第2話
それから私は、ピオニー商会と密な交流を持つようになりました。
普段は聖女たちや孤児たちの教育で忙しいですし、空いた時間にその都度護衛依頼を探すのも大変です。
そういう意味では、ピオニー商会からの専属護衛の依頼は、私にとっても都合の良いものでした。
実際、私が時間を作って冒険者ギルドへ顔を出すと、たいていピオニー商会の商会員が立っていて、私を見つけるなり護衛依頼を持ちかけてくるのです。
最初は一日程度だった依頼も、信頼関係が深まるにつれ、三日、一週間と少しずつ長くなっていきました。
やがて、私の実力も完全に理解されたのでしょう。
少し危険な場所での素材採集にまで同行してほしいと言われるようになりました。
乗りかかった船です。
その依頼も引き受け、希少素材の採集まで手伝うことになりました。
ある時、代表のピオニーさんが相談を持ちかけてきました。
「黒の治癒士さん。あなた、魔石の加工ってできますか?」
魔石そのものは、魔物の体内から取れたり、鉱山から掘り出したりと入手に手間がかかります。
さらにそれを加工して、武具や防具へ付与できる形にするには、錬金術師やドワーフ族のような特殊技術が必要です。
つまり魔石の加工は、かなり専門的な仕事です。
そんな技術を私が持っているわけがありません。
ですので、私は即答しました。
「いえ、できませんよ」
ところがピオニーさんは、すでに錬金術師たちと協力関係にあるらしく、魔石に属性魔力を込めて魔道具に活かせないか研究しているのだそうです。
そのため私には、魔石に魔力を込める作業だけを頼みたい、ということでした。
それなら協力できます。
私の魔力量は膨大ですし、全属性の魔力を扱えますから。
そういうわけで、手伝うことにしました。
依頼内容は、一日に数個、聖属性と火属性の魔力を魔石へ込めること。
どうやらこの二属性は、魔道具に使うことが多いらしいです。
私は言われるまま、かなりの数の魔石へ魔力を込めました。
どうやらこれが大当たりだったようで、ピオニー商会は徐々に売り上げを伸ばし、ついには複数の国をまたいで利益を上げるまでになったのです。
その成果にホクホク顔のピオニーさんは、ある日こう言いました。
「ここまで短期間で商会を大きくできたのは、あなたのおかげです。黒の治癒士殿」
「どうでしょう。このまま専属護衛でいてもらうのではなく、いっそピオニー商会へ入るというのは」
ですが私は、その誘いは丁重に断りました。
すると、ピオニーさんの一番の友人であり、副代表でもあるラズベリーさんが横から口を挟みます。
「その願いはさすがに図々しいよ、ピオニー」
「彼女のおかげでここまで来たんだ。これ以上無理を言ったら、飽きられて見捨てられるぞ」
庇ってくれたその気持ちは、素直に嬉しかったですね。
もちろん、見捨てるつもりはありません。
ですが、商会に入るつもりもありませんので、その点だけははっきりお断りしました。
それから10年。
私は変わらず、ピオニー商会の専属護衛と、魔石へ魔力を込める仕事を続けていました。
ですが、エルダー商会からの嫌がらせも、どうやらまだ続いているようでした。
もっとも、今ではピオニー商会もエルダー商会と肩を並べるほど大きくなっています。
競争は、より激しくなっていました。
聞けば、エルダー商会の跡取り息子は、今や正式に代表者になっているそうです。
婚約者だった女性ともそのまま結婚し、子供もいるとか。
家族ができたのなら、むしろくだらない嫌がらせなどやめて、お互い商売に励めばよいのに――私はそう思ってしまいます。
ある日、久しぶりに時間が取れたので、私はピオニー商会の屋敷を訪れました。
重要な話があるから来てほしい、と呼ばれたのです。
部屋の中には、代表のピオニーさんと、副代表のラズベリーさんが、難しい顔で腕を組んでいました。
私が入ってくると、二人ともぱっと表情を明るくしました。
「聞いてください。実は困ったことが起きたんです」
「この10年で我が商会は大きくなり、エルダー商会ら大商会と肩を並べるまでに成長しました」
