クラレット編エピソード6 初恋は実らないって言うでしょ?でもあなたは約束を守ってくれた。愛より信頼を選択した皇帝 第1話
「勇者の聖戦」から354年後。
魔法国家プラチナ帝国。
建国以来、すでに三百有余年が経つ。
もとは小さな男爵領にすぎなかった土地が、今では中央平原でも三本の指に入るほどの大国へと成長していた。
この帝国を治める皇帝は、現在で第25代目を数える。
歴代の皇帝は、妻である正妃をとても大切にしてきた。
だが、この時の皇帝は事情が違った。
正妃がどうしても子を授かることができず、やむなく側妃を迎えることになったのである。
ところが、側妃を迎えてから半年も経たぬうちに、正妃が身ごもった。
さらにその後、側妃もまた懐妊し、しかもどちらも皇子だった。
よって、正妃から生まれた子が第一皇子。
側妃から生まれた子が第二皇子。
プラチナ帝国では初めて、正妃の皇子と側妃の皇子が同時に並び立つことになったのだ。
だが、正妃は高位貴族の出であり、側妃はそうではなかった。
そのため、側妃の子である第二皇子は、圧倒的に立場が弱かったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぼくが第二皇子に初めて出会ったのは、冒険者ギルドからの依頼で、プラチナ帝国魔法騎士団の訓練所を訪れた時だった。
魔法騎士団へ訓練をつける。
それが、その時の依頼内容だった。
ちょうどその日は、皇子教育の一環として、大魔導士イオニーア様が、まだ幼い第一皇子と第二皇子を訓練見学へ連れて来られていた。
魔法騎士団は、プラチナ帝国の皇族を武の面で支える組織である。
幼い頃からそれを見せ、馴染ませようという意図だったのだろう。
さらに、騎士団の実力を底上げするため、Aランク冒険者であるぼく――赤髪の騎士が呼ばれた、というわけだ。
ちなみに聞いたところによると、第一皇子は魔力に優れ、なんと三属性を扱えるという。
そのため周囲の覚えもめでたく、「将来の皇太子は間違いない」と評されていた。
対して第二皇子は、魔力量こそ豊富なものの、扱える属性は一つだけ。
しかも、それが水属性だった。
当時、水属性は低く見られていた。
火や風、氷は戦闘で優秀だが、水は攻撃にも防御にも向かない。
そういう評価が一般的だったのだ。
それもあってか、第二皇子は後ろ盾の弱さに加え、属性の面でも蔑まれていた。
おまけに、第一皇子には当然のようにいる付き人が、第二皇子にはいない。
護衛の騎士すらついていなかった。
大魔導士イオニーア様も、その状況を承知している様子だった。
だが、ぼくは少しばかり不憫に思った。
だから、ほんの少しだけ、第二皇子の肩を持つことにしたのである。
「本日、魔法騎士団の訓練を担当させていただきます。赤髪の騎士です」
そう挨拶したあと、ぼくはとんでもないことを言った。
「今日の魔法訓練、騎士団の皆さんはどの属性を使っても構いません」
「ただし、ぼくは水属性のみを使います」
その言葉に、魔法騎士団の面々は馬鹿にされたと思ったのだろう。
露骨に怒りの表情を浮かべた。
見学席の貴族やメイド、侍女たち、そして第一皇子と第二皇子までもが驚いた顔をしている。
中には、こんなことを言う者までいた。
「赤髪の騎士殿はふざけているのですか?それとも正気ではないのか?」
「どこぞの皇子のように、水属性では訓練にもならぬではないか!!」
第二皇子をあてこすった、あまりに露骨な言葉だった。
だが、そんな外野の声など気にせず、ぼくは訓練開始の合図を出した。
魔法騎士団は早々に終わらせるつもりだったのだろう。
いきなり、火属性と風属性を組み合わせた高威力の合成魔法を撃ってきた。
