皇帝は、次々と政策を立案し、精力的に国を動かした。
その働きぶりは、帝国の保護者である大魔導士イオニーアですら、たびたび褒めるほどであった。
この皇帝の在位中、シルバー王国でさえ手出しを控えた。
戦争が起きない。
だから帝国民は安心して経済活動ができる。
その結果、経済は大いに栄えた。
中央平原でも最も繁栄していたと言っても過言ではない。
だが、ついに大魔導士イオニーアが皇帝を呼び出した。
「皇帝よ。いい加減、皇妃を娶りなさい」
「どうしてもそれが嫌なら、後継者を指名しなさい。臣下を不安にさせるものではありませんよ」
そう言われた皇帝は、第一皇子の子を皇太子に指名しようとした。
だが、イオニーアはそれを止めた。
「待ちなさい。第一皇子の血筋の者は許しません」
そして、驚くべき真相を語った。
「実は、第一皇子は第25代皇帝の血を引いていないのです」
「正妃は、どうしても子ができぬことに苦しみ、護衛騎士の子種を体内へ入れて身ごもりました」
「第一皇子は、その護衛騎士の子なのです」
「私は折を見て処分するつもりでした。まあ、その前に呪いで死にましたが」
淡々と恐ろしいことを言う。
「ですので、第三皇子の子を皇太子にしなさい」
「第三皇子には、あなたの父の血がきちんと流れています」
皇帝は、その言葉に従った。
そしてさらに月日は流れた。
皇帝は、ついに退位した。
体力が、もう残っていなかったからである。
皇太子は第27代皇帝として即位した。
退位した前皇帝は、その時にはもう死の床にあった。
目を閉じると、かつて想い人だった赤髪の騎士へ求婚した日のことが、昨日のように思い出される。
そこへ、病だと聞きつけた赤髪の騎士が駆けつけてきた。
彼女は優しく言った。
「あなたは、ぼくとの約束を守ってくれましたね」
「民を救い、民の心に寄り添う政治家になるという約束です」
弱った声ながら、前皇帝は答えた。
「忘れるはずがありません」
「その約束だけが、私を支えてきたのです」
「ですが、もう体力が残されていません。ここまでです」
赤髪の騎士は、その手を握った。
「あなたは、ぼくが最も尊敬できる人ですよ」
「どうか、ゆっくりお休みください」
その言葉を聞き、前皇帝はかすかに笑った。
「その言葉を聞けて、私は自分の人生に悔いはありません」
「出会ってくれて、ありがとうございます」
「あの時、水属性魔法で戦ってくれてありがとう」
「あれで私は、変わる勇気を持てたのです」
「あの衝撃と光景は、一生忘れません」
そう言って、ゆっくりと目を閉じた。
30年以上仕えてきた侍従は、今まで見たこともないほど穏やかな表情で、前皇帝が眠るように息を引き取ったことに驚いたという。
その眠りは永遠のものとなった。
だが、その顔は、とても満ち足りていたそうだ。




