第3話
それからさらに3年後。
プラチナ帝国の帝都プラチナムを中心に、疫病が流行した。
皇族や貴族は無事だった。
だが、平民を中心に猛威を振るい、栄養を十分に取れない貧民たちが次々と倒れていった。
中には、そのまま命を落とす者も少なくなかった。
帝国の貴族たちは、自分たちに被害がないこともあり、どこか静観していた。
だが、その中で一人、第二皇子だけは違った。
彼は従者すら連れず、貧民の多く住む区域へ自ら入り、被害の状況を確かめたのである。
帝国の文官ですら嫌がる中、第二皇子は対策を講じ、多くの平民や貧民を救おうと尽力した。
炊き出しを行い、栄養のある食事を配る。
エリューシオン教会を動かし、重症者から優先して聖女に回復魔法を施させる。
精力的な救済活動だった。
その甲斐あって、やがて疫病は鎮静化した。
すると第二皇子の、身を省みず平民を救おうとした判断力と行動力は、貴族たちの間でも大きく評価され始めた。
その頃、第二皇子は魔法騎士団の中でも指折りの実力者になっており、帝都防衛を担う魔法騎士団第3軍の団長にまで上り詰めていた。
さらに、疫病対策の功績まで加わった。
ここに来て、第二皇子のほうが次期皇帝――つまり皇太子にふさわしいのではないか、という声が貴族たちのあいだで上がり始めたのだ。
その意見は公爵家からも出るようになり、皇帝はついに無視できなくなった。
そこで、皇帝はもう一度、どちらが皇太子にふさわしいかを試すことにした。
試験を受ける者は二人。
現皇太子である第一皇子と、第二皇子。
第三皇子は年が離れていたため、今回は試験に加わらなかった。
このことを知らされて怒り狂ったのは、第一皇子とその母である正妃だった。
「やはり、こうなったか。こうなる前に刺客を送って殺しておくべきだったわ」
「いえ、母上」
「刺客など送れば、大魔導士イオニーア様に知られて我らは終わります」
「今回の試験に勝てばよいのです。あちらには何の後ろ盾もありません」
第一皇子はそう言って母を宥めた。
その様子を、第三皇子は冷めた目で見ていた。
皇太子を決める試験は、少し変わっていた。
内容は、芸術家のパトロンとなり、その芸術家が作成した作品の優劣で競うというものだった。
実はこの頃、帝都プラチナムでは、貴族のあいだで芸術、とりわけ絵画が流行していた。
才能のある平民へ資金を出し、絵を描かせる。
そして夜会へ持ち寄り、互いに見せ合い、自慢し合う。
出来栄えには、絵を描く者の才能だけでなく、使う絵具や道具も大きく影響する。
特に絵具は、錬金術師が協力して、自然には存在しないような鮮やかな色を生み出すこともある。
皇帝は、これからの帝国を率いる皇太子には、優れた芸術家を見出し、貴族たちの支持を集める力も必要だと考えたのである。
試験は1年後。
互いに支援した芸術家の作品を発表し、貴族たちの評価を仰ぐことになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その話を聞いた時、第二皇子は、こんな無駄なことに熱を上げる貴族たちにも、それを試験にする父皇帝にも失望した。
もともと自分は皇帝になるつもりなどない。
それに芸術が心を豊かにするのは分かる。
だが、平民にとっては縁遠い世界だ。
そんな余裕があるなら、少しでも食事を良くし、暮らしを楽にしたいと願うだろう。
棄権しようかとさえ思いながら、第二皇子はエリューシオン教会へ向かっていた。
疫病の時に治療や炊き出しで助けてもらって以来、彼は折を見て奉仕活動へ参加していたのだ。
帝都プラチナムにあるエリューシオン教会総本山は、中央平原中の国々から尊敬と羨望を集める場所である。
だが実際に行ってみると、思ったより小さく、こぢんまりとしていた。
金儲けをせず、質素に営まれているという印象を受ける。
こういうところは好感が持てる――
そう思いながら扉を開くと、そこには、疫病の時に協力してくれた男爵家の令嬢が祈りを捧げていた。
そういえば、この令嬢も趣味で絵を描くと聞いたことがある。
しかも、かなり才能があるらしい。
これも何かの縁だろう。
そう思った第二皇子は、その男爵令嬢へ支援を申し出て、絵を描いてもらえないかと頼んだ。
令嬢は非常に驚いていたが、最終的には承諾してくれた。
ただし、自分には荷が重すぎると、ひどく肩を落としていたのが印象的だった。
だが第二皇子は、そうした慎ましい姿勢にこそ好感を持った。
自分の才能をこれ見よがしに誇る者より、よほど良い。
これで負けても構わない。
そう、彼は考えたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして1年後。
第一皇子と第二皇子、どちらが皇太子にふさわしいかを決める夜会が開かれた。
それぞれが支援する芸術家の絵を持ち寄り、集まった貴族たちに評価を受けるのである。
当然、この夜会には、第一皇子の母である正妃も参加していた。
本当は妨害工作を仕掛けたかった。
だが、大魔導士イオニーア様に知られては終わりだ。
結局、何もできずに当日を迎えたのである。
まずは、第二皇子が支援した男爵令嬢の絵が披露された。
その反応は上々だった。
「ふむ・・・・これは」
「何と言えばよいのか。見ていると、心が温かくなる気がする」
「間違いなく、今まで見てきた中でも最も素晴らしい作品の一つでしょう」
ほとんどの貴族が高く評価した。
大成功だ。
その反応を聞いていた男爵令嬢も、満足そうにしていた。
そして――
次は、第一皇子が支援してきたクレマチス侯爵令嬢の絵が披露された。
会場の空気が変わる。
「・・・・これは、感動を言葉にできぬ」
「・・・・はっ、いつの間に涙が」
「これほどの絵画、人の手で描かれたとは思えません。まるで天使か悪魔の所業のようですわ」
会場は手放しの絶賛に包まれた。
第一皇子も正妃も、そして第二皇子も、その絵に強く心を揺さぶられていた。
だが――男爵令嬢だけは違った。
彼女は何かを訴えたそうな顔をしていた。
だが、身分が低すぎて、この場で自由に発言できる立場ではない。
結局、うつむいたまま黙っているしかなかった。
そして勝負は決した。
皇帝は、その絵を見ながら言った。
「どうやら勝負はついたようだ」
「わしもこの絵を見て、感動で涙が止まらぬ。ぜひ譲ってほしい。金に糸目はつけんぞ」
第一皇子は満面の笑みで答える。
「もちろんでございます、皇帝陛下」
「この絵画は、喜んで献上いたしましょう。私から皇太子就任のお礼とさせてくださいませ」
夜会に出ていた誰もが思った。
これで、第二皇子の出る幕はなくなった、と。