「ところが、それが仇となりました。プラチナ帝国から、我が商会の財力を警戒され、これまで以上に重い税を課されることになりそうなのです」
「税を納めるのは構いません。ですが、どうも今回の件には、以前私がいたエルダー商会が絡んでいるようなのです」
「あちらの代表とは、昔、婚約者の女性をめぐって揉めました。そのことを根に持ち、帝国へ入れ知恵をしたらしいのです」
「我が商会に、売上げ以上の隠し帳簿があるという言いがかりまでつけられていて・・・・」
なるほど、それは困りました。
ですが私は、ますます疑問に思いました。
隠し帳簿などないのなら、そんなものは調べればすぐ分かるはずです。
なぜそこまでして、ピオニー商会を目の敵にするのでしょうか。
私が疑問の表情を浮かべていると、ピオニーさんが察したように言いました。
「そう思うのも当然です。なぜここまで敵視されるのか」
「実は・・・・この10年の間、私はあいつの妻――つまり、かつて私の恋人だった女性と、隠れて付き合い続けていたんです」
「黙っていて、申し訳ありません」
そう言って、ピオニーさんはいきなり私に土下座しました。
ですが、それを聞いたラズベリーさんのほうが、むしろ大声で怒鳴ります。
「ピオニー!!お前、あの女とは切れたって言ってただろう!!」
「たしかにお前たちは長い恋人同士だったかもしれない。けど、最後にあちらを選んだのは向こうだぞ!!」
どうやらラズベリーさんも事情を知っていたようですね。
ですが、女性は最終的に相手を選んだ。
それでも割り切れないのが男女の情なのでしょう。
私もこう見えて、結婚したこともありますし、子供も産んだことがあります。
そのあたりの機微は、少しくらい分かるつもりです。
ですので、私は呆れた声でこう言いました。
「つまり、相手の奥様と不倫を続けていて、それがご主人にもばれてしまい、必要以上に敵視されている・・・・そういうことですか?」
ピオニーさんは黙ったままでした。
どうやら図星のようです。
するとラズベリーさんが、さらにとんでもないことを口にしました。
「まさか相手の子供も、お前の種じゃないだろうな?」
その言葉にも、ピオニーさんは沈黙したままです。
・・・・おやおや。
これは、想像以上にとんでもない話でした。
これだと、どう考えてもこちらに非があるのではないでしょうか。
その後、ピオニーさんは、またしてもとんでもない方向へ動きました。
実は、税が増えて不満を持っている商会は他にもあったのです。
彼はそれらを束ねて組合を作り、帝国へ対抗しようとしたのでした。
ですが、商会の力だけでは帝国に太刀打ちできません。
どうしても、貴族の権力が要る。
しかし、ピオニーさんには高位貴族とのつながりがありません。
そこで彼は――
なんと、不満を持つ商会を束ねて、帝国から離れた土地に独自の国を作り、国ぐるみで商売を始めると言い出したのです。
つまり、独立国を作ると。
ここまで来ると、さすがの私も驚きすぎて言葉が出ませんでした。
もっとも、ピオニーさんには、突飛な発想と、それを現実へ落とし込む堅実な道筋を同時に組み立てられる稀有な才能があります。
彼が言うには、国を興すのに必要なのは、王族の血筋と資金。
そして他国が国と認めれば、国になるのだそうです。
資金のほうは、魔石事業と商会の蓄えでどうにかなる。
ですが、王族の血筋はどうするのか。
あとで聞けば、すでにかつて滅んだ王国の血を引く女性を見つけており、その女性と結婚して子をなすつもりだと言うのです。
あとは土地が要る。
その土地を拠点として、国を作る。
そして、国そのものが商会のように商売をする。
それが、ピオニーさんの理想でした。
そこまで計画ができているなら、私に口を挟む余地はありません。
そしてピオニーさんは、最後にこう尋ねてきたのです。
「黒の治癒士殿。どこか、ちょうど良い土地はないでしょうか?」
・・・・さて。困りました。
私に、この件で役立てることがあるでしょうか。