通常の魔物なら、それで十分に仕留められるほどの威力だ。
しかし――
「甘い!!そんなものでは、水の力に敵わない!!」
ぼくは魔力制御によって水を極限まで圧縮し、放った。
高まった水圧は、一瞬で火の壁を切り裂く。
それを見て、今度は氷属性の強力な魔法が飛んできた。
良い判断だ。
さすがはプラチナ帝国が誇る魔法騎士団。
だが、水をさらに圧縮し、水圧を極限まで高めれば、硬質なダイヤですら断てる。
氷程度では、障害にもならない。
訓練の結果は、騎士団にとって散々なものだった。
見学席にいた貴族たちも、騎士団の面々も、水属性だけであらゆる攻撃を打ち破ってみせたぼくを見て、ただただ唖然としていた。
第一皇子は悔しそうな顔をしていた。
逆に、第二皇子は目を輝かせている。
ぼくは最後にこう告げた。
「この通り、弱いと思われている水属性でも、魔法制御を高め、水を圧縮して打ち出せば強力な武器になります」
「魔力量や属性も大切ですが、何より大事なのは魔法制御の熟練です」
そして、魔法制御を上達させる修行法を教え、毎日続けるように命じて、その日の訓練を終えた。
大魔導士イオニーア様は、その一部始終を最初から最後まで、静かに見つめていた。
後日。
再び訓練場を訪れると、また第二皇子が見学席に来ていた。
今日は大魔導士イオニーア様もおられない。どうやら自主的に来たらしい。
だが、やはり護衛の騎士も侍女もいない。
ぼくはその環境を見て、ますます不憫に思った。
だから、第二皇子へ声をかけたのだ。
周囲の貴族たちが冷たい視線を向けてきたが、そんなことは構わない。
「第二皇子殿下、はじめまして。私は冒険者をしております赤髪の騎士と申します」
「今日も見学に来られたのですか?」
第二皇子は少し嬉しそうに答えた。
「そうなんだ。ねえ、この前の水属性魔法、すごかった。また見せてよ」
だが、すぐ隣の貴族が嫌味たっぷりに口を挟んだ。
「あんなものは、高ランクの実力者である赤髪の騎士だからできることだ」
「普通の水属性魔法使いなど価値はない。それも皇族などと――」
その途端、第二皇子はすっと表情を消し、黙ってしまった。
ぼくは、この子への冷遇が想像以上に根深いことを悟った。
対策を考える必要がある。
魔法騎士団への訓練は、一定期間だけの依頼だ。
その間しか、ぼくはここへ来ない。
だが、ぼくが訓練場へ足を運ぶと、三回に二回は第二皇子が見学に来ていた。
やはり、水属性で他属性を打ち破る光景を見たことが、よほど嬉しかったのだろう。
それからぼくは、会うたびに第二皇子へ声をかけるようにした。
最初は表情も暗く、口数も少なかった。
だが、回数を重ねるにつれて、徐々に視線が合うようになり、会話も続くようになっていった。
やがて訓練期間も終わりに近づいた頃には、第二皇子にも笑顔が見られるようになっていた。
だが、その終わりを告げると――
「実は、これで訓練も終わりなのですよ」
第二皇子は、今にも泣き出しそうな顔で言った。
「どうして?もう会えなくなっちゃうの?」
「そんなの嫌だよ。もっとそばにいてほしいよ!」
ぼくは、その後、第二皇子と二人で話をした。
「ねえ、ぼくにも、あんなすごい水属性魔法が使えるようになるかな?」
「ええ、使えますよ。ただし、今から教える修行をしっかり続ければ、ね」
そう言って、魔力制御の鍛え方を教えた。
第二皇子は涙をにじませながら、必死に聞いていた。
そして言う。
「きっとすごい魔法を使えるように頑張るよ」
「だからね、約束だよ。すごい魔法が使えるようになったら、またぼくと会って。そして――」
そこで彼は、続きを飲み込んだ。
ぼくには、「そばにいてほしい」と言おうとしたように聞こえた。




