第2話
10年後。
第一皇子も第二皇子も、婚約者を定める年頃になっていた。
第一皇子には、侯爵家から令嬢が選ばれた。
ちなみにプラチナ帝国では、権力が一か所へ偏らないようにするため、原則として公爵家から正妃は選ばれないことになっている。
そして、第二皇子。
ところが彼は、きっぱりと言い放った。
「私には婚約者は必要ありません」
「余計な誤解を招かぬためにも、私は結婚も、子を残すことも望みません」
「ただ兄上の治世を支えるため、臣下に下ろうと考えています」
この頃には、第二皇子を生んだ側妃はすでに亡くなっていた。
その言葉を聞いて微笑んだのは、皇帝の正妃だけだった。
父である皇帝は、困ったような顔をする。
「よいのです、父上」
「自分の立場は分かっているつもりです。私などの妻になれば苦労するのは目に見えております。そのようなことを強いるのは忍びません」
「皇位を狙う気もありません。正妃殿下から生まれた兄上の治世を支えたいと考えています」
第二皇子は、父の顔を正面から見てそう言った。
実はこの10年のあいだに、正妃の腹からもう一人、第三皇子が生まれていた。
「失礼します。このあと、魔法騎士団の訓練の時間ですので」
「あ、臣下に下らせるなら今すぐでも構いませんよ。それでは」
そう言って、第二皇子はさっさと立ち去った。
その10年のあいだに、彼は魔法騎士団へ入団していた。
そして、水属性魔法の使い手として頭角を現し、確かな実力者へと成長していたのである。
その場に残された皇帝も、第一皇子も、第三皇子も、何も言えなかった。
ただ、正妃だけがこう言った。
「良いではありませんか。あの子の望む通りにさせてやれば」
「皇子など、我が子である第一皇子と第三皇子だけで十分ではありませんか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、第二皇子は訓練場へ急いでいた。
なぜなら、今日はあの人が来ると知らせを受けていたからだ。
「よりによって、こんな大事な日に父上から話があるなんて・・・・」
「しかも婚約者だなんて、まったく必要ないのに」
そうぶつぶつ言いながら走っていた彼の前に、ふいに声がかかった。
「ふふふ。どうしたのですか。そんなに急いで。それに、ずいぶん不機嫌なようですね」
その声の主は――あの時以来、一度も会っていなかった赤髪の騎士だった。
そこには、10年前と何一つ変わらぬ姿の女性が立っていた。
美しい赤い髪。
軽装の鎧。
そして、赤い瞳に宿る、家族から向けられたことのない温かさ。
第二皇子は、その姿を見た瞬間、胸の奥に押し込めていた想いがあふれ出した。
「会いたかったです。赤髪の騎士さま」
「ふふふ。ぼくもですよ、第二皇子殿下。大きくなりましたね。それに――」
「魔力制御も、見違えるほどです。魔法を使うところを見なくても、身体を流れる魔力を見れば、それくらい分かるんですよ」
「はい。あの時から一日も欠かさず訓練してきました。だから、すごい魔法を使えるようになりました。だから、だから――!」
そこで、彼はついに言ってしまった。
「私と、私と結婚してください」
「あの時からずっと好きでした」
「いや、いや、こんなこと言うつもりじゃなかったんだ」
「無理なのは分かっています。でも、そばにいてほしいんです。だめですか?どうすればいいのですか?」
熱を帯びた視線のまま、第二皇子は赤髪の騎士へ告白した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
赤髪の騎士です。
ただいま、第二皇子から告白を受けました。
10年前ならいざ知らず、いまの彼へ適当な言葉を返すのは失礼でしょう。
だから、ぼくは本当の気持ちを伝えることにしました。
「ぼく――いえ、私は、あなたのそばにいることはできません」
「あなたを愛することも、誰かを愛することもありません」
「私の心は、遠い昔に、ある方へ捧げてしまっているのです」
ぼくの真剣な声を聞き、第二皇子はぎゅっと目を閉じていた。
「第二皇子殿下。私は、民を救い、民の心に寄り添うために冒険者になりました」
「どうかあなたも、そのような政治家になっていただけませんか」
「あなたには、それだけの素質があります」
しばらくうつむいていた第二皇子は、やがて顔を上げた。
「そうしたら・・・・」
そこから先の言葉は続かなかった。
言っても叶わないことを、もう理解しているのだろう。
やがて彼は、小さく、それでもはっきりと言った。
「うん。わかった。なる」
「あなたの言う政治家になってみせる。約束だ」
そう言うと、彼はそのまま背を向けて走り去っていった。
それが、彼なりの精一杯の返答だったのだと思う。
ぼくはその後ろ姿を、ただ黙って見送ることしかできなかった。
さらに3年後。
その頃、ぼくは冒険者ギルドの依頼で、プラチナ帝国傘下のアイボリー王国にあるベージュ伯爵家へ仕える形を取っていた。
アイボリー王国内で大量の瘴気が発生し、それと同時に魔物の群れが現れたからだ。
冒険者としてではなく、伯爵家へ仕える形を取ったのは、伯爵家が抱える私兵団の訓練も依頼されたからである。
伯爵家の私兵団も、それなりに強い。
だが、Aランク冒険者には及ばない。
つまり、私兵団を鍛えながら魔物を討伐してほしい――それが依頼の本旨だった。
しばらくは順調だった。
魔物を討伐しつつ、私兵団も鍛えていく。
そろそろ終えられそうだと思った頃、最後にAランク相当のゴブリンロードが現れた。
強敵である。
私兵団ではとても太刀打ちできない。
だから、ぼくが一人で相手をした。
少し手こずったが、討伐には成功した。
本来なら、大きな功績だ。
だが――
ぼくは、それ以上目立つことを避けるため、この手柄をベージュ伯爵家へ譲ることにした。
伯爵家は大いに喜んだ。
プラチナ帝国では、傘下の国々にすべて序列がつけられている。
上に行けば行くほど、優遇措置も大きい。
だから傘下の国々は、少しでも序列を上げようと躍起になるのだ。
ぼくのゴブリンロード討伐の功績をベージュ伯爵家へ譲れば、それはひいてはアイボリー王国全体の功績となる。
序列が上がるかもしれない。
それなら、それで構わない。
アイボリー王国は小国ではあるが、王族も高位貴族も穏やかで、領民を大事にする国だった。
こういう国こそ、序列を上げて優遇されるべきだと、ぼくは思った。
すると、後日、第二皇子から冒険者ギルド経由で手紙が届いた。
「アイボリー王国の序列が上がるそうです」
「ですが、それほどの功績を立てたのが、アイボリー王国のベージュ伯爵家にあると聞き及んでいます」
「しかし、そのベージュ伯爵家に今、あなたは仕えているそうですね」
「もしやと思いますが、あなた様のお力添えがあったからでしょうか?」
ベージュ伯爵家の功績ではなく、赤髪の騎士であるぼくの功績ではないか――
そう問いかけるような手紙だった。
だが、ぼくは返信できなかった。
どう取られるか、分からなかったからだ。
けれど、それが答えだと受け取られたのかもしれない。
結局、ベージュ伯爵家の功績は大きく評価され、アイボリー王国の序列は上がった。
同時に、ベージュ伯爵家もその功績により、公爵へと陞爵したのである。




